誘拐犯とのご対面、ルビーの救出
ちょっといろいろありまして、間が空いてしまい申し訳ないです。
こちらももう少しキリのいいところまで更新していきますので、よろしくお願いします!
全身を黒いローブの男が、木にもたれかかるようにして倒れている。
仕事を無事に遂行すれば、顔が割れる心配なんてないからね。顔も見られたくないのか、仮面を着けていた。
雨は止んでおり、ローブ……雨合羽? が水滴をはじく。
私が後ろから襲ってきたこいつにすぐに気づけた理由は一つ。
それこそが先日も使った『マップ』というチート魔法である。
本来ならRPGアドベンチャーに、索敵魔法なんてものは要らない。
この魔法は、攻略ポイントで面倒な探索を簡略化するための本来存在しない魔法なのだ。
真っ当な方法で実装されていないのなら、当然この世界で普及しているはずはないと思ったが、どうやら予想は当たったようで私が索敵魔法を使っていることなど考慮できなかったようだ。
それに、私はまだ初等部入学したての女子生徒。
いくら貴族だからとはいえ、とても真っ当に魔法を使えるなんて思わないだろう。
「顔ぐらいは確認させてもらうわね。《ウィンドカッター》」
私は魔法を使って男の仮面横の紐を狙い、顔を晒させた。
現れたのは、当然知らない顔。
誰かは分からないけど……それでもひとつ、明確に分かることがある。
「……エルフ?」
男は、私の言葉に眉間に皺を寄せながら視線を逸らした。
素顔が晒された男は、結構な美男子だった。
ぱっと見てスーパーイケメンと分かる顔に、長い耳。
こんなの見間違えようがない。
でも、私が驚いたのはそこではない。
「どうして、帝国じゃなくて王国にエルフが……?」
そう、この種族は本来この辺りにはいないはずなのだ。
王国ではなく、ここから更に西の国である帝国の方へ行かなければエルフには出会えない。
だから、エルフの美男美女は後半イベントで初めて目にするキャラクターだ。
「んーっ……」
っと、いけない。ルビーを放置していたんだった。
私は急いでルビーの所に行くと、魔法でルビーの縄などを切っていった。
さっきアドリブでエルフのローブや仮面を外した時にやったけど、頭の中で意識すれば、ある程度は威力を下方修正したり範囲を絞ったりすることもできるらしい。
必要に迫られた場合に、その才能が開花するというのもいいね。
「ルビー、助けに来たよ」
「……た、たすかった……朝からずっとだし、全然身動き取れないし、完全に終わったかと思った……」
普段の飄々とした雰囲気はそこにはなく、自分の身体を抱くようにして震える女の子の姿。
……そうだ、いくら大胆で聡明とはいえ、元の世界でも小学校四年生程度の年齢しかない女の子。
親に守られ、いつも友達と一緒にいるような年齢の、普通の女の子なのだ。
特に危険とはまだまだほど遠い、実戦前の貴族令嬢という身。
それが、突然の通学途中での誘拐から、日が昇って沈むまでの間を……この大雨の中、ずっと縛られ続けていたのだ。
空腹だろうし、他にもいろいろと我慢しているだろう。
誘拐犯は当然だが……それ以上に、早く助けに来られなかった自分の呑気さに腹が立つ。
「ごめん、もっと早く助けに来ることができれば……」
自然と漏れた後悔の言葉に、ルビーは驚き勢いよく首を振った。
「ま、待って待って、いやほんと待って。フィーネが謝るのおかしいって。むしろ頑張りすぎだって……。今更だけど、フィーネってほんと凄すぎない? 不意打ちとかあっさり防いだし、魔法も威力えげつないし。ほんと同学年? マナチャージ、何回やったのさ」
「三回ぐらいなら余裕だよ。これ、スザンナとあと先生しか知らないから秘密ね」
「……秘密……うん、秘密。いいね、秘密」
ルビーが、にんまりと笑う。
うん、やっぱりルビーにも笑顔が似合う。緩さの中に狡猾さが同居するって感じの、同性から見て魅力的な強い女の子。
「ありがと、フィーネが友達だと思ってくれるの、学園で一番の当たりだね」
「それ本人目の前にして言っちゃう?」
「言ってむしろ喜びそうなことは言うに決まってるでしょ」
その、いかにもいつものルビーらしい返し方に一瞬面食らったが、すぐに私は吹き出した。
やっぱ凄いよ、この子。
「で、あのエルフだけど大丈夫なの?」
ルビーは、外で倒れているエルフの男を見る。
「かなり強めに叩き付けたし、それに————逃げられるとは思ってないよね? まあ逃げたところで、あなたが親玉に許してもらえるかは私には分からないけど」
私も途中でエルフの方を向きながら、当人に聞こえるように考えをぶつけてみる。
こういうことを命令するんだ、部下かただの依頼先かはわからないけど無事に済ませるとは思えない。
エルフの男は押し黙ってこちらを睨む。
元フィーネちゃんならどう思うかはわからないけど、多少顔がいいからといってやったことに対して甘くなれるほど私は甘くない。
それに……美男子なら見慣れてるからね!
「……くっ!」
「《マナウィンド》!」
「——グアァァッ!」
何か魔法を使おうとしたのか手が動いたので、もう一度木に叩き付ける。
後ろにはルビーもいるんだ、容赦はしない。
「依頼主、のことを簡単に喋るとは思えないけど……でも、キングスフィア王国の貴族に手を出したんだから、ただでは済むはずないことぐらい分かるよね」
私はゆっくりとエルフの男に近づく。
……マップから、もう一人の人物がやってきている。
方角は街の中からなので、恐らくお母様か……とにかく味方だろう。
一応警戒はしておくけど、それよりも目の前のこいつだ。
私がその男にゆっくりと近づくと……遠くからこちらに走ってくる足音が自分の耳にも聞こえてきた。
そちらを見ると……!
「シンディ!?」
あまりにも予想外な相手が視界に映り、一瞬頭の中が真っ白になる。
シンディ? どうしてシンディが最初にやってきたの!?
お母様を呼びに行ったんじゃ……!
「……!」
男が何やらポケットに手を突っ込み、ぱきりと何かを鳴らす。
「こうなっては仕方ない……ハハハ……全てなくなってしまえ……!」
やけくそ気味に笑う男に詰め寄る前に、異変は起こった。
足音だ。まるで巨人のような……それこそ、先日聞いたばかりのものに近いぐらいの足音が聞こえてくる。
……振動が、身体に響く。大太鼓の音を聞いたときのように、低い音が身体を揺らす。
マップが示すは、先日見たのと同じ色。
森の中に、何かがいる。
「ルビー、シンディ!」
二人の名前を呼ぶと、一気に北側へと走り出した。
私の尋常ではない様子に危機を察してか、二人も何も言わずに付いてきてくれた。
少し走った後、私は意を決して振り返る。
「ハハ、ハハハハ……ハ——」
特にぱきりとも音が鳴ることもなく、それまでの足音と同じような低い音とともにエルフの男の声は途切れた。
埋められたのだ。
目の前の、生き物に。
「あ、ああ……!」
ルビーが再び、顔を青くして尻餅をつく。
シンディが、私の腕を握っている。その震える手を通して、彼女の恐怖が私に伝わる。
明らかに周囲より浮いた生物を見て、私は呟く。
「トレント……」
どうやらまだ、事件は終わりそうにない。