悪い子フィーネちゃんの過去と、お母様の不意打ち
貴族の屋敷らしく召使いでもいるのかと思ったら、夕食は普通にアンヌお母様が作り始めた。
びっくりした。まさか青い口紅のクール系美女が包丁……ミートナイフだっけ? あれ使ってお肉を切り始めると思わなかった。
ファンタジー的な魔道具が沢山あるキッチンで、お母様はちゃきちゃき野菜を切っておいもを茹でて、お料理完了。
なんか味付けとかもしっかりした、普通にお母様って感じの料理が出来上がった。
「おいしいです。これ、クローブ……?」
「へっ!? え、ええ……よくわかったわね?」
「あっ、うん。なんとなくそうかなって……」
お母様の驚き方があまりにも大きくて、それ以上は何も喋ることが出来なかったけど。
でも、私が食べるのをちらちら見ているのが分かった。ちょっと気になるんですけど……。
食べ終わると、露骨に安心したという表情を見せて微笑むお母様。さすがに食事中は口紅も取ってるけど……うん、すっぴん超美人だわこの人。
あのアイシャドー、その年齢じゃ不要だと思う。
それにしても、なんでこんなに料理上手いんだろ……って考えてたけど、理屈から言ったらそりゃそうだ。
シンデレラは、継母の家で灰被り姫と呼ばれていた。
理由はもちろん、掃除をして灰を被っていたから。
なんで掃除をしていたかって、そんなの家事手伝いをする人がいなかったからに他ならない。
よって、トラヴァーズ家にはお手伝いさんはいない。証明完了。
それにしても、お母様の料理、なんかもう普通においしかったな。
シンディに食べさせたりしていたのかな……覚えてないや。
当たり前だけどゲーム中では、結構生活部分は省略されていたからね。
お部屋に帰ると、これで一日は終わりの自由時間。
フィーネは自由時間沢山あるなあ。普段は何をしてるのかな?
よく『頭痛とともに前世の記憶が襲ってくる……!』みたいなの、あるじゃない? これが私の場合は全くなかったよね。
だからフィーネの普段というものが、さっぱりわからない。
ってわけで、机の近くをもぞもぞと漁る。
何かないかなと漁ってみると、あったあった、ありました。
これは……フィーネの日記だ!
他人の日記を読むようでドキドキするね。
人権とかないのかな……とか思ったけど、そもそもこのゲームの世界自体にどういう自意識とか魂が宿って……なんて考え出して頭痛が出かかったので、やめやめ!
フィーネちゃんの日記を、私は遠慮無く読みます!
『3/15
今日は、お母様がピーマンをだした。
ぜんぶ残した。』
……うわーっ、フィーネちゃんってば悪い子ーっ。
予想していたけど、悪役令嬢なのもしかしたらフィーネちゃんだけなんじゃないってぐらいフィーネちゃんが現時点で悪い子だ。
ハンサム集団がテーマソングを歌う忍者系アニメで育った身としては、食べ物をお残しする子は許されませんよ!
それと同時に、アンヌお母様の反応も分かった。
ポテトサラダがあんなにしっかり味付けされておいしかったの、フィーネが残すからだ。
母の心子知らず。ちゃんと栄養を考えて、食べさせているのにね。
うーん、アンヌお母様が私と(精神的な)年齢が近いこともあって、可哀想に思えてきた。
ごめんねトライアンヌ、今日から私が可愛い可愛いフィーネちゃんとして頑張るからね。
さて、他のページも見てみよう。
『3/10』
あっ、フィーネちゃん日記毎日書いてないんだ。
ていうか、こんな性格の子が真面目に日記を書くわけないか。それで久々に書いたのがピーマンが嫌いという話って……。
気を取り直して見てみよう。
『3/10
お母様が、来週つれてくるって!
来週がまちどおしい!』
「誰を!?」
思わず日記に突っ込んで叫んだところで、ドアがノックされる。
「フィーネ、どうかしたの?」
「あっ、ううん、なんでもないよ!」
「ふ〜ん……へんなフィーネ」
あ、あっぶな……漫才師ばりに日記にツッコミ入れてしまった。
しかし、コレは参った。何の参考にもならなかった。
誰が来るか書いといてよ!
他にいくつか遡ってみたけど、めぼしいものはなく途中で疲れてしまった。
「ううん……得られる情報が僅かだったなあ……」
一つ、ティルフィーネは引っ込み思案で寡黙だけど、結構なわがままっ子だったということ。
これはもう、末っ子あるあるというやつだろう。
もう一つは。
「明日、誰か来るってことだよね」
日記の日付と、アンヌお母様の反応から察するに、この来客というのは間違いなく明日。
わがままフィーネちゃんが楽しみと言うのは何のことだろう。
もしかして、もうシンデレラ?
って、そんなわけないか。
ゲーム開始時点でフィーネも学園に通っていたし、何よりフィーネが美女の来訪を楽しみにしているわけがない。
うーん……考えてもだめだ。
それに、なんだかもう眠くなってきた。子供の身体だからかな?
寝る子は育つ……フィーネはあんま育ってなかったけど……。
「あ、最後に……《マナチャージ》」
ベッドの中で息を吸い、魔法の訓練をしてからゆっくり息を吐く。
……すんごい疲れるなあ……この練習……。
ああでも……すっごく効果ありそう……。
私はぼんやりと微睡みながら、一つのことに思い至った。
(こんなにマナチャージが大変なら、フィーネが真面目に練習してるわけないか……)
◆
翌日、新たな一日といっても家の中にいるだけの、就学してないフィーネにとっては普通の一日だ。
今日は休日なのか、ティナ姉もいる。
お母様は出かけていた。
「それでね、その子ったら……」
幼いティナ姉の学園生活の話を妹として微笑ましく聞きながら、のんびり過ごしていた。
ティナ姉は私とお話しできることが楽しいって感じで、本当にかわいい。
笑うとちゃんと綺麗な顔だなーって思う。絶対将来美人になるって。
と、ティナ姉が家の外からの僅かな音を聞いて背筋を伸ばす。
「お母様だ!」
帰りのお出迎えに、ドアの近くに走って行くティナ姉。
その姿をまるで娘のように見るのが妹の私。
なんだか不思議な感じ。でも、この暮らし、いいかも。
そんなふうに、本当にのんびり過ごしていた。
……だから油断していた。
この家が、家名のある貴族の家であること。
そして何より、フィーネが喜ぶ相手が来るということ。
「おかえりなさい、おかあさ……ま?」
「ただいま、ティナ。話していたお客様よ」
ドアの向こうにいたのは……年齢が変わっても見間違えようもないほどのオーラ。
主人公の攻略対象である、将来の学園首席魔道士——エクゼイヴィア・ペルシュフェリアがいた。