若き王妃様と嫌な予感
二学年になっても、やることは変わらない。
マナチャージ、勉強、そして……調査。
相手の情報を集めることは、今私の中で一番大切な任務だ。
最近は全く仕掛けてこないからといって、放置していい問題ではない。
私自身がどんなに強くなったとしても、離れた場所にいる人を常に守ることなんてできないのだ。
それでも、あまりにも変化がないと集中力が切れてきてしまう。
決定打に欠ける状態では、料理も煮詰まらない。
相手の情報があまりに不足していて、どこに重要な情報があるか分からない。
だから私は、気分転換もするようになった。
最初の頃は本当に『我こそが本の虫なり』ってほど本にかじりついていたけど、本を調べても知識が限界であり、そこに『今』はない。
そして当然のことながら、この世界と日本に関わる転生とか異世界の話はないのだ。
——でも、何より。
敵対者によって、私の生活が支配されるような状況は嫌だもの。
◇
「わざわざ僕に連絡をくれたのは嬉しいけど、ソラっちなら言えば対応してくれると思うけどなあ」
「そりゃもう、キングスフィア王家だよ? いくら一年間私の弟子をやってるからって、行けないって」
馬車に揺られながら、ゼイヴィアの言葉に当然の疑問を返す。
今日は、クレメンズの家というかキングスフィア王城へと行くのだ。
日本人の私からしたら、西洋のお城ってだけで超珍しいのだ。その上王家のお城となると、そりゃもう興味も湧きますとも。
以前も山賊の件で行ったことはあるけど、あの時は本当に一部しか入ることは出来なかった。クレメンズとも初顔合わせだったし。
「ティナも来るのは初めてだっけ?」
「あー、そういやそうね。あんまり興味もないし、クレメンズの家でしょ?」
王子相手にここまで花より団子女子の究極系で話せるの、多分王国内でもティナ姉だけだよ……。
それに引き換え、こちらは挙動不審である。
「お、王家のお城に、私も入っていいんでしょうか……」
「むしろクレメンズは、シンディをずっと招待したがっていたんだよ。自分から言い出すわけにはいかないから、即了承だったね」
クレメンズは、この国の次期国王だ。
その彼が自分から特定の女性を呼ぶという行為の影響は、小さくないだろう。
そのため、今日は私からゼイヴィアに声を掛けて、トラヴァーズ家という形でお邪魔することにしている。
ちなみに大昔にも一度来たらしいのだけど、当然私の中にその記憶はないですね。
もちろんトラヴァーズ家としてということなので、お母様もレイチェルさんと一緒に別の馬車に乗っている。
レイチェルさんは、魔道士団団長のメリウェザー様の奥さん。その友人一家となると、シンディがクレメンズに会いに行った、という形には見えないだろう。
そんなことを考えながら窓の外を見ると、城壁が視界に入ってきた。
一年以上ぶりの、キングスフィア城だ。
扉が開くと、出迎えにメイドさんがいらっしゃった。
ゼイヴィアが少し顎に手を当て、一言。
「シンディから」
「へっ? あっはいっ!」
そしてメイドさんに目配せして、自らは一歩引いた。
こういう扱いに慣れないシンディも、メイドさんの手を取って照れつつ地面に足を付ける。
「……よう」
そして、メイドさんの奥から現れたのは……なんとクレメンズ!
「クレメンズ様自ら……お出迎えいただきありがとうございます」
「できれば、もっと早く呼びたかった。今日は時間もあるのだろう? ゆっくりしていけ」
「は、はい」
そしてクレメンズは、手を取ってお母様の馬車の方に歩き出した。
ティナ姉がそれを見て降りる。これは……間違いない、空気を読んだ形だ。
やっぱりティナ姉にもクレメンズとシンディの関係は応援したいところなのかな?
ゼイヴィアは、メイドの人達に首を振って降り、こちらを見て、手を………………って。
「ほら」
あ、あああ〜〜っ!
これ完全にエスコートされてる!
「う、うん……」
なんとか平静を保ちつつ、すくい上げるように伸びたゼイヴィアの手に自分の手を乗せる。
冷静に冷静に。ああもう春なのにあっつい。これ絶対顔赤いやつだ。
地面に足がついた感覚に少しふらつきつつも、ゼイヴィアの心遣いに感謝しないと。
「ありがとう」
お礼を言ってゼイヴィアの方を見ると……ゼイヴィアも真っ赤だった。
あっこれ完全に背伸びしてやってただけなのですね!
ちくしょうこいつ可愛いな。肉体年齢が若いとはいえ、やっぱり私にとってゼイヴィアはまだまだ年下の子供という感覚。
そんな子がこれだけ頑張っているのだ、応援したくもなる。
他人事みたいに考えてるけど、その対象が自分なんだよね……ああほんといい男だなあ……。
「……ほらもう、さっさと行くわよ」
と、そこで一連の流れを見ていたティナ姉に急かされて心臓が跳ね上がり、思わずゼイヴィアと手を離した。マナチャージより心臓跳ね上がったよ今。
こっちは空気読んでくれなかったですね……って、そりゃそっか。ティナ姉だけ全く相手ナシだと、そりゃ手持ち無沙汰だ。
「あ、王妃様もいらっしゃってたのか」
ふとゼイヴィアが、お母様の方を向いて呟く。……王妃様?
私が同じ方を見ると、そこにはベージュ色の壮年の男性と談笑する、金髪の少し年上の女性。
さすがにゲームでも見たことあるぞ。もっと終盤だけど。
「もしかして、あの方は……」
「初めて見るかい? 名前はもう知っていると思うけど、ヘレン王妃。ソラっち……クレメンソラスの母親だね」
ひええ〜っ! 王家の中心人物、いきなり出てきたあ!
ってそりゃあ魔法の宮廷魔道士団団長が休日も来たんだもの、元々親交の深い関係なら会いに来たりもしますよね!
改めて思うけど、お母様ってほんと凄い人なんだなあ……。
……ゲーム中では、フィーネによって破滅したトラヴァーズ家。
フィーネとシンディが敵対し、トライアンヌがキングスフィア家と対立した時、みんなどう思っただろう。
仲睦まじいレイチェルさんやメリウェザーさん、そしてヘレン王妃。
この光景を破壊するようなことをフィーネがやって……それでもなお、断罪されたティルフィーネの行為にレヴァンティナもトライアンヌも追従したんだ。
それが、悪役令嬢一家の最期。
「——フィーネ?」
「ッ……! ごめん、大丈夫。ちょっとふらついてただけ。挨拶、しないとね」
私は、頭の中に浮かんだ並行世界の過去を振り払う。
あれは、他人。私であって私でないもの。
容易に避けられた過去であり、起こりえなかった世界。
私は気を取り直して、王妃様のいる所へと足を進める。
金髪がさらりとなびき、ゲームで見た時より幾分か若い王妃様に、まずはクレメンズが話しかける。
「外で長話しててもしょうがねーだろ、さっさと城に入るぞ」
「こらっ、客人がいる中で口が悪いわよ」
おおう……さすが俺様王子、王妃だろうと実母相手にはこんなもんですよねそりゃ。
ヘレン様はクレメンズに呆れつつも、その手が繋がれた一人の女の子を視界に入れた途端、目を見開いた。
シンディはびくっと震えて離れ、慌てて練習したカーテシーを取る。
「は、初めまして……シンシア・トラヴァーズ……です……」
まだまだ優雅とはほど遠い、上目遣いでおずおずと不慣れなポーズを取ってすぐに戻るシンディ。恥ずかしさから視線を逸らせて頭を掻くその初々しい反応に「まあまあ」と王妃様も興味津々。
「挨拶、丁寧にありがとう。私がクレメンズの母のヘレンよ。よろしくね」
「は、はい、存じております、よろしくお願いします……」
ヘレン様はにっこり笑うと、次はティナ姉に。
「レヴァンティナです、ヘレン様。えーっと、あたしは全然覚えてないんだけど、大分前にお話ししたことがあるとか聞きました」
「ええ、ええ。あの頃から随分大きくなったわね。ティナはアンヌが当時手を焼いていたけど、ちゃんと淑女に育ってくれて何よりだわ」
ティナ姉も相手が王妃様となると、さすがに普段より丁寧な感じで対応した。
……学校でクレメンズを文字通り尻に敷いていることは黙っておこう。
次は私だね。
緊張するなあ……若いヘレン様、とっても美人だ。
私は少し凝ったワンピースに手を取り、なるべく自然にカーテシーをする。
「お招きいただきありがとうございます、ヘレン王妃様。ティルフィーネ・トラヴァーズです」
変な感じないよな? と思いながら再び王妃様を見る。
ヘレン様は何故か、私の方を見てじっと考え込んでいるようだったけど……すぐにはっとすると、手を叩いてにっこり笑った。
「ええ、お久しぶり。フィーネは以前ここに来たこと、覚えているかしら?」
「それが、お恥ずかしながら全く記憶になく……」
私がそう伝えると、腕を組んで何やら黙る。
なんか、その、私の時だけ随分と溜めますね……?
「……ああ、ごめんなさい。それじゃメリウェザー、今日は仕事じゃないんだから東の第一サロンで待機ね」
「分かりました、ヘレン様」
ゼイヴィアパパのメリウェザーさんが礼をし、ヘレン様は一旦別行動となった。
去り際に一瞬……私と目が合った。
その目はどこか、私のことを測るようで……その目から私は、一つの可能性を思い浮かべて頭を痛める。
——フィーネ、絶対以前やらかしたでしょコレ。