変化の日は突然に
私がルビーを救出したことを話して、一番悔しそうにしていたのがゼイヴィアだった。
「こういうときこそ、助けに入ることが出来たら良かったんだけど……」
ゼイヴィア、というよりレイチェルさんのところに、この誘拐事件に関する報告は真っ先に行った。
王国における最大戦力夫婦の、魔物を担当するのが旦那様なら、学園周りのことを主に担当しているのがレイチェルさん。
実力は勿論のこと、細やかな気配りもできて国からの信頼も厚い。
そのレイチェルさんの息子であるゼイヴィアに、話が行かないはずがなかった。
まあ、助けに入るという意味で言ったら、レイチェルさんの考えもあるんだろうけど。
でも、それは結果的に私の願いでもあるので、助けになっている。
「お気になさらないでください、ゼイヴィア様。魔物は樹の魔物で、結果的にシンディが倒したようなものです。それより、気に掛けてくださっただけで嬉しく思います」
腰を曲げてしっかりとお礼を言うと、ゼイヴィアは困ったように笑いつつも、私の言葉に納得して引き下がった。
そこで横から茶々を入れてくるのが、この姉である。
「フィーネも、そんな固くならなくてもいいのに。ゼイヴィアだよ? 普通でいいって」
「あ、あのねティナ姉、ゼイヴィア様のペルシュフェリア家って王国でも随一の家系で、しかも私からだと先輩なんだよ? ティナ姉だって、王子には丁寧に話しかけてるでしょ?」
私が懇切丁寧に説明しようとしていたところ、ティナ姉はとんでもない爆弾を投げ込んできた。
「いんや、全然? クレメンズはタメだし、喧嘩で勝ったときは乗ったりしてるよ」
え、ええええええちょっとおおお!?
相手、王子ですよ!? 分かってるんですか!? ていうかあなたも令嬢なんですよ!? 乗るって……踏んでないでしょうね!? ああでもどっちにしろお尻でもお下品すぎる! ある意味王子狙いよりたちが悪い!
ああもう、本当にどこまでもティナ姉だけど、果てしなくティナ姉はティナ姉なんだろうなあ!
私が頭を抱えているのを見て、むしろゼイヴィアが笑い出した。
「ははは、そりゃソラっちに平気な顔でどつけるのなんて、学園広しといえどもティナぐらいだろうね。でも、ソラっちも嫌がっている様子はないし、むしろあまり貴族みたいな令嬢を苦手に思っている部分もあるから」
えっ、そうなの?
そうなのっていうか、そういえば玉の輿狙いの貴族令嬢とか苦手なんだっけ。
……あれ? もしそうだとすると、もしかしてクレメンズ王子の伴侶に、お姉様がなる可能性だって高かったりする?
「あ、ちなみに恋愛感情とかはないと思うよ。ティナのこと、僕に次ぐ男友達だと思ってるだろうし」
ですよねー!
っていうか男友達って。いやそりゃあ今のティナ姉を見てるとそれがぴったりかなって感じはするけどさあ。
ていうかティナ姉もそれ聞いてドヤ顔で胸張ってちゃ駄目だよ。
褒められてないよ、自信満々な顔してるけど。
うーん……ティナ姉、将来本当に独身かもなあ。
勿体ないなあ、素材はとっても美人さんなのに。
ティナ姉……レヴァンティナは、ゲーム中でもシンディが来てから——つまりプレイヤーが操作している間ずっと——不機嫌な顔しかしていない。
特にフィーネが死んでからは『鬼の形相』という言葉が一番しっくりくるんじゃないかというほど、ずっと怖い顔つきをしていた。
でも今は、少なくともここ一年全くそんな様子がない。
とても明るく可愛い女の子だ。その笑顔を見ると、この美少女を好きにならない男には見る目がないんじゃないかと思う。
……かなり多分に妹目線からの色眼鏡が入っているとはおもうけど……でも、本心だ。
それぐらい、ティナ姉の素材は素晴らしい。
ま、素材のことを言ったらフィーネもだけどね。
「と、ところで……」
ゼイヴィアが、私を見ながら何やらそわそわしている。
……な、なんでしょうか。正直初等部といってもあなたの照れ顔結構な破壊力あるので迂闊に見せないでいただきたいのですが。
私これでも家でシコシコ高難度乙女ゲーを全ルート遊んでいたようなステレオタイプの藻女を何年もやってきた人間ですので。
「……ティナに言われたからっていうわけじゃないのだけど、その……フィーネが良ければ、もっと気楽に僕のことを呼んでくれたら嬉しいかなって」
え?
「そ、それはもしかして……その、ティナ姉と同じ感じで、ということですか……?」
ゼイヴィアは、頬を掻きつつ小さく頷く。
——あああアアアーーーッ!
今の反応、反則!
ちっちゃい反抗期前の男の子が、必死に素直な反応出してるときだよ!
待って待って、落ち着いて。
言われた内容を整理して。
ゼイヴィアと、距離を詰めるチャンスだ。
この段階で貴族の知人としてではなく、幼馴染みとしての距離になれたのなら……!
「……」
私は、なんとかして頷く。
今日ほど自分の頭が固いと思った日はないというほどの首の関節を動かして、肯定を伝える。
ゼイヴィアは、私の反応に目を見開くと。
「じゃあ……な、名前……」
ずっと頭の中では呼んでいた。思いっきり年下のちびっ子だからね。
でも、声に出すとなると話は別だ。
私は意を決して声を出す。
「……ゼイヴィア」
「……」
「ゼイヴィア。ゼイヴィア、これで、いいのね?」
声に出してみたら、やはり馴染んだ。
元々頭の中でこうやって呼んでいたことが長いからというのもあるだろう。
ゼイヴィアは口角をゆっくり上げて、小さく何度も頷いた。
「うん、うん……! フィーネ、すごく、いい」
「ほんと? よかった……私も、これ、とってもいいかも……」
ゼイヴィアに釣られて、私も自然と笑顔になる。
お互いに、目が合って、下を向いて、また目が合って。
ゼイヴィアの手元は落ち着かなくてそわそわしていて、高そうな制服で手汗を拭いていて。
でも、それを見て私も、じんわりと緊張に湿った手の平に気付いて。
ああ……これ、すっごい多幸感……。
「ゼイヴィア……ゼイヴィア……ふふっ……」
「フィーネ……うん、フィーネ……」
そんな私達のやりとりは。
「二人ともへんなの」
ティナ姉があきれ顔でツッコミを入れるまで続いたのであった。