ティナ姉とシンディの共通
昨日は学園が休みだったけど、さすがに事態が事態なので自由に外に出るわけにはいかなかった。
そんなわけで、三人姉妹でのんびり遊ばせてもらった。
「フィーネのクッキーってほんとおいしいよねー、エドさんのお店に並べたりしないの?」
「さすがにお店に並べるほどではないかなあ」
ティナ姉の感想は嬉しくとも、さすがにお店にお出しするほどまでは自惚れていない。というかちょっと恥ずかしい。
「正直お父さんのケーキやタルトを食べてきた身からしても、フィー姉様のクッキーなら余裕で並びそうな気がしますけど……」
しかし、エドお父様のお弟子さんのお店の抜き打ち審査で、微妙な顔をしていたシンディが言ってくれると、ちょっと自信ついちゃう。
「ま、そんなに沢山作れるわけじゃないから」
「そーね、お店に出しちゃうとアタシ達の食べる分がなくなっちゃう」
「あっ、それはいけませんね。うふふ」
結論。
やっぱりクッキーは家族だけで食べよう。
もりもり食べながら、シンディが淹れてくれた紅茶を飲む。甘いもの専門店の娘というだけあって、9歳の女の子とは思えないおいしい紅茶である。
やだ、私の妹ってば優秀すぎ……?
ちなみにティナ姉は、火をつけてくれる係。
魔力で動くオーブンやコンロ、調子が悪い時はティナ姉の火力の出番だ。
お母様も私も専門外なので、こういう部分では頼りになる。
「そういえば」
腰に手を当てて銭湯上がりの牛乳かってぐらい勢いよく紅茶を流し込んだティナ姉は、カップをソーサーに置いてシンディの方を見る。
珍しく話を振られて、シンディは背筋を伸ばした。
「わ、私ですか?」
「ええ。シンディも『火』なんだって?」
シンディはそのことに思い当たったようで、こくこくと頷く。
ティナ姉とシンディは、同じ属性。ゲームでは『同じ属性で、仲間なく争う』というプレイヤーの純粋なレベリングの強さを試される相手。
それ故に、ティナ姉とシンディは同じ属性なのだ。
といっても、それはあくまでゲームの中の話。
「いちいち着火する際に聞かれても困るし、アタシが教えてもいいわよ」
「……! いいんですか?」
「うん。シンディってうちのクラスの男どももじろじろ見てるし、強くなってるに越したことはないわね。男って大抵女の方が強いと気まずそーに逃げるのよ、シンディもそうなればきっといいわ」
「あ……あはは……」
ティナ姉は、これはもう本気でシンディのためを思って言っている。
なんかもーこういうこと言っちゃうあたりがほんとティナ姉って感じ。
そしてシンディも、ティナ姉が本気で自分のためを思って男に避けられる魔法マッチョシンディを作りたがっていることに、苦笑いするしかない。
あとティナ姉、さらっと『男ども』という言い方の中にクレメンソラス・キングスフィア第一王子をぶち込んでる辺り、さすがの怖い物知らずティナ姉である。
この子ほんと貴族に生まれたの完全に間違いだわ。
でも、この提案をティナ姉がする姿を見られたことが、私はとても嬉しい。
「で、ではお願いできますか?」
「いいわ。といってもフィーネがやってたマナチャージができたら、後は近い要領でいけるから大丈夫よ」
そして、二人の魔法の練習が始まる。
……ゲームでは、殺し殺されという仲だった。
実力を競い合うが故の、同じ条件の火属性。
相手の成長を疎ましく思うことが普通だ。
だけど、今は同じ属性だから一緒に練習できる。
それは、仲が悪い故の同属性ではなく、仲が良い故の同属性。
設定された得意な属性の使われ方が、正反対の方向を向くのだ。
「……そうそう、そんな感じで」
「……マナッファイア! も、もう一度……!」
「そこはムカつく男を灰にするぞ! ぐらいの感覚で」
「か、却って分かりにくいですよぅ……」
私とシンディも本当の姉妹みたいに随分と仲良くお喋りしてきたけれど。
今のティナ姉とシンディは同じ目の色をしながら同じ魔法を練習していて、それこそ私とティナ姉以上に本物の姉妹みたいだ。
それが、どうしようもなく嬉しい。
「あ、フィーネほったらかしてごめ……って、何ニヨニヨしてんのよ」
「ううん、なんでもないよ。どうぞどうぞ」
「ふふっ……」
ティナ姉のことで悩み続けてきたからか、シンディもきっと私と同じ気持ち。
首を傾げるティナ姉も、すぐに「ま、いいわ」と気にしなくなった。
シンディは、それから数分で小さな火を使えるようになった。
魔法が発動した瞬間のシンディはそれはもう喜んじゃって、ティナ姉に勢いよく抱きついたのだ。びっくりした。
ハグされて「ひゃっ!?」と珍しく可愛い声で驚いたティナ姉の声に、シンディはすぐさま離れて平謝り。
そんなシンディに対して、ティナ姉は頭を掻いて目線を逸らせながら一言。
「……べ、別に嫌じゃないけど? そんなにやりたかったら、いくらやってくれてもいいけど?」
デレた。完全にデレた。
私の姉が可愛すぎる天使か。
シンディは一瞬きょとんとして、すぐにぱあっと笑顔になると、ティナ姉の胸に飛び込んでいった。今の笑顔やばい、男がやられたら瞬殺だね。
ティナ姉は恥ずかしそうにしつつも、シンディをハグし返しつつもソファに一緒に寝っ転がって、それから頭を撫でる。
なにこれ尊い。
天使の戯れか何かかな?
「えーっと……ま、よく出来たわね。アタシより筋いいんじゃない? クラスでもゼイヴィア以外には負けナシのアタシより強くなるわよ。クレメンズとか組み伏せちゃいなさい」
「それはちょっと……」
うおおい!? 仲が良かったら仲が良いで恋愛の邪魔しそうなキャラしてるなあ!
ティナ姉が積極的にフラグをへし折りにかかってきたので、さすがに私も止める。
「まあまあ、何ごともほどほどが一番だよ。仲がいいに越したことはないし」
「そーゆーもんかな? ま、フィーネがそう言うなら今日はこのへんで」
「はいっ! ありがとうございました!」
満足そうに、シンディは起き上がる。
……中等部三年のレヴァンティナは、最後の戦いで本気の殺意をシンディに向ける。
そしてシンディは、その力に本気を持って応える。
互いが互いの命を奪うために魔法を使う、本気の決戦。
一年分のハンデがあろうとも、貴族の血のハンデがあろうとも。
天才的なシンディの火魔法によって、レヴァンティナは灰にされる。
延々と『ブッ殺してやるゥゥ!』と叫んだレヴァンティナは、平民の後輩に追い抜かれた事実に沈みながら、最後に告げるのだ。
——学園に入れなければよかった。
それは、貴族としての嗜みであり義務でもある魔法を教えてしまったことへの後悔に他ならない。
シンディが火魔法を覚えなければ、無力な灰被り姫はずっと叩かれるだけの手伝いのままだったのだ。
そんなティナが、シンディに魔法を教えている。
こんなに温かい空間があるだろうか。
「……フィーネ、やっぱり今日は変だよ?」
「そうですねえ……どうしたんでしょう?」
「さあ……」
ティナ姉とシンディが、私を出汁に仲良く顔を見合わせて首を傾げる。
そんな姿を見て、再び私の顔が緩んだのは言うまでもないことだった。