シンディの記憶と、募る想い
とりあえず出来る限りの威力の魔法と、可能な限りの対処をやった。
手は尽くした……気がする。
それでも、決定打に欠ける。
まさかトレント程度に、ここまで苦労するなんて。
ゲーム中は対して記憶にも残っていないようなボスだったと思うんだけど、どーしてこんなに苦労するかな。
いや、ちょっと考えれば分かる話だった。
どーしてって、トレントがザコなのは当たり前だ。プレイヤーはシンディを操作しているのだから。
つまりどういうことかというと、どの攻略ルートでも火属性で戦えるのだ。
火は樹にとって天敵、弱点属性である。
それを使える以上、シンディが倒しやすい敵は何度遊んでも苦労なんてするはずがない。
……なるほど、初等部でチート転生したところで属性そのものの問題ってのがあるわけか。
その上で、トレントももちろんデビルボアと同様に『数字』の生き物ではない。
HPが減っていくとか、瀕死でもぴんぴんしてて0になった瞬間に即死とか、そういう世界の生き物ではない。
魔法世界における自然の法則に従って、存在している。
弱点属性だから2倍の反面、苦手属性でも半分ほどのダメージは通る……なんていうことはない。
効くときは一発で効くし、効かないときはどんなに長時間やっても大して効かない。
つまり、目の前のトレントに対する対応が、想定より遙かに弱い影響なのかもしれないということ。
削りきる部分が全く見えてこない。
さて、どうする————?
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私の名は、シンシア。
……いいえ、今は、シンシア・トラヴァーズと胸を張って言いたい。
シンシア・トラヴァーズ。それが私の名前。
トラヴァーズ家と血の繋がりのない、元平民。
両親が、お店を持って。
お母さんが、死んでしまって。
お父さんが、塞ぎ込んでしまって。
そのお父さんを立ち直らせてくれたトライアンヌ様は、今でも私の憧れ。
最初に見た時は、怖そうな人と思ったけど……でも、すぐにお母さんに似ている人だと思った。
お父さんもそう思ったみたい。
それから、お父さんの立ち直りは早かった。
きっと、あの人に恥ずかしくないパティシエであろうとしていたのだと思う。
すぐにお父さんは、前以上の元気なお父さんに戻ってくれた。
だから、再婚の話が出た時も、あまり驚きもしなければ反対もしなかった。
でも。
再婚相手の娘の話が出た時には、とても怖かった。
そう……怖かった。
怖かったのです。
貴族というものに直接会ったことはないけれど、大きく分けて『良い人』と『悪い人』がいると聞いていた。その二つの乖離は、平民の比ではないと。
そして……幼いほど貴族は我が儘なものだと。
お母様が以前語ってくれた、学生時代のお母様の話を思い出す。
顔が綺麗だと、嫌味を言われる……これは、私自身も体験していたこと。
しかもお母様は、貴族が相手の時は陰湿な嫌がらせを受けたりもしていたと。
それは、同い年の子だったらしい。許嫁の少年の目が向くので、非常に嫌な思いをするようなことを何度もやられた。
そんなの、相手の貴族の男が悪いに決まっている。何もしていないお母様にとって、理不尽にもほどがある。
——それでも、耐えなければならない。
どんな時でも、耐える。
耐えて、耐えて、最後まで耐えて生き抜く。
生きていれば、きっといいことがあるから。
たとえば……私のエドのようにね。と笑ったお母さんは、今までで一番いい笑顔をしていた。
トライアンヌ様の娘は二人。
片方が一つ上、片方は同い年。
同い年の女。
貴族の娘。
一目見た瞬間、育ちの違いを感じた。佇まいが既に貴族のそれなのだ。
衣服も高価で、顔立ちも——私が言うと、きっと嫌味になるのだろうけれど——二人ともかなりの美人。
その娘の目が、私を見ている。
覚悟をしていた。
トライアンヌ様には、父を救っていただいた大恩がある。
だから、覚悟できていたのだ。
どんなにいびられても、嫌味を叩き付けられても……優しさを失わない、母にとっての誇り高い娘であろうと。
結果的に、その覚悟は何の意味も成さなかった。
『わぁ~っ! なにこの子、かわいい~っ!』
開口一番、ティルフィーネ・トラヴァーズは私のことを手放しで褒めたのだ。
これには周りの人みんな驚いていた。
二言目に放たれたのは、呼び捨てのあだ名呼び宣言。
母から聞いていた貴族の、全ての例からあまりにもかけ離れていた。
それでも、数度会話して分かったことがある。
私にとって『貴族の娘』という括りで付き合うことになる相手の中では、この上なく最上の性格の少女であるということ。
これ以上を望むことは不可能というほど、『最高のお姉様』であること。
その予想は、外れなかった。
それどころか、レヴァンティナ・トラヴァーズ……ティナ姉様との関係修復のために頑張ってくれたのだ。
ただ、話はここで終わらない。
お父さんが、山賊に襲われた。
それを予知して、防いでくれたのがフィー姉様。
自分の一生をかけてお礼を返すつもりが、返す前に更に追加で一生分上乗せされてしまった。
だけど、やはり凄いのはそこではないのだ。
フィー姉様は英雄みたいな活躍をしてなお、何一つ鼻に掛けていない。
それどころか、なんだかお父さんと仲良くなって帰ってきた。
ついでに王子様に私のことを紹介していたらしい。あ、あの……ついでがついでじゃなさすぎるんですけど……?
むしろフィー姉様、自分自身は全く推さないんですね?
そんなわけで、気がついたらティナ姉様も、アンヌお母様も、お父さんも、すっかりフィー姉様を一番に頼っている気がする。
みんなフィー姉様が好きなのだ。
だから、私がフィー姉様のことを一番好きになるのも、当然のこと。
そう。
これは本当に、私が求めたわけでも頑張ったわけでもない、ただ世界一最高の出会いがあったから、世界一幸せな妹になれたという女の子の話。
求めなくても、よかった。
自分の理想が、全て向こうからやってきた。
世界一の幸せが、何もしなくてもここにはあった。
——だから、想像できなかったのだ。
たかだか初等部一年のフィー姉様を神格化しすぎたことに。
フィー姉様だって勝てない魔物ぐらいいて当然だ。
むしろ大人が苦戦する魔物を倒せる方がおかしいし、今目の前で抑え込んでいること自体が有り得ないほどの奇跡なのだ。
恐らく同年代で、これほどの魔法使いは歴史上存在しないだろう。
焦る。
私は、何も出来ない。
何も求めてこなかった。
何も自分で勝ち取らなかった。
それでよかった。
それでよかったのです。
——それでいいわけ、ないじゃない!
考えろ、考えろ。
フィー姉様でも勝てない相手。
アンヌお母様なら……いや、それはルビーさんが行ってらっしゃる。
私が行ったところで、何のプラスにもならない。
助けるんだ。
私はシンシア。シンシア・トラヴァーズ。
貴族になった。力を得た。フィー姉様にいただいた。
今の私には、出来ることがあるはずだ。
『そこはムカつく男を灰にするぞ! ぐらいの感覚で』
……今、一瞬頭の中にヒントが現れる。
私の中で、今一番参考になる相手。
同じ属性の、ティナ姉様。私の先を行く存在である。
以前教えてもらったときは、ちょっと私とはいろいろと性格が違いすぎて参考にならないと思っていた。
あの時はムカつく男と言われても、全くぴんとこなかったけど……。
……でも。
でも、世界一大好きなお姉様を害そうとする目の前の魔物に対しては、身体から力が湧き立つのを感じる。
きっと、ティナ姉様が言いたかったことは、これだ。
もう、助けられるだけの生活は、終わりにしよう。
「《マナチャージ》」
小さく、呟く。
「《マナチャージ》……! っ……はぁ……!」
二度目のマナチャージを使った瞬間、途轍もない身体の中から何かがごっそり抜け落ちた感覚と、立ちくらみに襲われる。
お、お姉様は、こんなものをいつも一瞬でやっているというの……!?
心臓が根こそぎ引っこ抜かれて地面に沈んだかと思った。フィー姉様の呼吸法を学んでいなければ危なかった。
——二重マナチャージ。
あまりにも、ずっと隣にいた人物が三重にも四重にも当たり前のようにやるのだから、普通は二重でも使ってはいけないものであるという認識が足りなかった。
本気で、あのまま魂が抜けるかと思った。
自分もできると思っていた。
おこがましい。フィー姉様に並ぶつもりなど傲慢にも程がある。
やっぱり、フィー姉様は凄い。その背中が全く見えないし、手が届く想像すらできない。
……そんなフィー姉様でも、目の前の魔物との相性問題には勝てないのだ。
マナチャージの重ねがけは、本来禁忌。
でも、お姉様からやり方を教わっている。
だから、私は大人ができないマナチャージ重ねがけも、子供の平民でありながらできる。
全て、フィー姉様のお陰だ。
呼吸を整える。
自分の身体の中に、魔力が安定したのを感じる。
お姉様と一緒に練習した、マナチャージだ。
今なら……いける!
フィー姉様。
大好きなフィー姉様。
いつも助けてもらってばかりのフィー姉様。
今度は……今度は、私が助ける番です!
私は、自分の手で、自分の望む未来をつかみ取るんだ!
「——《マナファイア》!」
この作品とは別なのですが、同じ女性主人公での転生もので活動報告があります!
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