ティナ姉と試験とサプライズ
「んふふふ〜」
先日の憂鬱そうな顔から一転、今日のティナ姉はとっても機嫌がいい。
学園にデビルボアが現れたあの事件から、翌週の日曜日。
試験が終わり、ちょうど答案と成績が返ってきたのが二日前である。
前述の通り、私は当然のように全ての成績を満点で終えた。というかそうじゃなければヤバい。
次にシンディなのだけど、なんと全てのテストで8割以上の成績を修めた。
あなた去年は文字を読むことすら難しかった人ですよね?
まあ教えたの私ですけど(自慢)。
……そして問題の人物が、このすっかり顔が緩みきっている、ゲーム本編での顔から考えるとキャラ崩壊もいいとこの姉である。
「んへへぇ〜〜〜……」
配られた第一回成績表を見ながら顔をだらしなく緩める理由は一つ。
ティナ姉自身の成績が良かったからである。
ティナ姉はシンディと距離を縮める際に、一緒に勉強を見てあげたの。
その時にティナ姉は、自分で声に出して内容を復唱した。
時々「あれ……?」なんて独り言を言って、その後首を振って教え直すということがあった。
もしかするとティナ姉の中で、理解できなかった部分をかみ砕けたからなのかもしれない。
勉強がなぜ嫌いになるか、その理由は大きく分けて二つあると私は考えている。
一つは、文字を読んだり話を聞いて理解する作業が嫌い。まあこれは脳の構造上そういうものみたいだね。
基本的に、人は新しいことを拒否するものみたい。まずめんどくさいと思うようになってる、みたいな。
楽しくなければたとえ遊びだったとしても面白くないものである。カードゲームから麻雀の上がり役までね。
ゲームでも面白いと思える人と面白いと思えない人だっている。この辺りのジャンル、私は後者だった。
そしてもう一つは……分からないから嫌い、という単純なもの。
いつまで経っても理解できないものは、誰だってストレスだ。
私にとって、スポーツがこれだった。最初から出来る人は出来るし、それが衆目に晒されるのだから、たまったものではない。
——恐らくティナ姉は、前者ではなく後者なのだ。
勉強そのものが嫌いなわけではなく、どう勉強したらいいか分からなかったのではないだろうか。
ってゆーか私はアンヌお母様の日記を読んでいるから知っているんだけど、アンヌお母様もレイチェルさんがいなければあんまり成績いい生徒じゃなかったっぽいんだよね?
イメージと違うけど、普段キリっとクールに装っているからといって頭がいいというわけではないのだ。
眼鏡を掛けると頭良さそうに見えるけど、眼鏡を掛けるだけで頭はよくならない、みたいな。
ティナ姉は、理解するまでの一段がずっと超えられなかったのではないだろうか。
それを、シンディに教えることで理解し直して、自分の糧としたのだ。
ある意味アンヌお母様よりも難度の高い道を進んでいる。
もしかすると、アンヌお母様もそのことに気付いたのかもしれない。
結果。
ティナ姉の成績は、全教科1割から4割まで跳ね上がった。
この学園では、平均点の4割を赤点としている。つまり現時点で40点ほど取れているティナ姉は、全教科赤点から一気に赤点脱出ラインを飛び出したのだ。
そりゃーお母様も喜ぶというものである。
「そろそろ行くわよ」
「はーい!」
そして今日のご褒美は、日曜日みんなでエドお父様のお店に行くことである。
既に予約をしていて、店内で仲良くお昼を食べる形だ。
甘い物だけでお腹いっぱい食べてもいいという、普段のお母様からは想像できないぐらいの贅沢なランチである。
しかし、私は思うのであった。
これは食べ過ぎに注意しないと、太る……!
◇
負けそう。
エドお父様は、お弟子さんにお店を渡してからアンヌお母様の力で新しい店舗を建てたとは聞いていたけど。
なんかね、全然違う。
平民のエドワードさんによる新婚夫婦の自宅兼お店であった以前の店舗も良かったけど、この店舗はアンヌお母様がお店を出すためだけに建てたもの。
なんというか、気合いの入り方が凄まじい。
貴族然とした装飾に、トラヴァーズ家の紋が貼ってある。
そして色とりどりの観葉植物と、陳列された品物の数々。
そのケーキとフルーツタルトのなんとまあ綺麗なことか。
断言しよう。
女子は、この誘惑に勝てない。
店舗の正面には、黒板がある。
そこに書かれていた内容は……なんと、結構なリーズナブル価格なのだ。
一般的な食事よりもさすがに高価だけど、小さく分けられたケーキの数々は庶民にも手が出る価格。
平民であり、貴族。
エドワード・トラヴァーズとなった一人のパティシエが目指したものは、一目見ただけで分かった。
二つの世界を繋げるために、このお店を作ったのだ。
「ほら、こっちだよ」
店を従業員に任せたエドお父様が、こちらに出てくる。
仕事している最中のエドお父様ってやっぱり新鮮だ。
店の奥に入ると、そこはまるで自宅のよう……という言い方をしたら語弊があるかもしれない。
要するに『貴族のサロン』なのだ。
貴族が使うようなお店で貴族と同じ物を食べる。それだけではない。
貴族の家と同じような環境で、ひとときのスイーツを楽しむ。
それこそが、このお店の真髄だ。
広い店内には沢山のテーブルがあり、平民貴族問わず座って食事をしている。
店内だけでは入りきらず、外にもテーブルがいくつか出ているほどだ。
「奥の大きなテーブルの方で、先約が待ってるよ」
……ん? 先約?
予想外のお父様の言葉に驚いて、席の方へと向かうと……!
「遅いわよー、アンヌ。もうコーヒー二杯目なんだから」
そこにはなんと、レイチェルさん一家がいた。
ゼイヴィアが手を振ってこちらに微笑んでいる。エッちょっと待ってどういうことなの不意打ちすぎる。
「あはは、驚いてる驚いてる。フィーネっていっつも落ち着いてるから、こういう状況を作って反応を見るのは楽しいな」
「お、驚きもしますよ、全然聞いていませんでしたから!」
「よかった、成功だね」
楽しそうに笑っているところ申し訳ないけど、こっちとしちゃほんとにびっくりだよ。
こういうオープンな場所でゼイヴィアと会うのって、初めてだったから。
考えすぎかもしれないけど、なんだか家族の付き合いを見せつけているようで恥ずかしいですね!
……まさか、最初からそれを考えてやっているなんてことは、さすがに考えすぎ……考えすぎだと思いたい。
「今日はどれだけ食べてもいいの?」
「ええ、いいわよ」
アンヌお母様が、ティナ姉の頭を撫でる。
うんうん、今日は私やシンディのこともあるけど、特にティナ姉の成績でアンヌお母様がご機嫌になってるんだから。
最初は私の成績に頼る気満々だったティナ姉。正直、私もティナ姉の性格を知っていると良い結果を出すとは思っていなかったのだ。
だけどティナ姉は、一気に赤点組を脱出した。
お母様にとって私とシンディの成績は、どう転ぶかは全くの未知数。結果が出てから考えればいいことだった。
だけど元々成績が悪いティナ姉をどうすればいい成績にできるかは、きっとお母様にとって暗闇の道だったはず。
その悩みを、ティナ姉は一人で解決した。
レイチェルさんに教えてもらって成績上位組になったアンヌお母様にとって、ティナ姉の今の姿は誇らしいことだろう。
だからティナ姉は、自信を持ってケーキを堪能していくべきだと思うよ。