1-1 ギルバード・ウォリス
またあの夢を見てしまった…。
この世界に無いはずの景色。知らない家族。最後に「お兄ちゃん」と呼ぶ、もう会うことの出来ない妹。僕の前世の記憶だ。
前世の記憶とは言っても、妹や両親の顔や名前も思い出せないので、実はあまり現世では引きずってはいない。今の家族の事は大好きだし、使用人達も良くしてくれる。
とは言え、妹との最後の瞬間のことだけは心に引っかかるものがあるのは間違いないが…。
僕の名前はギルバード・ウォリス。
ハウゼル王国のウォリス伯爵家三男で今年14歳を迎えた。
ハウゼル王国は6つある国に内の1つで、東側に位置していて、6つの内では1番の領土と軍事力を持つ大国だ。
ハウゼル王国の北には雄大な山脈が連なり、西に6つの国々の中央に位置するセントリア聖王国、南西にドリリア王国、北西にザイール連邦国が隣り合っている。
6つの国はここ数百年、一度も戦争をしたことがないらしい。
というのも、北にそびえる山脈の向こうには、僕達人種とは異なる魔族の領域があり、常に戦争状態だからだそうだ。魔族には魔人、竜人、鬼人、不死者がいて、それぞれ国を治めているのだとか。
北にある山脈はガルア山脈といって、この山脈の周辺には危険な魔物が多くいるので、お互いに迂回する必要がある。そのせいで自然とハウゼル王国の国境付近で戦闘になることになる為、他の国からの援軍を向かわせてでもハウゼル王国の軍事力を一番高くせざるを得ない訳みたいだ。
かく言う僕も貴族家とは言え三男で爵位は継げないので、将来は騎士となり魔族との戦争に参加して、国に貢献するつもりでいる。
その為には、魔術や剣術といった戦闘能力を磨くだけでなく、他の国の情勢を知る必要があるし、将来共に戦う仲間を知っておきたいという思いがあるので、14歳から入学できる学園は、ハウゼル王国の学園ではなく、隣の国であるセントリア聖王国にある6つの国から学生が集って来るセントリア魔術学園に入学したいと、父と母を説得した。
そして明日、遂にセントリア魔術学園に向けて出発する。
父と母の説得にはひと悶着もふた悶着もあったが、ここでは省くことにするよ。
そんな訳で、今の僕は明日の出発に向けて最後の確認をしている最中なんだ。
セントリア魔術学校は隣国とは言え距離もあるし、全寮制で明日から寮生活になる。その為、生活用品はもちろん、授業で使う資料や武器なんかを貴族用の荷馬車に積むと大荷物になってしまう。
そうそう、貴族は体面を重んじるから、服だけでもかなりの量を乗せることになったんだ。寮生活で使用人がいなくなるのに管理できる気が全くしないんだけどね…。
*****
そうして明日の準備をなんだかんだしている内に夕食の時間になった。
伯爵家のテーブルは前世からするとあり得ないくらい大きく、奥に父レスカ、その向かいに母エヴァが座っており、父の横に少し離れて二人の兄、反対の母側に僕が座っている。使用人達が横に控えている光景にも慣れてしまったもんだ。
今日からは家族との食事はしばらくできないので、やはり少し寂しい思いがする。
「遂に明日か…」
父レスカがおもむろに口を開いた。
現世の父レスカはブラウンの髪に青い目をしていて、穏やかそうな顔立ちだけど、身長は190cmと高い上に身体は筋肉ムキムキなのでギャップがすごい。
ウォリス家はハウゼル王国の中でも東寄りで、父も以前は戦争で活躍していたらしいが、今は現役を引退して、伯爵領の行政に専念している。
「お前はしっかりしているのであまり心配はしていないが、ウォリス家の一員として恥ずかしくない立ち振る舞いをしなさい。その為の教育はしてきたつもりだ」
「身体には気を付けるのよ。月に一度は手紙を書いてね」
父と母がそろって口にするが、もう何日も同じことを言っている。
父レスカは基本的に温厚だが、流石に貴族なので世間体やらを気にして言っているのか厳し目の言葉だ。ただ、確かに剣術、魔術含めいろいろなことを勉強させてもらって心から感謝しているし、心から尊敬している。
母エヴァは前世では見たことがないくらい美しい人で、きれいな金髪に吸い込まれそうな翡翠色の瞳をしている。
僕はこの母が怒っているところを見たことがない。ただ、本当に子供のことが大好き過ぎることが玉に瑕なので、子離れできるだろうかと苦笑してしまう。
前世の記憶が少しあるとは言え、今の僕の両親は間違いなくこの二人なので、離れたくない思いはもちろんある。それに、この父と母の元に生まれて僕は幸せ者だと心から思っている。
「父上、きちんと心得ていますよ。母上、夏には帰ってくるし、数か月会えないだから心配いりませんよ」
そんな会話をしていると、おもむろに次男のルーカス兄上がこちらを向いてきた。
「お前は騎士団に入りたいんだから、この四年間が本当に大事だぞ!」
ルーカス兄上は二年前からハウゼル王国の騎士団で働き始めていて、身体つきもかなり大きくなってきた。
ちなみに、この一家というかこの世界の人は家族で髪の色や瞳の色が全然遺伝しないらしい。
僕は黒髪に青の瞳だし、今しゃべっているルーカス兄上は髪も瞳もオレンジ色で活発さが滲み出ている。そして、長男のシリウス兄上は、青い髪に金色の瞳をしていて理知的な雰囲気だ。
そんなルーカス兄上が自慢げに激励してきたところでシリウス兄上が声を上げて笑い出した。
「ははは、そういうお前は、ギルと違って学園に入る前までは手が付けられなかったのに、学園を卒業して騎士団に入ってから随分と落ち着いたな」
「う…、そんな昔のことはもう忘れちまったよ!」
長男シリウスが茶化すように突っ込んだことで場が和やかになる。
本当にこの家族といると心地いいなぁ。
ずっとここに居たい誘惑に駆られるが、自分で決めたことなので未練を断ち切るように言葉を発することにする。
「ルーカス兄上、助言ありがとうございます。しっかりと励みますよ」
そんな和やかな食事をしながら、明日から頑張ろうと決意を新たにした。
さて、セントリア魔術学園での生活がどうなるかまだ分からないけど、これから頑張ろう。
少なくても、この家族に胸を張れるようにしないとな。
お読みくださってありがとうございます。
これからギルバートの物語が始まります。
拙い文章ですが楽しんでもらえると嬉しいです。