王妃様と、水面下で
王妃様をほんの僅かな時間見ての私の感想。
間違いなく、この人は王妃様。それも、格別やり手のやつだ。こうやって見ていると普段は笑っているだけに見えるけれど、時々眼光が妙に鋭くなる。
腹芸、策謀、お手の物。他国の重鎮ともサロンやパーティーで戦ってきた、私とは住む世界が違う人。
……いやまあ、私もその貴族社会の一人になってしまったわけだけど。
「あらあら、フィーネちゃんにじっくり見られちゃってるわ」
「あっ! 申し訳ありません、普段お会いする方ではないのでどうしても気になってしまって……」
「ふふふ、別に気にしていないわ。あなたから見て、私はどう見えるのかしら。噂の今のフィーネちゃんっていうの、気になるわね〜」
視界の端で、アンヌお母様が息を呑むのが見えた。
……そうだよね。いくらここ二年ぐらいの変化があったといっても、私は以前にやらかしている。
アンヌお母様にとって絶対に逆らえないのが王妃様だ。私の言葉次第では、苦しい立場になりかねないだろう。
——ならば、ここは。
「そうですね。一言で言うと、さすが王妃様、という印象を受けます」
「……へえ? おだてる方向かしら」
ほら、今スッと目が細くなった。
……うう、やっぱ迫力あるなあ。格上の威圧って感じすごい。
私が緊張していると……ふと、右手に感触があった。
これは、ゼイヴィアだ。
ゼイヴィアは、私が緊張しているのに気付いている。
だけど、同時に手助けしなくてもいいと思っている。
それは……間違いなく、私を手助けしなくてもいいと信頼しているから。わざわざ自分が助け船を出さなくても、私一人の力で切り抜けられると信じているから。
そうだ、何を弱気になっているんだ。
自分の力で、主人公じゃない自分が頭のいい自分であろうと決めたんじゃないか。
ゼイヴィアの手の温かさが伝わって、段々と心が落ち着いてくる。
一人じゃないと思うだけで、これだけ頼もしく感じるのだ。大丈夫。
年齢的にも決して離れているわけではないのだ。私ならイニシアチブ、十分に取れるぞ。
「おだてているつもりではなくって、なんて言うんでしょうか……そう、例えるなら『台風の目』、ですね」
王妃様が、目を丸くする。
「気候変動で、このあたりでも大きな嵐が起こることはあると思います。その台風ですが、中心に行けば行くほど風が強くなるというのに、不思議なことに中心部は全くの無風なんですよね。ヘレン様には、そんな力を感じます」
「……褒めてるのよね?」
「もちろんです。私は風魔法を使いますし、親近感を覚えるぐらいですよ。自分も今は台風の目みたいなものかなって思うので」
またヘレン様の目が細くなった。
王妃に親近感なんて、大胆かつ不遜な発言だろう。
それでも私は畳みかけていく。
「最近、クレメンズ様の魔法の成績はどうですか?」
「クレメンズ? とても上がっていると、先生方には聞いているわ」
「メリウェザー様、ゼイヴィアの魔法の腕は、メリウェザー様から見てどうですか?」
「……私か? ああ、一年で急速に上がっているな」
二人の回答を聞いて、頷く。
「どちらも私が教えているのです。特別に来てもらうよう頼んだわけではなく、比較的自然に集まった形なんですよ。いつの間にか、いろんな方が集まりました。それにお二方とも才に溢れる方ですから、まだまだ今の比ではないほどに伸びると思います。特に今は——」
一旦言葉を区切ると、シンディの方をちらりと見る。
ヘレン様なら、この一瞬の視線の動きで察するだろう。
「——家族全員はもちろんのこと、新たに出来た義理の妹を私は何よりも溺愛していますので、同じ特別練習会の中でもクレメンズ様がシンディに良くしていただいて嬉しいのです」
最後にそこまで言うと、にっこりと微笑みかける。
クレメンズとシンディは、恐らくいい感じに進んでいくと思う。クレメンズにとっても外面と内面ともに完璧と言って差し支えないのがシンディだ。だからクレメンズはシンディを手放すとは思えない。
同時にシンディにとっても、クレメンズは話し相手として問題なさそうだ。クレメンズは元平民のシンディに対して、出来る限り沿うように考えている。
シンディと仲良くしてくれるから、魔法を教えている。
それが私の主張。
でも同時に、シンディと仲良くしてくれないと、魔法を教えるつもりはない。
魔法を上達させるためのノウハウを私が持っているから、その指導から離れるわけにはいかない。
もしもクレメンズがシンディの機嫌を損ねるようなことをした場合、私は指導をしないだろう。
その時、果たして教えた場合と教えていない場合、どれほどの差が出るか。
それこそ、元平民と次期国王という関係性でありながら、どれほどの差が開いてしまうのか。
そう。
シンディを私が溺愛し続ける限り、クレメンズは私の指導から迂闊に離れるわけにはいかない。
その後に待ち受ける結果が、大きく異なってしまうからだ。
もちろん、頭の回転の速いヘレン様は、すぐにそのことに思い至ったのだろう。
私の顔を無表情でじーっと見ると——やがて瞑目して「……ふーっ」と息を吐き、軽く首を振るとクレメンズの方を見た。
「クレメンズ」
「ああ」
「シンディとは仲良くなさい」
「……言われずとも」
照れ隠しなのか、シンディと一瞬目を合わせると、少しふてくされたような様子でそっぽを向く王子様。
シンディは、それでも言いたいことが伝わったのか、赤面しつつも口元をむずむずさせている。
あの様子なら、現状悪い関係ではなさそうかなと再確認。
そしてヘレン様は、お母様の方を向いた。
「アンヌ」
「は、はい」
「本当に同一人物? というか、まだ十歳ぐらいと聞いてるけど……」
「言いたいことは、まあ、わかります……」
その二人の会話を見て、身体にかかっていた緊張が解けた。
はー……切り抜けた、かな。