1-2 セントリア魔術学園
旅立ちの朝が来た。
荷物は準備万端、御車台には執事長のセバスチャンという男の使用人が座っていて、いつでも出発できる状態になっている。僕はセバスと呼んでいるんだけど、そのセバスにはセントリア魔術学園に着くまでの身の回りの世話をしてくれることになっている。
セントリア魔術学園への旅路をセバスに任せるというだけで家族の期待と心配の気持ちが伝わるので初めに聞いたときは目を丸くしたものだ。
伯爵家の広い屋敷の玄関には当主のレスカをはじめとした家族と全使用人が見送りに来てくれた。
「折角行くんだ。しっかり知識と実力を付けてきなさい」
「栄養をしっかり取って、風邪を引かないようにね」
父は穏やかな顔で激励を、母は涙をこらえながら相変わらず僕の身体の心配をしている。
兄達や使用人は言葉にはしないが、身の安全と学園での活躍を祈ってくれているのが表情から滲み出ている。
本当に家族達に恵まれたなと実感する。
「はい。父上、母上、兄上達、皆、行って来ます!」
僕はセントリア魔術学園での活躍を決意して皆に大きく声を掛けた。これからのセントリア魔術学園での四年間で、騎士や宮廷魔術師になれるかどうかが決まるといっても過言ではない。
皆の期待に応えられるように頑張りたいな。そう思いながら僕は家族達に背を向けて馬車に乗り込んだ。
「それじゃあセバス、宜しくね」
「畏まりました、ギルバート坊ちゃま」
セバスに声を掛け、馬車は出発した。
*****
ウォリス伯爵領は6つの国の中で東側に位置するハウゼル王国の中でも、さらに東側に位置しているので、馬車で飛ばしてもセントリア聖王国に入るだけで1週間、そこからセントリア魔術学園まで3日と合計で10日もかかり、その間は途中の街の貴族御用達の宿屋で寝泊まりしながら、食事はセバスチャンが準備するという念の入用だった。
ちなみにこの世界の暦は前世と同じで1年は365日で12か月ある。四季もあって、今は3月で学園は4月から始まる。
馬車で移動している間も時間を無駄にしたくなかったので、魔術の勉強と魔力操作の練習、昔は冒険者として世界各国を渡り歩いていたセバスに各国の情勢などを聞きながら過ごした。
セバスは60代で髪は白くなっているが、顔付きや姿勢、立ち回りの動きから40代くらいに見える。
剣術や魔術も初めは父上に基本を教えて貰っていたが、父上も公務が忙しいので、セバスに教えて貰うことが多くなっている。
そうそう、この世界では前世と違い魔術というものがある。魔術にはいろいろな属性があり、その中には基本となる火、土、水、風の4属性と、特殊属性と呼ばれる光と闇の2属性がある。
また、2つの属性から成る派生属性というものもあり、火と土で雷属性、土と水で木属性 、水と風で氷属性 、風と火で炎属性になる。
なお、火と水、土と風、光と闇は相性が悪く、基本的にこれらの属性の適正を同時に持つ者はいないが、これらも派生属性があり、それぞれ、霧属性、砂属性、空属性になる。
ただ、別に使える人が減るからといって他の派生属性と比べて特別強いという訳では無いらしいけどね。それぞれ良し悪しがあるみたいなんだ。
あと、魔術を使うには、魔力というものが必要で、体内に魔術回路という機能がないと魔力が発現しないと言われていて、貴族に魔力が発現しやすいと教えられた。
とは言え、平民出身の大魔術師とかもいるらしいので、そこはやはり才能というか、持って生まれるものらしく、これから向かうセントリア魔術学園には平民出身の学生もいるらしい。
ちなみに、魔力があるかどうかは各地域に必ずある神殿で行われる洗礼式の時にどの属性の適正があるか見てもらえる。洗礼式は、貴族は10歳、平民は12歳で行われるんだ。
で、貴族はそこで初めて、子供のお披露目をすることになっていて、僕も10歳でやっと貴族の一員になれた。
あれからもう四年経つと思うと早いものだなぁ。
ちなみに属性の適正の数だけど、全体の80%程度は1属性、2属性持ちは19%程度で、3属性以上は1%いるかどうからしい。僕の家族は、僕を除いてみんな2属性で、なぜか僕だけ3属性だった。
そんな僕の適正属性は火、水、闇。そして、実は髪の色とか瞳の色はこの適性属性に影響を受けることが多く、僕の黒髪は闇属性から、青い瞳は水属性から来ていると父から言われた。
そうなんだ、実は僕は火と水に適性があるというかなり珍しい体質らしい。もちろん霧属性の魔術も使える様に頑張ったよ。本当に大変だった…。
それはそうと、今セバスに教えてもらっている魔力操作の練習は、体内の魔術回路の訓練で、魔力を扱う精度を上げる訓練をしている。
「いいですか、ギルバート坊ちゃま。何度も言わせていただいていますが、この魔力操作の訓練ですが、魔力を効率的に扱える程、無駄が減って戦闘持続力は付き、魔力の抽出量を増やせれば魔術の威力が上がるので、魔術を扱う上では欠かせない訓練ですよ」
セバスが魔力操作の大事さを再度語ってくれている。そして、セバスに手本を見せて貰っているんだけど、本当に淀みなく魔力を操作していて惚れ惚れするな。
「もちろん分かっているよ。昔に比べるとかなりスムーズに魔力を動かせていると思うんだけど、どうかな?」
「はい。とてもお上手になられていますよ。これからもこの訓練を続けるようにして下さいね」
「了解」
確かに昔に比べて上手になっているんだけど、セバスに比べるとまだまだだし、一気に上達する訳じゃないから、地道に頑張るしかないのが本当に辛いけど…。
そうして、魔力操作の訓練をすることで時が過ぎていった。
*****
しばらく進んだところで、セバスが急に馬車を停めた。
「ん? セバスどうしたの?」
「ギルバート坊ちゃま、どうやら魔物が出たようです。あれは恐らく、はぐれのレッドウルフでしょうな」
魔物とは魔力を持った動物のことで、この辺だと主にガルア山脈付近にいるけど、偶にこういったはぐれの魔物が出る。行商人はこういったはぐれの魔物に対処する為に、護衛を雇ったりすると以前セバスから聞いたことがある。
今回、出現したレッドウルフだが、身体は赤く、しっぽを含めると体長2m近くあるのでかなり大きいが、魔物の中では小さい方だ。それでも群れると四方八方から火魔術が降り注ぐので恐ろしいが、1匹だとそこまで苦戦するような魔物ではない。
この程度なら僕一人でも問題ないし、この旅路では体をあまり動かしていないので僕が対処するとしようかな。
「セバス、ここは僕に任せてよ。レッドウルフ1匹に手こずるようならセントリア魔術学園に行っても苦労しちゃうしね」
「畏まりました。何かあればすぐに駆け付けますので」
「了解」
僕は馬車を降りると、迫ってくるレッドウルフの方を向いて魔力を練って集中した。
「ミスト」
僕が魔術名を言った途端、あたり一面が霧に覆われた。僕の得意な霧魔術だ。
レッドウルフは突然現れた霧に驚いているのか警戒しているのか動きを止めて唸っている。
さらに威嚇の為に火魔術を使おうとしているが、うまく使えず困惑している様だ。
霧魔術は、使うと霧の中にいる人や魔物の視界を悪くするが、僕は自分の魔力なのでどこに何があるのか把握できるし、この霧は僕の魔力から出来ているので、相手の魔力に干渉して魔術の妨害もできる優れものだ。
この魔術自体に攻撃力はないけど、剣術を鍛えて貰っているので全く問題ない。
僕は困惑しているレッドウルフにそっと近付き、手に持った剣でレッドウルフの首を一気に刎ねた。
「お見事です」
霧魔術を解除し、霧が晴れてきた所で、セバスが満面の笑みで賞賛してくれる。
うん、なんだか照れるね。
「ありがとう。ただ、さっきも言ったけどレッドウルフ1匹ごときに手こずっていられないよ」
「いやはや、これで14歳とは末恐ろしいですな」
その後、二人で馬車に戻り、再び進み始めた。
*****
その後は特にトラブルもなく、セントリア魔術学園が見える所まで来た。
セントリア魔術学園には入学試験の時に一度来たとは言え、何度見ても壮大で美しい外観に圧倒されてしまう。
周りを巨大な湖に囲まれ、学園に行くためには各国の方向に一本ずつ伸びる橋を渡って行く必要がある。
その橋は1km以上の長さがあるが、レンガできれいに舗装されており、馬車が横に三台並んでも余裕がある位に広い。そんな橋の上には恐らく同級生であろう馬車がちらほら見える。
橋を渡って行くとセントリア魔術学園がはっきりと見えてくるが、高さ5m程度の純白な外壁が直径2km程度の敷地を囲っているらしく、その中には三つの大きい城のような建物が三角に並んでいる。
確か、その建物の間に大きな闘技場があり、城壁と建物の間は手入れされた林が覆っていた記憶がある。
しばらく進むと門に辿り着いた。長い道のりだったが、セバスがしっかり時間を管理してくれたからちょうど今日の入学式に間に合うことができた。
門には門番がおり、ここで手続きをするようだ。
「ウォリス伯爵家三男のギルバート・ウォリスです。今年からお世話になります」
僕が門番の男性に声を掛けると、門番の男性は笑顔を向けてくれる。
「はい。新入生の方ですね。まずは寮の自分の部屋に荷物を降ろして下さい。その後は自由に過ごして頂いて構いませんが、入学式の定刻1時間前の17時に本棟の大広間に集合するように指示されるので、その指示に従うようにお願いします。寮は手前の東側の建物で、本棟は右奥の北側の建物です」
「ありがとうございます。それでは、まずは寮に行きます。セバス宜しく」
「畏まりました。ギルバート坊ちゃま」
門番とのやり取りを経て馬車で走ること数分で寮に着いた。
寮は中央が円柱形で東西南北に四つの棟がくっ付いている少し歪な形をしていた。
馬車から降りようとした所で案内人らしき女性がやって来るのが見える。
「ウォリス伯爵家三男のギルバート・ウォリスです。こちらの寮の自分の部屋に荷物を降ろすように指示されました」
「ギルバート・ウォリス様ですね。寮は学園の班毎に分かれています。事前に通達された班はどちらになりますか?」
案内人らしき女性が聞いてきた班だが、実は事前に伯爵家に通達があった。
どうもセントリア魔術学園は四つの班に分かれており、寮は班毎にあるらしい。僕はその中でも、サラザーヴァという班だと通達されていた。
「サラザーヴァと聞いています」
「サラザーヴァでしたら、あちらの東側の棟になります。ここから先は学園の職員がお手伝いをしますので、使用人様はここまでとなります。ご容赦下さい」
「分かりました。セバス、ここまでありがとう。父上と母上に無事着いたと伝えてくれ。言わなくてもいい気がするけど、気を付けて帰るんだよ」
「かしこまりました。ここまでお供出来て、このセバスチャン、感無量で御座いました。坊ちゃまのご活躍を心よりお祈りしております」
その後、荷物を降ろした後に帰っていくセバスチャンを見送りながら、やっとセントリア魔術学園での生活が始まることを僕は噛み締めていた…。
お読みくださってありがとうございます。
まさか、入学するまで行かないとは。。。
テンポよく書くのは難しいなと実感しております。
相変わらず拙い文章ですが引き続き楽しんでもらえると嬉しいです。