王城でのフィーネちゃんやらかし伝説
ゲームでも王城は入ったことがある。
シンディを操作して、クレメンズのルートを通ったときに招待されるのだ。
ってことで、このキングスフィア城は当然どんなものか知っていたわけだけど。
(……すげえ)
目の前に広がる美術館の飾り物だけで出来たような廊下は、それはもう凄まじいものだった。
迫力ってのが全然違って、圧倒されてしまう。
よくテレビの天気予報で、東京の様子を映したりするじゃない?
その際に東京タワーが映って、私はその映像を『いつものすごくおっきなたてものの映像』として、特に感慨もなく見ていたわけよ。
実際に東京タワーを直接目で見ると、そりゃもう圧倒されたね。
あのミニチュアみたいな街に伸びた細長いの、こんなにごんぶとな鋼のパーツが複雑に絡み合ったゴッツい建物だったなんて。
目の前の光景が、まさにそんなかんじ。
私はゲームの中で、そこそこ程度の映像としてこの王城を見ていた。
まあ綺麗だなー、程度のものとしてね。
いや、本物の王城やべーわ。
天井見上げたらものすげえ巨大な女神と天使の絵とかあるもん。
建物自体が完全に美術品だよ……。
「わあ……」
そんな王城を、きらきらした目で見つめるのは私だけではない。
特にこういった光景とは無縁で過ごしてきたのが、シンディだ。
最初の緊張はどこへやら、シンディはクレメンズの隣で右に左に首を動かしながら、周りのものをじっくり見ていた。
「凄い……どこもかしこも全く欠けることなく、綺麗に作られています……! どうやって作るのでしょうか、作者の方に興味が尽きません!」
そんな様子を、周りの皆は微笑ましく見ていた。
「そうね、私もすっかり見慣れてしまったけれど……こうやって素直に感激してくれる目があって、作った人のことを改めて意識できる。ふふっ、新鮮ね」
「あっ、申し訳ありません、はしたなくも一人はしゃいでしまって……」
「もう……家族なんだから、そんなに遠慮しないで」
自らの行いを意識して照れるシンディを、むしろ褒める形で嬉しそうに見るアンヌお母様。
元平民の貴族であるシンディの反応は、それだけ皆にとって見ていて飽きないものだ。
それにしても……作者の方に興味ってあたりが、やっぱり受け取る側ではなく作る側であるシンディらしさだよね。
本来オタク女子な私も、絵師というものに憧れはするけど……さすがに写実の油絵とかは全く挑める気がしませんね……どーやって描くんだ肖像画とか……。
「作った画家のことか……あまり考えたことはなかったな」
「だって私、あんな絵とてもじゃないけど描けませんよ。どうやって描いたのかなー……」
「なるほど、な。確かに、どうやって描いたんだか」
シンディに影響されて、王子も宮廷画家の技術力に唸る。
そんな二人の様子を見て、レイチェルさんとメリウェザーさんは目を合わせて何か話していた。
ところで、すれ違う度にいろんな人がこっちを見てくるんだけど……。
時々、私だけをじっと見ている人もいるんだよね。
一体何があったのか……まったく記憶にございません……。
しばらく歩くと、先導していたメイドの方が立ち止まり、大きな扉を開けた。
慣れた様子で部屋に上がり込むクレメンズとペルシュフェリア夫婦に、こちらを二度見しながらとてとてと小走りにクレメンズへついていくシンディが可愛い(姉妹馬鹿)。
私達もそれを追って中へ。
……予想はしていたけど、その部屋はなんというか、凄まじい場所だった。
小規模な多目的ホールなんじゃないかという部屋に、模様のついた赤いカーペット。
部屋の片隅に花瓶には、黄色い百合が花を咲かせている。
壁には、肖像画……ではなく、どこかの山が描かれている。思い出の場所かな? まあ……自分のご先祖の顔に見られながらお茶会って、ちょっと気が休まる気がしないよね。
ちょっと低めのテーブルを囲むように、長めのソファーがいくつか置いてある。
一人用の椅子も出せるように準備しているけど、今回は使うことはなさそう。
メリウェザーさんとレイチェルさん夫婦は当然セットで。
アンヌお母様は、エドお父様……はお店にいるので、ティナ姉が座る。
クレメンズは、少々強引にシンディの手を引いて隣に座らせた。まんざらでもなさそうで一安心。
……ん? あ、これ私もしかして——。
「えっと、フィーネは僕の隣でいいかな……?」
「う、うん。だいじょぶ……」
ですよねー。
いやまーさっきまで馬車の中で一緒に座ってたわけだけど、こういうふうにセットになると尚のこと緊張してしまう。
ふと、正面のメリウェザーさんと目が合った。
男にしては長めのウェーブヘアに、眼鏡を掛けた目の細い柔和な男性。一件穏やかそうなこの人が、魔法を使えば右に出る物なしという天才魔道士メリウェザー・ペルシュフェリアである。
出発の時にもご挨拶したけど、本当に十二分に若々しい美男子である。
お母様がレイチェルさんと争った果てにメリウェザーさんと結婚したのがレイチェルさん、ということだけど……こう見ると陽キャの光みたいなのがあって、ある意味お母様には似合わなかったかなーなんて思っちゃう。
ティナ姉も、ジェイラスお父様のことが好きだったみたいだし、こういうのも人それぞれだよね。
そして何といっても、メリウェザーさんはゼイヴィアの父親。
レイチェルさんは(たぶん)大丈夫だと思うけど、魔道士団団長様であるメリウェザーさんにとっての息子ゼイヴィアは、間違いなく王国の未来そのものであり自分の一番の宝。
お眼鏡にかなうかどうか……ヘマするわけにはいかない。
ちなみにメリウェザーさん、朝に挨拶したときはこんな感じだった。
『は、初めましてメリウェザー様。ティルフィーネ・トラヴァーズです……』
『……君は……。……ふむ……?』
『……。あ、あの……?』
『おおっと、これは失礼。息子に良くしてくれてありがとう。仲良くしてあげてくれ』
と、私を思いっきりガン見された。……フィーネ、以前にやらかしてないといいけど……。
……保証できないのが、フィーネの怖いところだよなあ……!
そんなことを思い出していると、景気よく後ろの扉が開いた。
「よーし、みんな揃ってるわね」
王妃ヘレン様が、お洒落なワゴンカートに紅茶とスコーンを載せて運んできたメイドさんを引き連れて、部屋に入ってきた。
私達をぐるりと見て、うんうんと頷く。
「……なんだよ」
「あら、何でもないわ。シンディちゃん、緊張しているだろうけど、私のことはあまり王妃と思わずに、アンヌぐらい近しい人の一人として見てほしいわ」
「ひゃ、ひゃい……」
ヘレン様、それは無理というものでございます……。
シンディは文字通り元平民で、しかもお掃除大好きの真面目で謙虚な性格だ。
王妃様は義母として『アンヌぐらい』と言っただろうけど、そもそもシンディはアンヌお母様のことをめちゃめちゃ尊敬していて、今でも遙か天空の人ぐらいに感じている。
隣で「やれやれ、無理なことを……」とクレメンズが呆れているが、これに関しては彼の方が正しい。
シンディとの付き合いも一年になるし、クレメンズもシンディのことを十分熟知していることだろう。
「そして」
次に目を向けたのは……なんと、私の方だった。
「フィーネは、何か思い出したかしら?」
「いえ、全く……。ただ、通路ですれ違う度に、いろんな方が私のことを見ていて……」
これは……間違いない。
ヘレン様、絶対何か知っている……!
「あの、不躾ながらお伺いしてもよろしいでしょうか。……私は以前、この王城で何をやらかしてしまったのですか……?」
ヘレン様は、顎に手を当てて……アンヌお母様を見る。
「……アンヌ。今の彼女なら、大丈夫なのね?」
「はい、間違いなく大丈夫です。今のフィーネは、この場の誰よりも聡明ですわ」
ヘレン様からのちょっと突っ込んだ質問に対して、思った以上に強い語句を紡いだお母様。これには質問したヘレン様の方がむしろ驚いていた。
メリウェザーさんも驚いていたけど、レイチェルさんはうんうん納得するように頷いている。……レイチェルさんからの評価、高いですね。いや、障害になるとしたら一番可能性の高い人名だけに、有り難くはあるのですが。
あとティナ姉、なんでティナ姉がドヤ顔で腰に手を当てて威張ってるの。違うでしょ。可愛い(姉妹馬鹿)。
「そこまで言うのなら……いいでしょう。フィーネちゃん」
「は、はい……」
「あなたはね」
一体、フィーネは何を言い出すのか。どんなやらかしをしたのか。
私が緊張して待っていると、ヘレン様の口からようやくその答えが出てくる……!
「執事を口説いたのよ」
へ?
「だから、執事。しかも私の若い専属執事を、自分の家で雇おうとスカウトしたの。私の前で」
……。
…………。
う…………うわあ…………。
嫌な汗が出てきた……。
マジか……マジかー…………ええ……?
「……その様子だと、本当に何も覚えていないみたいね」
頭を抱えて蹲る私に、ヘレン様はあまり私を責めていないようだった。それだけでも救われるというかなんというか……。
そのエピソードに疑問を持ったのは、隣の少年だ。
「本当にフィーネは、そんなことを?」
「ゼイヴィア君は知らないだろうけど、今のフィーネちゃんと昔のフィーネちゃんって全然違うわね。正直顔も全く違うから、別の子かと思ったわ」
「顔、ですか?」
「そうよ」
顔が全く違う?
顔は同じはずだけど……ゲーム中の顔と今の私の顔、基本的に全く一緒だし。
「当時は……にらみを利かせているというか、アンヌより目つきが悪くて、親子だなーって思ってたもの」
「……ヘレン様、そんなに私の顔ってきついですかね……?」
途中で流れ弾を受けたアンヌお母様に、遠慮なくにっこり頷いたヘレン様。
「『氷の夫人トライアンヌ』って呼び方、その目つきの鋭さもあるのよー? でも、当時のフィーネちゃんはそれ以上の目つきで、使用人全員をチェックしてたの。汗をかく兵士の訓練なんかは、露骨に嫌そうな表情で顔を背けたり」
おぼぼぼぼ……いっそころして……。
生き残るために頑張っているけど、今ばかりは穴の中に入りたい。石の中に埋まりたい。
「本当に、よく変わってくれたわ。今はどちらかというと、ティナとアンヌは似ているのに、フィーネはだいぶ柔らかい顔よね」
「それは……その、本当に失礼を……」
「もういいわよ。あの時ぐらいだもの、アンヌが本気で顔面蒼白になって謝罪に来たの。あれが面白かったから、差し引きチャラ」
「……あまり面白がらないでくださいませ、当時は本気で罰を覚悟したんですから」
アンヌお母様の本気で困った顔を見て、ころころと優雅に笑う王妃様。
そして私を見て一言。
「だから、面白いことをしてくれるのかなって期待してたけど……そういうことは、もうなさそうね。でも、今のあなたも今のあなたで、面白いことがあったら何でもしてちょうだい」
にっこり笑顔を向けていたけど、その顔は本気で楽しんでいるの半分で、それに付随したお母様の反応を楽しんでいるのが半分、といったところだろうか。
「さて、お茶が冷めてはいけません。いただくとしましょう」
そして気がついたら配られていた紅茶を真っ先に手に取り、「楽しい話はゆっくり、たくさんしたいわね」と言ってのけたヘレン様を見て……これが王妃様、さすがに『強い!』って感じだなあと思ったのだった。
すっかり彼女のペースである。
うう……フィーネちゃんのやらかし伝説、これが最後のエピソードであってほしい……。