一学期末に迫る不穏な影
入学したばかりだと思った日々は、あっという間に過ぎる。
一学期という括りは日本の学校と変わらないようで、私達はそろそろ一学期末にある後期試験の話題が出てくる頃である。
「あ〜……もうこんな時期になっちゃったかあ……」
「でも、この試験を乗り越えたら長期休暇だよ」
「そうだった! がんばらなくちゃ!」
ダレたと思ったら一瞬で元気に復活したティナ姉の現金な姿にシンディがくすくす笑い、今日も仲良く姉妹揃って登校する。
季節は夏。
ゲームでも見慣れた夏服に着替えて、学園へと通う。
冬服から夏服に着替えると、『今までこんな重い物を着ていたのか』って思ったりするよね。
でも冬服に着替える時期にはあまりに寒くて、その重さを鬱陶しいと思ったりすることはあまりない。
むしろ、その重さが温かさの保証になっているようで安心するぐらい。
「ティナ姉様は、一学期前期試験は好成績でしたよね? 後期試験も大丈夫なのではないですか?」
「そんなことないよぉ〜……一学期はあれだけうまくいったのが奇跡みたいなもんだからさあ」
二人の会話に、私は気付いたこともあって割って入る。
「でも、シンディの勉強を見ている時のティナ姉って、かなりいい感じだよ。何か、こう……大切なことに気付いているというか、すごくシンディの勉強そのものがティナ姉の勉強になっているような」
「あ、それで前期は成績良かったのかあ。そういえば最近も見てるけど、確かに分からなかったこと、ちょっと分かるようになってた」
やっぱりそうだ。ティナ姉は、決して頭が悪いわけではない。
多分、分からないまま次に来てしまったから、何もかもが分からなくなって勉強嫌いになってしまったのだ。
できないことを楽しめる子供なんて、そういるものじゃない。
「私も自分の範囲を復習したいし……。ってことは、シンディと一緒に勉強しているから、私達の成績も上がっている?」
「そうなんだ。フィーネが言うのなら、間違いないっぽいなあ。去年はお母様も怖かったし……シンディさ、アタシが卒業するまで、勉強は一緒にしよう? 一人で勉強するのはなしで」
「さ、さすがに一人で勉強する時間がないと大変ですけど……普段は一階で勉強していますので、いつでも来ていただけると嬉しいです」
「よっし、決まりね!」
ますます仲良し状態になっているティナ姉とシンディの関係に、私はすっかり嬉しくなる。
自分の行動は、自分で制御できる。
自分と他者との関わりは、ある程度なんとかなるのだ。
だけど、他者と他者の関係だけは、その人達本人が変化するしかないので難しい。
現在のティナ姉とシンディは、すっかり過去を乗り越えた仲良し姉妹だ。
特に今回の場合、ティナ姉が望んでシンディと一緒に勉強したいと言っているのが二重に嬉しい。
一つは、ティナ姉からシンディへアプローチしたこと。
もう一つは、ティナ姉自ら勉学に励もうとしていることだ。
「いい成績だったティナ姉を見たお母様、本当に嬉しそうだったからね」
「好きで低い点取ってるわけじゃないし、いい点取れるなら取りたいよ。解けるって分かったから」
あー、今の言葉お母様聞いたら喜ぶだろうなー。
ティナ姉のこと、勉強嫌いで成績が上がる見込み自体が全くないと思っていた節もあるし。っていうか実際私もティナ姉を知ってるからそういうキャラだと思ってたし。
だけど、違うのだ。
こういう性格だから、こういうキャラ設定。
全てが細部までステレオタイプで固まっているわけではないのだ。
だってティナ姉は、個性を持った一人の人間なのだから。
「今度もいい成績だったらケーキ食べさせてくれるかなー?」
でも、ティナ姉らしいっちゃティナ姉らしい部分も、もちろん魅力的だよ。
校門を過ぎた辺りで、見知った顔と出くわした。
「スザンナ、おはよう!」
「あら、おはようございますわ。相変わらず仲良しですのね」
スザンナが、校舎に入らず中庭のベンチに座っていた。
「ルビー待ち?」
「そうですの。珍しく分からない部分があったからといって、夜を更かして朝起きられずにいるんですのよ。寝起きが悪いのを忘れてますわね」
ってことは、スザンナとルビーも朝一緒に登校してるのか。
家が近いのかな? こういうの、フィーネの昔の記憶がないから分からない。
……まあ、元のフィーネの性格を考えると、覚えてすらいない可能性もあるけど。
「フィーネは成績優秀なのですよね。ルビーも見てあげてくれませんこと?」
「スザンナはいいの?」
「クラスでは一番ですわ」
おーっ、さすがぁ。
「……学年ぶっちぎり一番の人に言われても、嫌味にしか感じませんわね?」
「あ、あはは……そうだった。よかったらルビーと一緒に勉強会でもどう? シンディとティナ姉も一緒にいるし」
「ええ、ええ。それは素敵ですわね。元平民のシンディも成績上位にした学年トップの人の勉強会とあらば、多少夜を更かそうともお母様も断る理由はないでしょう」
「決まりだね!」
スザンナに約束をして、私達は校舎内へと入っていった。
まだルビーを待つみたいだけど、そろそろホームルームが始まりそう。
「全く……先に行っておいてと言われたはいいものの、私まで遅刻にされてはかないませんわ」
さすがに諦めたのか、スザンナは最後に一度振り返ると、私達と一緒に校舎の中へと入っていった。
◇
今日の授業も終了し、放課後のマナチャージ練習会。
そこには、スザンナと……いや、スザンナだけが来た。
「休みだったみたいですわね……」
夜更かしそのまま、ルビーは休んでしまったらしい。それってずる休みなのでは?
ルビーらしくない……いや、ルビーらしいのかな?
あの子の喋りって独特だから、ちょっとつかみどころないんだよね。
個性が強いというか……完全にメインキャラ食うでしょってぐらい目立ってる。
ゲーム中どんなだったか詳細に思い出せないぐらい。
ま、近くに住んでいるスザンナが見てくれるのなら大丈夫だろう。
「勉強会はどうする?」
「なしでお願いしますわ、私だけ受けたら抜け駆けみたいで嫌ですもの」
「分かった」
真面目なスザンナらしい返答に納得すると、雨が降りそうな天気ということもあって今日は早めの解散となった。
そう、スザンナは抜け駆けしない。
ルビーとはとても仲が良く、お互いしたたかでありながらも対等に友人関係を結んでいる。
すっかり降り出した雨の音を聞きながら、私は夕食の準備をする。
調理の途中で雷が鳴り、関係ないと思いつつもおへそを押さえて、そんな日本人っぽい習慣に一人で笑う。
突然、雷とは明らかに違う、玄関の扉が激しく叩かれる音を聞く。
一瞬強盗か何かかと驚いたが、私は激しく叩く扉の音よりも、その声を聞いて驚いたのだ。
何事かと慌てて扉を開け、外の人物を家に招き入れようとする。
——目の前には、家に入ろうとしないスザンナが、ずぶ濡れになっていた。
「どうしたの!?」
「……」
「ねえ、スザンナ——」
「ルビーが……」
「え?」
「ルビーが、まだ帰ってきていませんの……」