久々のペルシュフェリア家での、新しい出会い
本日は、レイチェルさんにお呼ばれしている。
レイチェルさんは私のことをいたく気に入ってくれているようで、ニコニコ笑顔で出迎えてくれるのだ。お母様はあまり笑顔が得意ではない人だけど、レイチェルさんに気に掛けてもらえて良かっただろうなあ。
魔法も得意でないのに誰とも連まない生徒って、それ完全に陰キャ街道まっしぐらですからね……あれ、セルフダメージが……。
それに、レイチェルさんはなんといってもゼイヴィアのお母様である。
私にとって、一番印象を良くしなければならない相手。それがレイチェルさんである。
彼女の期待を外すようなことがあってはならない。
大抵、息子には母親が、娘には父親が障害になるというよね。『うちの娘はお前にはやらん!』みたいな。
母親にとっての息子も、そんな感じ。きっとレイチェルさんにとってのゼイヴィアは、私が想像するより遙かに大事な子だろう。
どんなに慣れ親しんでも、粗相だけはしないようにしたい。
お母様に連れられて、姉妹揃ってペルシュフェリアの門をくぐる——。
「……あれ、メルヴィン?」
なんと、中で出迎えてくれたのはメルヴィンだった。
家間違えた? なわけないか。同じ見た目の別の家なんてことはないし。
「トラヴァーズ様、ご無沙汰しております。フィーネ、シンディ、こんにちは。先に出迎えちゃったね」
メルヴィンが困ったように屋内の方に目を向けると、少し遅れてゼイヴィアがやってきた。
「いらっしゃいませ、トライアンヌ様」
「ええ。先にアビーも来ているのよね」
「はい、アビゲイル様もいらっしゃいます」
そのことを真っ先に確認すると、すぐにサロンへと足を進めていった。
ティナ姉とシンディも先に行き、私はゼイヴィアと少し会話をする。
「メルヴィンが先に来ていたとは思わなくてびっくりしたよ。ところで、アビゲイルって方はもしかしてメルヴィンの?」
「おや、情報通なら知っているかと思ったけど、初耳かな? そうだよ、シルフカナル夫人」
すみません、別に情報通じゃないんです。攻略サイトを眺めたりフレーバーテキストを眺めたりする回数が多かっただけで、全く載ってない情報は知らないのです。
何でもは知らないのです。知ってることだけ知ってる、ってやつ。
先にいつものサロンに入ると、部屋の中には小さな女の子がいた。
黒いショートのおかっぱヘアーの子が、もぐもぐとケーキを食べている。
その子と私の目が合うと、はっと慌てたように口元に手を当てて子リスのようにもぐもぐ急ぐ。可愛い。
私は微笑ましさを感じながら、見知らぬ客人にカーテシーを。
「初めまして、お嬢様。ティルフィーネ・トラヴァーズと申します。お名前をお聞きしても?」
その子は目を見開くと、手を口元から外して紅茶を一口、ケーキを流し込むと急いで立ち上がった。
「あ、あなたがフィーネちゃんなのね!」
……ん?
今、フィーネちゃん、って……。
「初めまして! 私はアビゲイル・シルフカナルですわ!」
ちっちゃいドレスを着た日本人形みたいな美少女のカーテシーを見ながらも、私はぴしっと凍り付いた。
その頭が上がる数秒の間に、頭の中で様々な可能性と『やらかし』に気付く。
(アビゲイル・シルフカナル。メルヴィンと同じ名字。先ほどゼイヴィアからシルフカナル夫人が来ていると紹介された。目の前の人が、メルヴィンの母親、確定。……今私、なんて言った? お、お、おじょう、さ)
「大変失礼いたしました……!」
「あ、あらあら、待って? 失礼なことなんて全くなかったわ?」
「ほんとよ、相も変わらず若作りっていうか、全く老ける気配ないじゃないの」
私が頭を下げているところに、聞き慣れた呆れ気味の声が届いた。
ゼイヴィア母のレイチェルさんだ。
「はー、やだやだ。一児の母が、まさか初等部の子よりちっちゃいなんてねー」
「もうレイチェルったら……私も好きで小さいんじゃないのよ? 時々本気で息子の妹に思われるんだもの」
「それが嫌味だっつーのよ、この妖精め……」
顔を上げると、半目でアビゲイルさんをじっとり見るレイチェルさんと、困ったように首を振るアビゲイルさん。
そのアビゲイルさんは、再び私に視線を向けると、観察するようにじっと見てきた。
「ん……んー、確かに言われてみると、アンヌに似てるかも? でも大分可愛い感じよね〜。アンヌったら、もう、つーん! って感じだったもの」
当時を思い出しているのか、くすくす笑いながら口元に手を当てるアビゲイルさん。アンヌ……お母様?
「アビィィ〜……? 人がいない間に言いたい放題言ってくれるわね……」
「あら、アンヌ。ケーキおいしかったわ。ほんとおいしい旦那様と再婚したわね〜」
「私はケーキと結婚したんじゃないわよ」
お母様がシンディとティナ姉を連れて出てきた。アビゲイルさんの隣に座って、レイチェルさんが反対側。
メルヴィンやゼイヴィアもやってきて、皆で大きなテーブルを囲むように座る。
私の正面には、メルヴィンママことアビゲイルさんだ。
母親には思えないなあ、なんて思いながら見ていると……アビゲイルさんが口を開いた。
「改めまして、アビゲイルですわ。まずは何よりも先に——」
そして、なんと私に対して深く頭を下げた。
「ティルフィーネ・トラヴァーズ様。息子グラメルヴィンにご指導ご鞭撻を賜り、感謝の言葉もありません」
その、明らかに息子のクラスメイトにするにしては大げさすぎる反応に、メルヴィン自身も驚いて反応できずにいた。
視界の端で、ティナ姉が空気を読んでない、ある意味一番助かるタイミングでこちらの視界で手を振ったことで、私もようやく意識が戻った。
「お、お顔を挙げてくださいアビゲイル様、私はそんな、えっと、クラスメイトとして気まぐれで……そう、元々義妹と練習するつもりだったので、決して専属的に集中しているわけではありませんし……!」
「でも、その『気まぐれ』をメルヴィンに許してくれた。変な下心もなければ、嫌悪もなく」
アビゲイルさんが、こちらをじっと見る。
その目は先ほどまでの可愛らしい女子会の末っ子みたいな顔ではなく、息子の成長に全てを賭けた母親の目だった。
「私も、厳しく育ててしまったし、期待も掛けすぎてしまった。でも厳しく練習させようとするにも、私自身が中庸な成績だったし……レイチェルとは仲良く学生生活を送っていたけど、一緒に教えてもらっていたアンヌほど成長できなかったわ」
……そうか、アビゲイルさんはレイチェルさんの友人の一人。
ならば、レイチェルさんに誘ってもらったアンヌお母様と同じような関係であるにも拘らず、自分が氷の夫人トライアンヌほどの力を持てなかったことを考えない時はなかっただろう。
その成績の身でありながら、息子にばかりシルフカナル家再興の期待を掛けるのは、親として必要なことでありつつも、資格のないことでもある。
教育ママとしては、答えのない問答巡りをすることもあっただろう。
「……家と母との板挟みで、自分自身への自責で……とてもお辛かったのですね。メルヴィンは、基礎的には大人に負けないぐらい、もう十分優秀ですよ」
彼女の境遇に、自然と出た一言にアビゲイルさんは瞠目すると……再び黙って深く礼をした。
それから黙って数秒か、それとも二十秒ぐらいか。
ゆっくりと顔を上げたアビゲイルさんは、すっかり晴れやかな顔になっていた。
「フィーネちゃんが息子のクラスメイトでよかったわ。さすが、噂のフィーネちゃんね」
「そんな、照れま…………ん?」
噂の、フィーネちゃん?
その言葉の意味を考えて、私は……恐らくこの人だろうと、レイチェルさんに顔を向けた。
レイチェルさん、すぐに視線を逸らせた。
「ねえ、何て言ったんです? 私のこと、何て伝えてるんです!?」
「……なんだったかな?」
「学園で先生より頼れるかもって言ってたよ」
「あっ息子に裏切られたっ!」
ゼイヴィアまじナイス! やっぱりゼイヴィアは私の味方だね!
っていうかマーガレット先生とも付き合いあるでしょレイチェルさん、なんてこと言っちゃってんの!?
そりゃまあマーガレット先生も私が教えてるけどさあ!
そんなこんなで、緊張した空間がわちゃわちゃと緩んだところで、アンヌお母様の持ってきたケーキタイムとなってなあなあになったのだった。
今日はたまたまメルヴィンのお母様とお会いできたけど、お話をお聞きすることができてよかった。
メルヴィンとシルフカナル家の関係は、今の彼の成績ならこじれることはないだろう。
それは、彼を指導している私が保証する。
それにしても、私の知らないところで、私の評判が勝手に上がっている気がするぞ……?
そりゃ目立ちたくないとは言ってないけど、わざわざ目立ちたいと言っているわけではない。
ところがそんな私の気持ちを余所に、どうやら私に関する噂が広まっているらしい。
だ、大丈夫かな……?