何が相手のツボかなんて分かる筈もなく
ゼイヴィアの首を傾げた独り言を、頭の中でもぐもぐとかみ砕く。
同時に、お母様とちょろっとお話ししていた時のゼイヴィアを思い出す。
それらを理解しての結論。
この子、もしかしなくても私がわがまま面食いの末っ子だってことを教えてもらった上で、私が実際にどんな人物なのか見に来てるんだ。
さすが、お貴族様の頭脳担当。ほんとに子供ですかね……早熟すぎるでしょ。
「あ、えっと……その、昔のことは忘れてくださると……。今はなるべく、普通のいい子になろうと頑張っているところです。慣れない部分はあるんですが……」
「とんでもない。入学前の段階で、貴族の礼をしながら丁寧語を使うんだから、僕もチェックしておかないとなって思ったところ」
「チェックって、何のですか?」
「んー……君にならいいかなあ。正解は、ソラっちの代わりの調査」
ソラっち……って、まさか……クレメンズ!?
クレメンズ——正式名称、クレメンソラス・キングスフィア。
名前からお察しの通り、この世界における王家、キングスフィアの第一王子である。
エグゼイヴィアがソラっちと呼ぶのは、クレメンソラスだけだ。
情熱的な赤い髪をミディアムぐらいに伸ばしたイケメンで、雰囲気は野性的でありながら女性の扱いはひたすら紳士。当然金持ちでありながら男友達にも優しく、店員や下働きの老婆も見下さない王子様である。
玉の輿レディーにとって、理想的完璧超人みたいなメイン攻略対象がクレメンズという男だ。
当然のように一番人気である。
ただ、攻略難易度は高い。
こちらも察することができると思うけど……クレメンズは、火属性の魔道士だ。
主人公のシンディとクレメンズの二人で、不利属性のトライアンヌに挑むのは、単純計算で土属性エクゼイヴィアの時と比べて4倍ほど不利になる。
ゼイヴィアが初心者向けルートなら、王子様のクレメンズは上級者向けルート。
もちろん私はクリアした。アンヌめちゃ強かった。
つーか王子ルートだと体感上ラスボスより強いんだよねアンヌお母様……どんだけ強いの。
——閑話休題。
そのクレメンズの花嫁選びに、ゼイヴィアが来ているらしい。
「な、なぜ、ゼイヴィア様がクレメンズ様の婚約者を?」
「……! そうだね……クレメンズは、貴族の女の人すっごく苦手でね。がつがつ来るタイプの人、あんまり好きじゃないんだ」
え、うっそぉ……。
あんなに肉食系みたいな顔した、ワイルド系イケメン王子じゃん……。
……でも……もしかしたら……?
私はゼイヴィアの話を聞いて、ふと何か記憶の扉が開いた。
シンデレラの話。シンデレラを元にしたシンディの話。
シンデレラの話に出てくる、王子様の話……もしかすると、私は何かとんでもない勘違いを……?
一旦考えるのをやめて、まずはゼイヴィアとの会話を繋げよう。
「私はまだ婚約などは遠慮したいところですけど……じゃあ、ゼイヴィア様から見て、ティナ姉は脈なしですかね……」
「残念だけど、正直に伝えるならそうだね。まあティナには、もっと似合う人が見つかると思うよ」
だといいな。ティナ姉には幸せになってほしいもん。
と噂をすれば、窓に影もとい二階に足音。
ティナ姉のどたどたした、レディには似つかわしくない階段を踏みならす音が聞こえてきた。
もーっ、ティナ姉、お淑やかさも覚えなくちゃ駄目だよーっ。
「この話、ティナには内緒ね」
「も、もちろんです」
頭のいいゼイヴィアは、既にティナ姉の超積極的な火属性ガールっぷりを体験している。
婚約者の条件とかベラベラ喋って予習させたら、いざ王子に合った時、もうその瞬間の対応を見ただけで一瞬でばれるだろう。……特に私に釘を刺した以上はね!
そんな私の内心の葛藤を余所に、元気よくティナ姉が飛び込んできた。
「ゼイヴィア! 持ってきたわ!」
「うん。それじゃ、分からないところを教えて?」
「全部よ!」
「なんだか僕も、ティナのことを分かってきたよ……」
苦笑しながらゼイヴィアは、ティナ姉の宿題を手伝った。
時々、こちらを見るゼイヴィアと目が合う。ニコッと笑顔を向けられて、私も笑顔をなんとかぎこちなく返す……返せてるかなこれ。
うーん、仲良くしたいんだけど……どうしても、この攻略対象の美男子は、みんなトラヴァーズ家を滅ぼす存在だってことを意識しちゃってね……。
手持ち無沙汰なので私は読書に移り、置物に徹する方針にさせていただきました。
……時々視線を感じるけど、無視だ無視。
「ううう、おわった……ありがとねゼイヴィア、これ絶対一人じゃ終わってないって……」
「どういたしまして。これから問題は難しくなると思うから、予習しておいた方がいいかもね」
「ええ〜っ……」
ティナ姉の宿題が、ようやく終わったらしい。
部屋の中に入る日光も、すっかり茜色になっていた。
「それじゃあ僕は、そろそろ戻らないと。トライアンヌ様にご挨拶してくるよ」
「うん!」
ティナ姉は手を振って、そのままお菓子を持ってお部屋に戻っていってしまった。
色気より食い気、という感じの、まだまだ元気な女の子だ。
少ししてアンヌお母様が、台所からやってきた。
ティナ姉は来ないようなので、玄関へのお見送りに私が行く。
最後にこちらを振り返ると、ゼイヴィアは私に顔を近づけて……近い、近い近い! めっちゃ瞳きらきらで肌綺麗つやつや! あっいい匂いする、違いますお巡りさん私は少年趣味ではない健全な精神を宿しておりましてっ!?
と、脳内で元気よく叫んでいるところで……ゼイヴィアは私の耳元に口を当てた。
その瞬間。
私は全てを理解した。
「——よく、ソラっちが王子のことだと分かったよね。まだ名前は、クレメンズとしか出回ってない筈なんだけど」
……あ……あああ……!
カマかけられた……遙か年下のショタっ子に……!
そっか、そりゃそうだ。王子様の花嫁選びの条件発表なんて、そうそう信頼できる相手にしか公表しているはずがない。
私が王子のことだと察した時点で、『話してもいい相手』にカテゴライズし直したのだ。
私が唖然としていると、目の前に来たゼイヴィアが今度は困ったような顔をしていた。
「う、ううん……怖がらせちゃったかな、こういうのは得意じゃないや。えっとね、変なことに巻き込むつもりはないよ。彼に関しては、君の希望も聞いたし。だけど……」
開け放たれた扉の前で、茜色の夕日が白い肌に辺り、眩しく反射する。
その中にある彼の顔は……夕日でも隠せないほど、赤く染まっている。
「僕は、頭のいい子、すごくタイプだから……君が僕のこと嫌いじゃなければ、またお話しに来ても……いいかな?」
「……は……はい……」
それは、見ているこちらまで照れてしまいそうなぐらい、あまりに真摯で必死な顔で。
私は思わず、返事をしてしまった。
「良かった。君が入学する日が楽しみだなあ。またね、フィーネ」
今までで一番子供っぽい笑顔で頬をぽりぽりと掻いた美少年君は、最後に小さく手を振って、庭に待機していた馬車へと乗り込んだ。
夕日の眩しさが、ドアの閉じる音とともに視界から遮られ、ふわふわしていた感覚が現実に引き戻される。
私はその瞬間、扉を閉めたお母様がずっと黙って聞いていたのを思い出し、恐る恐るそちらを向く。
アンヌお母様、私の方を見て愕然としていた。
「……うそ……ペルシュフェリア家の一人息子、女の子とは一度しか会わないってレイチェルから聞いてたから、うちじゃ脈はないと思ったのに……」
アンヌお母様の呟きは、ゼイヴィアの目的を知った今となると理由は分かる。
花嫁候補ぐらい自分の目で確認しに来んかいクレメンズ。
「フィーネ、あなたどんな魔法を使ったの?」
「アンヌお母様、私はまだ魔法を一つも使えませんよ……?」
「そういう意味じゃなくてね?」
そんなボケとツッコミのやり取りに困っていると、花より団子な可愛い姉が「お腹空いたぁ〜!」と主張してくれたので、質問は打ち切りとなった。
んん……参ったなあ……。
シンディのことがあるから、あまり男の子にがっつく気はないんだけど……まさかのゼイヴィアに気に入られる展開になってしまった。
このままで大丈夫なのかな。未来のことを考えても、その時にならないとわかんないよね。
まだまだ先は見えてこないけど、まずは何より危機を乗り切ることに集中しよう。
私が踏み外さないように、そして周りが踏み外さないように……ね。