自分がフィーネであるということ、それを自分で認めるということ
今日は、以前考えていたことの実践日だ。
そのために準備もしてきたし、勉強もしてきた。
お母様にも許可をいただいた。
お父様には協力もしてもらった。
特にお父様の強力な協力(上手いこと言ったつもり)は、今日という日における秘密兵器である。
緊張半分に待っていると、扉の取っ手を持ち上げてノックする音が来客を告げた。
私は急ぎ玄関へと出向き、扉を開く。
そこに現れたのは、すっかり学園でも仲の良くなった二人。
「おはようございます、フィーネ」
「ど、どうも……」
「ようこそ、スザンナ! ルビー!」
そう。
今日は、我が家でお茶会をするのだ。
私は、(厳密には私ではないのだけど)過去に盛大なやらかしをしてスザンナとルビーに失礼な態度を取った。
それは淑女として、絶対にやってはならないこと。
何より、そんなことがあっても私に優しく接してくれる彼女たちに対して、私自身がこのままでは自分を許せないのだ。
だから、私は自ら企画した。
彼女たちとのお茶会を、自分から誘うと。
「おっ、来たわね! おなかすいたわ」
そして我らがお嬢様っぽさのかけらもないティナ姉がやってきた。
「もう、ホストとしてはしたないよティナ姉」
「気になさらないで。ティナ様、お久しぶりです。以前お茶会でご一緒させていただいたスザンナです」
「スコーンおいしかったよね」
ぶれないなあティナ姉!
ああ、でもお陰様で緊張はほんと綺麗さっぱり解けたかな?
そして今回のお茶会には、もう一人忘れてはならない参加者がいる。
「スザンナ様、ルビー様、ようこそおいでくださいました」
そう、シンディである。
貴族の嗜みである令嬢同士のお茶会だけど、シンディにとっては初めてのこと。
だから元平民の彼女にとっては、別世界の出来事である。なんとか声を出しながらも、普段とは違う緊張具合がこちらにも伝わってきた。
「あら、そんなに固くならないで。元平民とは聞いていますが、もしかすると将来的にはわたくし達より立場が上になる可能性もありますもの。出来れば呼び捨てていただけると、フィーネの友人としては助かりますわ」
「そうだよぅ。私らお互いがどーなっても、同じ立場って感覚の方が、気分的には助かるかなって」
「わ、わかりました……! では、スザンナさん、ルビーさん、で……。こ、これぐらいで、ご容赦いただけると……!」
「びっくりするほど真面目な子ですわね……なるほど、あのフィーネが随分と溺愛していると思いましたが、納得もします」
「ふふ、可愛い妹分だねー。呼び捨てて、それでストレスなら、そりゃ駄目だね。うん、呼びやすいなら、そっちで大丈夫。よろしく、シンディ」
「はい……!」
シンディはまだ緊張しているけど、それでもなんとか二人と距離を詰められたようでよかった。
さすがに元平民でありながら貴族令嬢にタメ語で話しかけるっての、シンディの性格だとやりづらいだろうからね。
「それじゃ、先に席に座っていてくれる?」
「フィー姉様、何かお手伝いしましょうか?」
「大丈夫だよ。むしろ言う前からサロンの掃除してくれてありがとね。二人の案内をお願いしていい?」
「はいっ」
シンディのお陰で、家はいつも綺麗だ。
文句を言わずに灰を被ったシンデレラの性格、そのままお掃除大好きというパーソナリティとなってシンディの身に宿っている。
その話を聞き、二人も驚く。
「メイドを雇っている様子もないですが、まさかシンディが掃除をしていますの?」
「はい。掃除大好きで、いっつも部屋を掃除させてもらってるんです」
「わ、真面目というか、変わり者だねぇ。こりゃあフィーネの反応もわかるなー」
わいわい言いながらサロンを楽しむ彼女達へ、私はワゴンカートを引いてテーブルにタルトを置く。
そう。これこそがエドお父様に頼んで持ってきて貰った秘密兵器、お茶会用スイーツである。
「まあ、素敵ですわね!」
「シンディのお父さんのお菓子だよ。今では私達のお父様でもあるけど」
「わ、もしかしてあのトラヴァーズのカフェの新作? すっご、めちゃレアじゃん」
あれっ、ルビーはひょっとして知ってた?
「情報通じゃないと、生き残れないからねー。特に今一番の注目だよ、あの氷の夫人トライアンヌ様が、自費で建てたカフェ。どんなものかと思ったら、あれでしょー。コーヒーとか紅茶とか、輸入してる連中、総出で卸を競い合ってるよー」
ま……まじすか、そこまで情報が……。
ルビーほんと事情通だし頭いいよなあ。
しかし、そういうことなら味のことも信頼してもらえているだろう。
なんといってもエドお父様の作るものには間違いがない。
きっと気に入ってくれるはずだ。
「最後は……」
私は皆にタルトを置くと、目の前でカップに紅茶を入れていく。
事前に紅茶を淹れる練習をして、今回こうして上手くいったものをみんなにお出しするのだ。
お茶会のお茶を用意するのもホストの役目です!
「メイドじゃなくて主の方が紅茶出すパターンって面白いですわね、多分貴族史上初ですわ」
そりゃそーですよね。
ホストがそんなお手伝いさんみたいなことやってたらさすがにおかしい。
でも、私はやりたいのだ。半分趣味みたいなもので。
「それでは、頂かせていただきますわね」
スザンナがミルクを入れ、カップに口を付けて一口。
ルビーは軽く回して、まずは香りを嗅いでいる。……絶対慣れてるなあルビーは。
「……いいですわね。これをフィーネが?」
「うん。我が家の料理担当だからね」
「今日誘っていただいたこともそうですが、本当にフィーネという存在の記憶を丸々洗い直さないといけませんわね……。実は別人だったりしませんの?」
一瞬どきっとするけど、もう堂々と開き直るしかない。
「別人だったらティナ姉やアンヌお母様にばれないはずないよ」
「ふふっ、それもそうですわね」
当たり前のように胸を張って言い切ったけど、実は別人であってます!
ここまではっきり言うと、さすがに自分でも自信がついてくるね。
「私は別人説推すなー」
ルビーは最初からずっとごまかし切れてない感じだね!
勘が鋭いのか頭がいいのか、ちょーっと怖い。
「でも」
と、そこで首を伸ばして私をじっと見る。
「実際に前と別人なら、もう前のは、絶対、戻ってきてほしくない……ってぐらい、今のフィーネが、いいよ。だから、私は決めたよ。今のフィーネが本物で、昔のフィーネが偽物。別人であってもなくても、良いか悪いかの判断には、関係ないからねー」
その、ルビーの一言は私の中にすとんと落ちた。
偽物である、別人である。
それは私の中で一番大きい部分を占めていたものだった。
本物か、偽物か。
しかしルビーは、言ってくれた。
私が別人だったとしても、今の方がいいのならそっちの方がいいと。
今の私が『本物』であると。
それは、本来が何であるかという属性づけられたものではなく、私の行動を見た上で、私の内面を吟味して認めてくれたということ。
私が本物になってもいいと、私を見て認めてくれたということ。
こんなに嬉しいことはない。
「ありがと、ルビー」
「やっぱ別人でしょ」
「同一人物だよ」
そんな軽口を言って笑い合った。
私は二人とそれからもたくさん喋って、ああ、誘って良かったな……と素直に思った。
もう、シンディを虐めるために金魚の糞をさせていたゲームの関係ではない。
対等な存在であり、私を認めてくれる大切な友人だ。
仲良くシンディと談笑する二人を見て、私はしっかりそう思った。
ちなみにティナ姉は難しい会話に参加するはずもなく、私が本物か偽物かということにすら反応せず一人で黙々とタルトを食べていた。
そしておかわりを要求してきたのだった。
ほんと、最後までぶれないなあ。