答案用紙を見てから問題を解くだけの最難関問題
新たなメンバーが増えた日の昼休み。
去年と変わりなく教室にやってくるクレメンズとゼイヴィアとティナ姉の三人組は、すっかり校内では有名だ。
なんといっても王子だからね。身分も隠していないし。
「よう、久しぶりだな」
「クレメンズ様、お久しぶりです。といっても、一度ご一緒しましたけどね」
「そういやそうだったわ、ハハハ」
すっかり二人の仲も進展したようで、以前よりかなり柔らかい雰囲気……というより、甘い雰囲気が漂っています。
素晴らしいですね。グッドグッド。
何故こうなっているか、その理由は新学期前に遡る。
エドお父様のお店の手伝いをしていた事があるシンディは、新しい店舗でも休みの時間は手伝いに出向いたのだ。
シンディ自身が望んだことだし、実際に以前の店舗から同じ仕事をやっていただけあって手際が良く、すぐに一目置かれるようになった。
特に、店頭で立ち接客をこなす絶世の美少女というものは、それだけで絵になる。平民も貴族も平等なこのお店は、新学期前の親子連れで賑わっていた。
ちなみにスタッフ増やして増改築したみたい。お母様も、余裕でペイできるぐらいの収入で逆に助かってるぐらいだと。どんだけすごいの、エドお父様。
しかし当然、平民で美少女で店員という条件の女の子、変なのが湧いてくることもある。
いかにも好色そうな貴族の男に絡まれたけど、店員であるという手前と、他の大人達もみんな平民であることから、強く出ることが出来なかった。
そこに颯爽と現れたのが、彼である。
『あァ! なんだお前、この俺に向かって随分な口の利き方だなァ!?』
『生まれてこの方、敬具敬語など使ったことがなくてな。——ところでお前、キングスフィア家って知ってるか? その家の連中の顔、覚えているか?』
メイドさんと一緒にお忍びで来ているクレメンズが、顔を隠していた襟元を少し開けると……そりゃもう相手は生きた心地しなかっただろうね。
慌てて逃げていきましたとさ。ちなみに実家の主に後で連絡が行き、それはもう大目玉だったそうな。痛快愉快な話である。
そんなわけで、ピンチを王子様に助けられた我らがお姫様のシンディは、クレメンズにいたく感謝しましたとさ。
シンディはお父さん指示で、クレメンズが来た時点で店番終了、後は三人で仲良く食べていた。
ちなみにメイドさんは、シンディがお願いして一緒に食べる形になったそうな。
だから、今やってる話題はその時のものだ。
「あれから問題はないと聞いているが、どうだ?」
「はい。警護の方に来ていただいて、本当に何と感謝すればいいか……。本当によろしいのですか?」
「構わん。もともと城の中など平和だし、警護の人間も多すぎて暇しているぐらいだ。一応王家から給金は出ているし、あいつ自身も城にいるよりいいと言っていた」
「それはよかったです。出来る限り不自由ないよう気をつけていますが、真面目な方なので少し緊張してしまいますね」
そんな警護さんにもシンディは優しくしているとのこと。さすが我らが天使のシンディある。
シンディとの会話を楽しんでいたクレメンズだったが、ゼイヴィアが私の方を向いたときに「げ」と小さく呟き、そのことにクレメンズも反応した。
ゼイヴィアの視線の先を追ったクレメンズも同じ反応をし、こちらへとやってくる。
え? 何? 私何かやっちゃいました?
……この台詞使うにしてはあまりに後ろ向きな場面じゃないですかね?
「ジル、お前ここにいたのか」
クレメンズが話しかけたのは、ジルだった。
そっか、クレメンズは家の関係もあってジルと以前から親しくしていてもおかしくない。
つまり。
「……お前、シンディ狙いで近づいたのか?」
クレメンズも、ジルが男であることを知っているということになる。
っていうか、今の段階で独占欲持ち出してくるとは、かなりクレメンズの気持ちは動いているようだね。うんうん、いいことだ。
ジルはクレメンズの言葉に、笑いながら手を振った。
「どっちかというとフィーネだよ」
「えっ」
ゼイヴィアがこっちに身を乗り出してきた。って近い近い!
そんなゼイヴィアの様子を見て、にんまり笑いながらジルは何度も頷く。
「んー、なるほどね?」
「い、今の本当か?」
「本当だよ。先生から、分からないことがあったらフィーネに聞いてって」
「……えっ」
ニコニコと悪気なさそうに笑うジル。だけど分かる、今完全にゼイヴィアは肩透かしを食らっただろう。
多分あれ反応分かっててやってるんじゃなかろうか。
魔性の男の娘ジルちゃん、恐ろしい子……!
それはそれとして、だ。
話から察するに、ゼイヴィアもジルの性別を把握しているっぽいね。
まあゼイヴィアなら把握していて当然か。
と、ここでゼイヴィアが私をちょいちょいと呼んだ。
ジルをシンディに預けて、私はゼイヴィアと一緒に廊下へと出る。
周りを確認してから、少し背が伸びたゼイヴィアは顔を寄せて、小さな声で話し始める。
「実は、ロンジャイルズは……その……えっと……」
言いづらそうに言葉を選んでいるのを見て、私は彼の言いたいことを把握した。
こちらからも小声で聞いてみよう。
「もしかして、性別のこと?」
ゼイヴィアは、その幼い瞳を丸くして、私の一言に驚く。
やっぱり、用事はそのことだね。
「ど、どうして……」
……あ、そりゃそうか。
私が近くで見た限り、ジルの女装は完璧だ。完璧って言うか、女の子よりもよっぽど可愛い女の子である。
そんなジルを転入初日に見抜いたのだから、そりゃあ普通は驚くよなあ……。
「自信はなかったのだけど、なんとなく……かな。でも、ジルはシンディよりも、シンディのお父様がお気に入りだったようで、それで仲良くしようとしてるの」
「あー、ジルの甘い物好きは有名だからなあ。そうか、エドのケーキか。そりゃ納得だ。あそこ本当においしかったからね」
「うん。一番のお気に入りと聞いて、出資元がアンヌお母様だから、それで仲良くしているって形。多分、自分の性別をばらすようなことはしないと思うし、シンディに対してもそうだと思う」
「なるほどね。ソラっちにも伝えとくよ。しかし……」
ゼイヴィアは、再び私にぐいっと近づいて、じーっと私の顔を見る。
あわわ……こっちの気も知らないで……!
「ジルまで見抜くなんて、本当にフィーネは凄いよ」
それは最初から答えを知っていたからです!
答案用紙を見た後に問題用紙を見ているようなもんですから!
誰でも答えられますから!
あっちゃあ……ゼイヴィアの中で私がどんどん虚構の過大評価になっていく……!
「国内じゃフィーネより凄い人なんていないんじゃないかなってぐらい」
「もう、まだ初等部二年だよ。そんなに凄くないって」
「むしろ初等部二年でこれなのが凄いんだけど……」
私とゼイヴィアは軽口を交わしつつ、教室に戻ってきた。
「二人は仲がいいのですね」
「あ、えーっと、お母様が学生時代ずっと親友だったから」
「まあ」
それだけじゃないのを誤魔化しつつ、席に戻る。
クレメンズはまだジルを気に掛けていたようだけど、ゼイヴィアが「一通り聞いてきた」と言って引き取っていった。
クレメンズは俺様系押せ押せ王子様だけどゼイヴィアのことは信用しているため、彼が情報を聞き出したと聞けば納得したのだろう。
二人を見送りつつ、ふとジルを見る。
こっちを見て首を傾げるピンク美女を見ながら、私は今日の予定を思い出す。
そういや放課後のいつもの練習、どうしよっか。