試験とお母様、そして魔物と戦うということ
お母様から討伐の報告を聞いた翌日、無事に学園は再開した。
「あーあ、もうちょっと休みでもよかったのになあ」
頭の後ろで手を組んで空を見上げるティナ姉に、くすりと笑うシンディ。
「でも、そろそろ試験があると聞きましたよ。ずっと休みばかりだと、授業が進みません」
「うわあああ思い出させないでええ!」
のんびりと後頭部を支えていたティナ姉の両手は、その試験内容を思い出して現れた頭痛を抑えるように、頭を両手で押さえる。
「うう、試験日翌日のお母様は、機嫌悪いのよぉ……。今から憂鬱だわ」
「つまり、ティナ姉様は、その……」
「……悪いのよお。くっそー、お母様の友達のレイチェルさんの息子が、ぶっちぎりの学年トップだから比較されるの」
「あ、でしたら」
シンディが、私に顔を向ける。
……ん、んん……?
「フィー姉様なら、対抗できるのでは?」
あっ、シンディが私に振ってきた!
ティナ姉も、いいことを聞いた! と言わんばかりに目を輝かせて私を見る。
いやそんな現金な感じで期待されても困る。
「い、一応真面目に試験は受けるけど、あんまり期待しないでね!? っていうかシンディも、最初の試験は授業をちゃんと受けていたら簡単な範囲のはずだから、油断しないこと。何度も見直さないと駄目よ」
「すでに試験範囲や見直し方の話を始めるフィー姉様に、期待するなという方が難しいと思いますよ」
言いくるめたつもりが、逆に言いくるめられてしまった!
そして持ち上げて持ち上げて言いくるめられたのですっごく嬉しい!
今日の私はちょろい。
ま、まあそこまで言われるのなら、頑張ろうじゃない!
ゼイヴィアも私の成績が悪いと落胆しそうだし、試験は真面目に考えていこう。
……さすがに本物の試験が間近になると、意識せざるを得ない。
ゲームでの攻略サイトを見ながら選んだゼイヴィアルートを、私は狙っている。
そんな彼の条件を、シンディとの会話を見てハッキリと意識してしまった。
彼が惚れるのは、表面じゃなくて内面。
女性の能力が高いほど惚れるタイプだ。
認められるだけの力を持つ女性をちゃんと尊重できる私のお気に入りだった彼は、この世界でも変わっていなかった。
だけど……今私がいるのは答えの決まったゲームの世界ではない。
攻略サイトなんていうチートウェブサイトを開きながら解くわけにはいかない。
この世界の試験は カンニングできない。
何よりゼイヴィアも、ティナ姉も、シンディも同条件なのだ。
ならば私もこの世界で生きる一人として、勉強した成果を試験にぶつけるのが礼儀だろう。
そうでなくては、皆の隣に立つ資格がない。
……まあ、そもそも転生特典ってぐらい知識を持ってやってきた部分はあるんだけどね!
でも、この知識を傍若無人に振り回すことだけはしないよ。
ちゃんとこの世界の一人として、普通の生徒として頑張るのだ。
◇
「昨日の猪ですが、昨日の傷で既に死亡が確認されていますので安心して下さいね」
開幕早々先生の話題を聞いて、全然普通の生徒じゃないってツッコミを自分に入れる。
体力馬鹿ボスを一人で倒せる9歳の女の子が普通のはずありませんね!
……ばれてないよね? さすがに。
レイチェルさんは、恐らく『自分がやったのではない』と気付いている可能性あると思うけど……。
「森はしばらく立ち入り禁止です。だから、実習はしばらくおしまいで、再び学園内での実技になります。安全が確保されると、また一昨日来たレイチェルと一緒に出向きましょう。レイチェルはとっても強いから、みんなも安心していいわよ」
マーガレット先生の言葉に皆は安心するも、一人手を挙げた生徒がいた。
あれは……普段はお調子者の男子だ。
「あら、何かしら」
「せんせー……あの、俺らって、その……ああいう魔物と戦わなくちゃなんなくなるんですか?」
ああ……そうか。これ以上になく過剰にあの子は知ってしまったわけだ。
実践を知るための授業においての、本来の目的。
自分たちがあの魔物を相手にする日が来るということを。
「そうだね。もしも君が強くなると、遠い場所でああいった魔物と戦うこともあるだろうね」
「……俺、無理だよ……あんなの勝てないって……」
あまりに大きなショックだったのだろう。普段のお調子者っぽさは鳴りを潜めて、その子は俯いて震えだした。
恐怖は伝搬する。他の子もだんだんと、表情が暗くなっていった。
先生はすぐに、その生徒の隣に座る。
「……先生はね、あんまり強くなれなかったんだ。だから今は、この場所でみんなに教える係をしている。それでも昨日みたいなことはなかったわけじゃない」
「……」
「でもね、学園はレイチェルさんほどじゃなくても強い魔法使いを、毎年沢山卒業させているの。あなたがどこのグループに入るかは分からないけど、討伐できない地に赴くことはないわ」
その人の能力に見合った場所の魔物を担当する。そうして地域の安全を保ったり安全圏を広げていくことが、王国貴族の土地経営側ではない魔道士達の主な役目なのだ。
つまり、魔物討伐は適材適所ということである。
「だから、卒業した時にはきっと、君が余裕で倒せる相手達のところに行くし、隣には頼れる仲間がいる。私にとって、フィーネさんやシンディさんのお母さんがそうだったの」
おっ、急に話を振られましたよお母様。
教室での視線がこちらにぐっと集まる。
隣でシンディが「アンヌ様って本当に凄いんですね」なんて言ってくれるものだから、私も口元緩んじゃう。
「アンヌは昨日も来たのだけど、レイチェルに負けないぐらい強いんだから。きっとみんなも、あと十年……いえ、五年も経てば力を持つことや仲間を持つことの意味を実感できるわ」
マーガレット先生が、生徒達を安心させるように声を掛けていく。
魔法自体はあまり得意ではないと知った今でも、こういうところが本当にプレイヤーとして頼りになる人だったのだ。
やっぱりマーガレット先生は、私達の先生だ。
「それじゃ、来週はいよいよ初めての試験だから、一日遅れた分頑張って勉強を詰め込むわよ〜!」
ブーイングが出る中で笑顔のままの姿なのも、やっぱり私達の先生って感じ。
……うん、教室の雰囲気もいつもどおりに戻っている。
それでこそ、私が頼りにしたマーガレット先生だよ。
なお、さすがに小学校一年生レベルを自慢するのも我ながらどうかなーと思いますので省略させていただきますが、試験は全教科満点でした。
社会歴史部分は当然日本と違って全てが新しい常識なので、ここはしっかり学習していこう。