誘拐事件のその後
それから。
私の元へ真っ先にやってきたのは、お母様だった。
どうやら燃え上がるトレントを見て、すぐに飛んできてくれたみたい。
確かになー、あれすっごい目立っただろうなー。
お母様は、やはり私が竜巻の魔法を使ったことに気付いていた。
しかしお母様でも、あの火の魔法をフィーネが使ったことは予想外だったようだ。
『学園では、その……秘密にしていただけると……』
シンディが言ったのは、その魔法の秘匿。
意味を理解すると、お母様はすぐに頷いて理解を示してくれた。
なんとなく気付いたのだろう。
シンディの魔法が目立つと、それだけでいろいろ不都合が起こるということに。
それは、所謂『目立ちたくないんだけどな〜、ひっそりSSSランク』みたいな、そんな実力隠しではない。
シンディは、恐らく今までも相当な回数の妬み嫉みに見舞われているはずだ。
他人の感情の機微には敏感に反応できるこの子が、自分の能力によって引き起こされる問題に気付けないとは思わない。
そう。
嫉妬の感情は、プライドの高い男子にも及ぶ。
あの王子様が、自分がどれだけ努力しても手が届かないほど強い女子を果たして可愛いと思うかどうか。
王子といってもまだまだ子供なのだ。自分の感情を理性でどうこうすることはできない。
もしも、クレメンズがシンディのことを物凄いマッチョパワーファイターみたいに感じてしまったらどう思うだろうか。
そりゃあ……まあ、可愛くはないよなあって。
だから、シンディは隠したのだ。
自分の実力で、下手に人間関係を狂わせたりしないために。
……と思っていたんだけど。
『万が一ということもあります。私は……お姉様の、邪魔だけは、したくないですから……』
この一言で、シンディの考えが分かった。
シンディは、前述したとおり人の機微には非常に敏感な少女だ。
そして彼女は、恐らく……私とゼイヴィアのこともよく認識している。
同時に、ゼイヴィアが優秀な女性に魅力を見出すタイプであることも。
そう。
シンディが実力を秘匿しようと思った最大の理由は、私だったのだ。
……ああ、もう。
どうしてこの子は、こんなに可愛いかなあ……。
転生前のフィーネも、仲良くしていたら王子様とはいかなくとも、当たり前のように幾人かの令息はシンディ自ら引いて譲ってくれただろうなと思う。
それぐらい、シンディってやっぱり出来た子だ。
フィーネ、あんた相当損したと思うよ。高望みしなければ、きっとシンディを迎え入れないよりも、迎え入れて仲良くしていた方が遙かに豊かな逆ハーレム形成できたと思うよ。
今となっては全て後の祭りだけど。
そんなわけで、シンディは主に私のために、実力を隠すこととなった。
まあシンディだけじゃなくて私もそのつもりだったけど……恐らく主要な人達には全部ばれてると思う。
後は……まあ、その……。
ゼイヴィア相手なら、どんなに強くてもむしろ好意的に受け入れてもらえそうだから、調子乗っちゃってもいっかなー、なんていう打算的な考えもあったりなかったり……?
◇
「結局、あの誘拐ってなんだったのかしらね」
退屈そうにペンを回すティナ姉をたしなめながら、その疑問の答えを考える。
ちなみにティナ姉、自分が活躍するんだと意気込んでいたら既に終わっていたので、非常に不完全燃焼って感じの顔をしていた。
うーん、どこまでいってもティナ姉だなあ。女の子でも性差に囚われないと言えば聞こえがいいけど、ドレスを着て嫁ぐ未来が見えない。
いや……いっそ、ティナ姉には……。
「フィーネもわかんない?」
と、他事を考えていたとは露知らずティナ姉が聞いてきたので、私はそのまま「わかんない」と言って誤魔化した。
まあ実際わかんないからね。
……狙われたのは、ルビーだった。
その理由はいくら予測したところで、答えに辿り着けるものではない。
ただ、一つ。
私の中に『巻き込んでしまった』という深い後悔が残った。
これからこうして誰かを狙われたとして、私が皆を守ることが出来るだろうか。
——いや、何を弱気になっているんだ。
相手が徹底的にやってくるつもりなら、私だって何度でも相手をしてやる。
それに、いつまでも仕掛ける側でいられると思わないことだ。
さすがに貴族令嬢の誘拐ともなれば、今までの比ではない。
特に登下校中に襲われるという事態は、ルビー一人の問題ではないのだ。
学園には王族もいる。教員達だって、手をこまねいてみているだけなんてことは有り得ない。
未だ、相手が何者なのかは全く分からない。
分からないけど。
「……そっちがその気なら、こっちからでも追い詰めて倒してみせる」
「フィーネ、何か言った?」
「ううん、何でもない」
私はティナ姉に一言返すと、自分の宿題へと目を向けた。
ちなみに「宿題手伝って」という姉らしからぬ言葉は無視した。