放課後マナチャージ教室、最強の観察眼を持った子
「わあ、こんな集まりがあるのね!」
ジルちゃんですが、結論から言うと合流しました。
私とシンディが先生の許可を取って練習していると話すと、是非自分も参加したいと。
というわけで、放課後のみんな仲良しマナチャージ練習にジルちゃんが増えます。
中性的なメルヴィンとジルちゃんが並ぶと姉妹のようだけど、どちらも男です。
そういえばスザンナとルビーはジルのことは知らない。
「あの子は?」
「新しい編入生だよ。仲良くなったので誘った」
「そうですの。……前から思っているのですけど、フィーネはこの放課後に立候補する人、もっといらっしゃらないんですの?」
「そりゃー、あまりおおっぴらに言ってないから」
だって、大して親しくもない上に、シンディのことを元平民として見ているような子だっている教室だ。
私だって選ぶ権利は勿論あると思うし、何より攻略対象以外のキャラクターってどんな性格してるか分かったもんじゃない。
そこまでお人好しにはなれない。将来的に、敵に回る可能性だってあるわけだからね。
「ふむ……しかしジルさんはお誘いになったと」
スザンナの呟きに、ルビーも隣でうんうん頷いていた。
「ジルを、フィーネが認めた、ということは……あの子、フィーネにとって、大丈夫な子。なら、こっちが警戒するの、意味ないかな、って」
ううっ、そこまで信頼してくれるなんて……!
ルビーはあの事件以来、私のことをますます信頼してくれるようになっていた。
元々警戒されていた私が、危険を顧みずに助けに行き、その上で魔物も倒したということだから……まあ、完全にあれですね、白馬の王子様やっちゃいましたね。
特に、トレントを実際に見たのはシンディを除けばルビーだけだ。
私の強さは勿論、シンディが火属性であることも知っているのでその強さをよく理解しただろう。
ひっそり目立たない女の子ぐらいになったら安全かな、なんて思ってたけど……自分の周りの子が狙われるということならそうも言ってられない。
自分が穏やかに暮らすことと、友達の安全を守ることなら、天秤に掛けるまでもないからね。
ルビーはしかし、じーっとゼイヴィアとジルに視線を往復させている。二人は教室で見ていたときと同じように、気さくなやり取りをしていた。
次にルビーは私を見ると、不思議そうに首を傾げる。
何かなと思っていると私を手招きして、誰にも声の聞こえないところで顔を寄せてきた。
「フィーネが、男好きなの、よく知ってる。ゼイヴィアと親しいから、がっつかなくなった、ことも」
ドキッ!
い、いやあ、ルビーに隠し事はできないなあ!
そりゃ以前のフィーネとは完全に別人なわけですが、いきなり男嫌いになったわけじゃないのだから、そういう判断にもなりますよね。
「ふふ、いーの。二人が、仲いいなら。……でも、だから余計に、わからなかった。親しいジルのことを、警戒してないこと。でも、今見て理解」
「な、何が……?」
ルビーは一瞬ジルを見ると、私に顔を更に寄せて、無声音で呟いた。
「……ジルの手。女子にしては、ちょっと横幅、広いね」
——は?
私は、ルビーに言われて、恐る恐るジルの手を見る。
線の細い女の子らしい、可愛らしい手だ。ただ、確かに私よりも横幅が広い。
比べてみて、僅かに分かるという程度の、女の子の手。
そして私は、ルビーがわざわざそんなことを言った理由に思い当たった。
……間違いない。
ルビー、ジルが女装だって予測を立てている……!
手が男性的という、たったそれだけの、針の穴に糸を通すようなヒントで!
マジか。ほんっとこの子、めちゃくちゃ凄いな!?
「……何驚いてるのさ。フィーネも、分かってたんでしょ」
「そ、それでも普通、分からないと思うなあ……?」
「む……。あのね、フィーネが警戒してなかったことが、一番のヒント。だから、フィーネがそれ言うの、ただの嫌味」
あ、あのですね、私は最初から正解を知っているから……って、そんなこと言えるわけないよなあ……。
いや、しかしほんとマジでルビーは凄い。
「事情、あるだろうし、秘密にしとく」
「た、助かります……」
ルビーは満足そうに微笑むと、集団の中に戻っていった。
そういえばそもそも、別人疑惑を最初にぶつけてきたのもルビーだった。
直感も分析力も半端ではない。
悪役令嬢の取り巻き二号という、ゲーム中ではモブ中のモブキャラ。
その実態、間違いなく貴族学園の学年一ってぐらいの天才肌だ。
この子に隠し事はできないなあ……。
◇
それからは、いつものようにマナチャージの練習をした。
さすがにずっとやっているとみんな慣れて、殆どおさらいだけ、みたいなものだ。
だけどこういう基礎練こそ、最終的な魔力の使い方における上手い下手の差異が大きく出る。
それに、皆で練習しているとやっぱり一人で練習するよりも集中できるっていうか、焦りもあって真面目に取り組めるって感じがする。
今回は、初挑戦のジル君を私が集中的に見ることになった。
「……す、すごい……みんなマナチャージ、とっても上手いのね」
息も絶え絶えに女の子座りしながら、まだ元気そうなメルヴィンを見る。
メルヴィンは特に努力家だ。シルフカナル家自体が少し没落貴族扱いを受けている現状で、メルヴィンの一学年での成績は目を見張るものがあった。
一族の期待を受けて、メルヴィンはずっと練習に取り組んでいる。
「習い始めて一年だからね」
「じゃあ私も、頑張らなくちゃ。これだけクラスメイトとの差を見せられたら、頑張らないわけにはいかないもの」
シンディ、ティナ姉、王子のクレメンズ、団長の息子ゼイヴィア、シルフカナル家のメルヴィン、スザンヌ、ルビー、マーガレット先生、そして新たに入ったジルの十人。
まるで第二の教室って感じで、すっかり賑やかになった。
この中でも突出して優れているのが、ゼイヴィア。
更に二人、とても上手くなった人がいる。
「《マナチャージ》……っ、大丈夫、大丈夫……よし」
それが、シンディである。
これが主人公補正なのか、元来のシンディの性格によるものなのかは分からないけど、今では倒れずに二回目を使うことができる。
ものすごい努力家だ。
もう一人は、意外な人物。
「《マナチャージ》……よっ、ほっ、とぅっ!」
二回目のマナチャージを使った後、その場でぐるりと一回転して……ってちょっと!
「ティナ姉、下着見えてる!」
「ん、別にいいっしょ?」
「良くないよ!?」
そう。本来勉強や努力に不真面目なティナ姉である。
見ての通り、本来禁忌の二重マナチャージは使った直後に倒れてしまうことが普通。にも拘らず、その場でバク転を決めてしまえる、男子以上の運動神経をしているのが、ティナ姉。
しかしまさか、マナチャージをここまで上手く扱えるようになるとは。
シンディが絡まれそうになっても、ティナ姉がいたら大丈夫という認識は間違ってなかった。
本当に、ティナ姉の元気の良さと遠慮のなさは、すっかり学園の中で有名だ。
初等部三年、今年十二歳。身長はそろそろ160cmに届きそうな勢いである。もうシンディにちょっかいを出す生徒はいないだろう。
「なんだか凄いグループに入っちゃった。父上にも報告しなくちゃね」
疲れた顔をしながらも、周りの皆を見て嬉しそうにジルは呟いた。