初めての魔法実技
それからの日々は、とても穏やかなものだった。
私は日々の勉強をこなしながら、魔法の練習もする。
……そして、あの日食べ過ぎた甘さを思い出しつつ、時々運動も頑張っている。
有酸素運動だけじゃなくて、筋トレね。
ふと、もしも筋肉質になってしまったとして、ゼイヴィアは私のことを拒否したりしないだろうかという懸念を思い浮かべる。
さすがにそこまで行ってしまったら、私も筋トレはやめるつもり。あくまで太らない体作りが目的だからね。
でも、ゼイヴィアなら力の強い女の子も、頭が良ければ脳筋とかじゃなくて女の子の頑張る一面として認めてくれそうな気がする。
……ゼイヴィアに対しての評価が甘い気がするのは、まあ認めます、はい。
少し授業の進みが早い私達のクラスは、本格的に魔法を使い始めるために魔法練習場へと移動する。
学園の魔法練習場は、本格的な魔法を練習するための場所だ。
ゲーム中では、シンディが初めて火の魔道士としての才能を開花させる日。
「それじゃ、みんなは先日に覚えたとおりに、自分の属性で魔法を発動させていきましょう。必ず部屋の中心に向かって魔法を使うようにね? そうしないと危険だから」
それぞれの生徒の前にあるのは、魔石と金属で出来た球体の置物。
これが何かというと、いわば魔法版サンドバッグ。魔法を吸収し、その魔力を外へと散らすことのできる魔道具なのだ。
主にこの魔力は風と水に変換され、魔法の噴水へと変換されるようになっている。
魔法サンドバッグもとい魔道具は、練習場の中心にある。
魔法を吸い取っていくような特性があるので、基本的にこの魔道具に向かって魔法を撃てば安心ということだ。
「イメージすることは、それぞれの属性の原初の姿。発動するみんな自身には火の熱さや水の冷たさを感じることはないわ。だから安心して、その魔法を使うのよ。といっても、まずはお手本が必要よね」
先生はみんなの前に一歩出て、中心の魔道具に向かって手を向ける。
「《マナチャージ》ふぅ〜。……《マナウォーター》!」
先生の手から水がぶわっと吹き出る。その水流が魔道具に勢いよく飛んでいき、魔道具に衝突する寸前でふわりと緑色の光の粒に変わる。
「……よし」
小さく『よし』って言ったの聞こえた。ゲーム中堂々としていた先生、実際は失敗する可能性も考えていたんだなあ。
やっぱり生徒の前で先生するのって、度胸もいるし大変だ。
先生が失敗しちゃったら格好付かないし、成功して当たり前って思われるのはなかなかのプレッシャーだ。
「見ての通り、魔法の水はみんなにとって飲める水だけど、あの魔道具は魔法を魔力に変えてしまうの。だから遠慮なくあの魔道具に向かって魔法を撃ってね。火は『マナファイア』、水は『マナウォーター』、土は『マナストーン』、風は『マナウィンド』よ」
一通り説明し終わった先生は、皆の後ろへと下がって手を叩く。
「さあみんな、やってごらん。誰からでもいいわよ」
それぞれ目を合わせだした生徒達だけど、あのお調子者君が真っ先に「《マナチャージ》!」と叫んだ
うん、乗り越えたようだね。
あんなことがあったから、魔法を使うことそのものに恐怖を覚える可能性も考えていたけど、大丈夫そうだ。
それも、先生の説明のおかげでもあるかな?
「よし、できるできる……うおお! 《マナファイア》ーーーッ!」
大声で叫んだと同時に杖から小さい火がぽふっと出てきて、中心の魔道具に行くよりだいぶ前に緑色の光になって消えた。
……この魔道具、効果範囲結構広いんですね。
ちなみに彼は、思いっきり後ろ向きに倒れていた。
「あらあら、もう……」
先生は呆れつつも倒れた彼を介抱する。
ゆっくり揺すって起こし、マナポーションを飲ませる。
先生に「大丈夫?」と聞かれ、ゆっくり頷くお調子者君。
先生は彼を後ろから支えたまま、みんなの方へ向き直り今起こったことを説明し始めた。
「マナチャージの時と同様、魔法というものはみんなの心に大きく影響するの。気合いを入れて叫ぶと、それだけ大きな魔力を使う。だけどそれがスマートに発動できていないと、威力には繋がらないわ」
その実例をしっかり見せられた皆は、しっかり頷く。
お調子者君、お調子者だけど……ある意味誰よりも反面教師という一番の教師を全力でやってくれてるなあ。
しかし説明されたとはいえ、まだまだ初等部一年生。さすがにさっき倒れた姿を見たばかりなので、皆そわそわしている。
……と思ったら、その視線が一斉に私に向かってきている。
「フィー姉様、マナチャージの練習も上手いので、一番最初に出来るんじゃないかと思っているんじゃないですか?」
シンディから説明されて、そういえば実技も筆記もトップであったことを思い出した。
……なんかいざ小山の大将であると同時に一番を維持していることを意識すると、猛烈に恥ずかしいなあ。
でも、そういうことなら。
「んー、分かった。それじゃ、やってみるね。……《マナウィンド》」
私は右手を出して魔法を発動する。
ふわりと風が起こり、他の生徒の髪をぶわっと揺らして中心の魔道具が緑色にふわっと光る。
……うん、やり過ぎてない。
ゲームで見てきた練習場、事前にその魔法の影響を彼で見ていたため、やり過ぎるようなことがなくてよかった。
「今のでいいんですよね、先生」
「はい。さすがフィーネさんね。みんなもあんなふうに、魔法を使ってみましょうね」
それからメルヴィンが出てきて、私と同じように魔法を使う。
「《マナチャージ》……ッふぅ〜……。……《マナウィンド》!」
ちょっと気合い入り気味に叫んだメルヴィンの魔法もしっかり発動し、ふわりとこちらの肌を風が揺らして、中心の魔道具が光る。
その発動成功の様子を見たメルヴィンは目を見開くと、握り拳を作り「よし……!」と珍しく歓びを露わにする。
親から期待されてるもんね、魔法の成功は彼にとって何よりも喜ばしいことだろう。
「わ、私も!」
そして我らがシンディちゃんも、魔法を始めた!
「い、いきます! 《マナチャージ》……ふぅーっ……。よし、よし……ティナ姉様みたいに……。……《マナファイア》!」
シンディの杖から現れた火の玉が、綺麗に中心の魔道具へと到達して光の粒へと変わる。
「や、やった……! やったやった! できましたフィー姉様、見ていましたか!?」
「もちろん! 偉いぞー!」
私は抱きついてきたシンディの頭を撫でながら、先ほどの言葉を思い出す。
——ティナ姉様みたいに。
それは間違いなく、火属性の魔道士として真っ先にティナ姉を思い出していたことに他ならない。
その結果がこれだ。
シンディの火。
あれが、灰を作る火。
「……フィー姉様? どうしたんですか?」
「あっ、ううん、なんでもないよ」
私は気がつかないうちに、自分が震えていることに気付いた。
風属性をメインとした私を圧倒する、シンディの火属性の魔法。
二つの属性を持つ私が同じように効くとは思えないけど、それでも少し怖い。
この素敵なシンディ、ゲーム中より強くなりそうな気はするけど……同時に、人はもちろん、あまり魔物を燃やして灰にすることに魔法を使ってほしくはないとも思う。
出来る限り、灰なんてものとは無縁なぐらい、平和に幸せに安全に、育ってほしいと思うのだ。
魔法の授業も終わり、お母様になんて報告しようかと思いながら帰路につく途中。
「ところでフィー姉様」
「ん?」
「フィー姉様ってぶっちぎりで魔法の発動上手かったですけど、どうして杖も構えずマナチャージもせずに、あんな威力が出せたんですか? フィー姉様は目立ちたくなさそうでしたし、今まで黙っていましたけど……」
……思いっきりやらかしていたあああ!
しかも、9歳の女の子に気遣ってもらったあ!
はあ、ほんと義妹がシンディじゃなければ、すぐに私のぼろは出まくっているだろうなあ。気をつけなくちゃ。
そしてシンディ、本当に気遣いの出来るいい子だ。
やっぱ私、この子好きだなあ。いい子すぎて嫌うとかどう頑張っても無理だよ。
とりあえずシンディには、お母様にもマナチャージなしでの発動は秘密にしてもらうことを約束してもらった。
まだまだ普通でやらせていただきますとも。
……まだ大丈夫だよね?