エドお父様の念願
一足お先に座ってそわそわするティナ姉を微笑ましく見つつ、内心ちょっと緊張している。
さすが魔道士団団長の令息、そもそもが目立つからなあゼイヴィアは……。
……そして、彼の隣に私が座る流れですよねコレ。
はい、覚悟します……。
緊張と困惑を、持ち前のポーカーフェイス(のつもり)で取り繕いつつゼイヴィアの方へと足を進めて——人と思いっきりぶつかってしまった。
大き目の男性と思われる人が相手だったので、少しふらついてしまう。
普通は貴族の令嬢にぶつかったら、大事だろう。
しかしそこはお嬢様というより日本人。満員電車で人とぶつかったノリで、反射的に謝ってしまう。
「あっ、すみません」
「……」
ところが私が当たったことに気付かなかったのか、振り返らずに走り去ってしまった。
ちょっと感じ悪いけど、急いでいたのかもしれない。
これに吹き上がったのが、私より周囲の方だった。
「むっ、失礼な奴ね!」
「気にしてないよ、ティナ姉」
「アタシだったら脚に噛みついてやるのに」
はしたなさ過ぎるのでやめてください……。
成績が良くなっても、ティナ姉はティナ姉だった。
でも私のためにそうやって怒ってくれるところ、ほんとティナ姉って感じで頼りになる。
「大丈夫かい、フィーネ?」
「あっ……大丈夫です、ありがとうございますゼイヴィア様」
「そうかい? ほら、こちらに」
あっ、さりげなく手を取ってくれる。
もうほんとこの年齢からいちいちポイント高いぞゼイヴィア。ちょっと……その、いいじゃんか。
「ふふふ、ゼイヴィアったらまた普段しないようなことをしちゃって」
「い、言わないでってそういうの!」
あっコレ背伸びしてるだけなんですね。
未来の首席魔道士様も、首席魔道士OGたるレイチェルさんには形無しである。
あとレイチェルさん、気分的にはしゃぎたい気持ちは分かりますけど、本気で反抗期に嫌われますよ。
赤面しているゼイヴィアの手を少し握り、こちらに意識を向けさせる。
ますます顔を赤くしちゃって、可愛いんだからもう。
将来的に背が高くなるのは知っているので、今のゼイヴィアを堪能できるのは本当に貴重。
思う存分、見させてもらおう。
……ふと、気になったことを聞いてみた。
「ねえ、ティナ姉はもしもシンディが同じ事されたら、同じように怒ったりする?」
「そりゃまーね」
当たり前のように、シンディを守ると頷いてみせた。
次に私はアンヌお母様に聞く。
「アンヌお母様はどうですか? シンディが襲われたりしたら」
「あら、私? あまりおおごとにしたくはないけれど……エドの娘だし、酷い場合はそれ相応の報いを受けてもらうかしらね」
お母様の考えるそれ相応ってどんな感じなんでしょか……! ちょっと想像するのが怖い。
「あの、その、大変光栄な限りなのですが、何故フィー姉様はそのような質問を……?」
私が話を振ったことにより始まった、みんなのシンディ守る宣言。
それを受けたシンディは当然赤面する。
「んー、ちょっと気になってね」
「は、はあ……」
悪役令嬢家族に囲まれた主人公を大切にするという認識が、私以外にも行き届いているか気になったんだよ。
灰被り姫の末っ子、すっかり継母チームからフルガード体制である。
私?
そりゃもうシンディのためなら獅子になりますとも。
それにしても、私が思った以上にシンディは家族みんなの大切なシンディになっていた。
理想としたシンデレラの形を完成させることができたなあ。
後は……このまま、最後まで走りきるのだ。
もちろん、シンディ自身がそのクライマックスを望んだらね。
そして、シンディのことばかりではいられない。
私が空いている席に座ると、ゼイヴィアは当然のように私の隣に座った。
「フィーネは満点と聞いたよ、さすがだね。難しい所はなかったかい?」
「最初の試験は簡単でしたから。きっと高等部にもなると、今のようにはいきませんよ」
「……高等部のことを気にする初等部って段階で、ちょっと普通ではないよね。既に中等部の試験ぐらいならパスできるつもりかな……?」
あ、若干ゼイヴィアが引き気味だ。せめて中等部と言っておけばよかった!
そういう問題じゃないですね、はい。
「い、いえいえ、言葉の綾というか……とにかく、無事に試験が済んで安心しました。ゼイヴィア様はいかがでしたか?」
「今回は、100点が3つ、98点が2つだったね」
ウオオアアア! 分かっていたけどとんでもない勢いでハードル上げてきますね!
ゼイヴィアに相応しい相手って、要するにそれぐらいの点数ですか……。
しかし改めて彼のパーソナリティを考えてみると、それにも納得する。
なんといってもお母様がレイチェルさんに挑んで敗北したのだ。
その結果、ペルシュフェリア家のメリウェザー団長と結婚した。
その団長の息子であり、(ゲームでは)団長超えの才能を持つのがエグゼイヴィア・ペルシュフェリアである。
つまり、お母様を超えるつもりで学園生活を挑まなければならないのだ。
転生させたどこかの神様、よくある転生者特典みたいなのは私にないんですかね……?
まあ誰を選ぶかは私の選択だし、それは諦めるとしよう。
私にとって、レイチェルさんみたいなライバルは今のところいないけど……。
でも、現れたときは負けないようにしよう。
「……」
ふと、強い視線を感じる。
「あっ、えっと、先日ぶりです」
「……ええ、こんにちは、フィーネちゃん」
レイチェルさんが、じーっと私を見てくる。
先日のことを疑っているんだろうか。だろうなあ……ちょっと気まずい。
アンヌお母様が私のことを自慢げに話したので、レイチェルさんは私が入学前から魔法を使いこなせることを知っている。
「ほら、母さんもじろじろ見てないで」
「あら、そうね。それじゃあアンヌも」
ここでゼイヴィアが助け船を出してくれた。助かった……聞かれたら嘘つくしかないからね。
あまりレイチェルさんに、明確な嘘はつきたくない。
一通り皆が席に座ったところで、エドお父様の準備が終わったようだ。
「お待たせ」
エドお父様がお皿にケーキを山盛りにして、次々切り分けてくれた。
周りのお客様からの視線が集まる、ちょっと恥ずかしい……!
でも、それ以上にお皿のケーキの迫力がすごい!
「切り分けているから、一人一つずつだよ。レイチェル様も、それでよろしいですよね?」
「はい。本当に綺麗……アンヌ、いい相手じゃないの。やるわねえ」
「でしょー?」
仲良し二人に挟まれて、照れながら頬を掻くエドお父様が微笑ましすぎる。
でも手は止めない。素早く全員分のお皿に取り分けていく。
切り分けられた一つは小さいケーキやタルトだけど……とにかく種類が多い!
目の前に並ぶ新鮮なフルーツのタルトと、色とりどりのケーキの数々の迫力にびっくりです。
「たべてもいい!?」
「はいはい、ちょっと待ってね。……それじゃ、あなたはこちらに」
「うん。……今日は本当に、念願が叶って良かった」
ん? エドお父様の発言の真意が分からずに、私は首を傾げる。
「こうやって自分が再出発するためのお店を構えて、娘を任せられるようになってね。でも、あまりにも人気が出過ぎちゃって、せっかくお店を構えたのに家族を呼ぶ余裕がなくなってしまったから」
そうだったんだ……。エドお父様は、新しいお店で働きながら、ずっと私達のことを考えてくれていたのか。
「僕にとって、グウェンドリーネとシンディの三人でお店で食べた思い出は大切なものだけど……今のお店を建ててくれたアンヌとその家族で、一緒に食べたいと思っていたんだよね。だから本当に、お店を持って以来の念願だよ」
ああ……エドお父様は、ちゃんと前の奥さんのことを忘れずに、アンヌお母様を大切に考えてくれていたのか。
新しい妻の受け入れ方。前の妻が離婚ではなく死別であるだけに、お母様にとっても難しい部分だっただろう。
それを、エドお父様から新たに対等な妻として、同じ条件の新しい思い出を作ろうとしてくれていたんだ。
アンヌお母様も、すっかり乙女モードに入って照れながらエドお父様をちら見してる。かわいいぞアンヌ。
と思ったら一瞬はっとして、レイチェルさんの方を向く。
レイチェルさん、それはもうニヤニヤ笑っていた。
アンヌお母様が何か喋る前に、レイチェルさんからエドお父様に話を振った。
「でも、よろしかったのですか? 折角の家族水入らずということですのに、私達まで呼んでしまって」
「もちろん構いませんよ。私と前の妻は近しい環境でしたが、アンヌとはどうしても住んでいる世界が違いましたから。出来れば、普段のアンヌらしい姿も見ておきたいなと」
「まあ。そういうことでしたら、今の照れてるアンヌは私の見たこともない顔ですわ。この姿を見られただけで新鮮ですとも」
「も、もうっ! やめてよね」
アンヌお母様が照れて抗議したところで、小さく高い声が上がる。
……ん? 何だろう。
「ああ、そうねローザ。おなかすいちゃったよね」
どうやら今まで眠っていたのか、レイチェルさんの娘であるローザちゃんが起きたようだ。
「ふふっ、ちょっと話し込んじゃったわね。ティナちゃんも落ち着かないようだし、そろそろ食べ始めましょう」
「そうだよお。食べてもいいよね」
「ああ、もちろんだよ」
ティナ姉がぼやきながら、フォークを手に取る。
情緒ってものとは程遠いティナ姉らしい反応だけど、確かにお預けされていた気持ちは分かる。
私もね、これは我慢できないわけです。
ティナ姉やシンディと一緒に、ケーキを一口。
そして口の中に広がる、甘く溶ける多幸感。
「ん〜〜〜っ!」
私が声を出したのか、ティナ姉が声を出したのか。
とにかく、その一口で天にも昇るおいしさである。
転生したこの世界でも、甘い物が存在するということを神に感謝するしかない。ケーキ食べるシーン実装していてくれてありがとう神様。
「今日はさすがに気合い入ってるね。でもチョコレートに砂糖が多めなんて、お父さんらしくないんじゃない? やっぱり甘いと思ってもらえること意識しすぎちゃったかな」
「はは、シンディには敵わないな」
そして食べ慣れてるシンディの一言と、それを肯定するエドお父様。
……さり気なくシンディの一番の能力って、魔法の才能とか以上にこの異常に肥えた舌なんじゃないですかね?
付き合いの関係でお店には買いにきてもらっているペルシュフェリア家のみんなも大満足みたいで、それはもう幸せなランチタイムとなりました。
ケーキとタルトで大満足、しばらく動けずコーヒーを飲みながら、ゆったりと談笑し合ったのだった。
——カロリー?
知らない単語ですね……。