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レイチェル:翌日の討伐と、あっけない結末と……

 緊急事態だ。

 まさかこんなことが起こるなんて。




 ペルシュフェリア家は、先々代からずっと続く魔道士の家系。

 私はその家に魔法学園のトップとして卒業し、皆の憧れであったメリウェザー様を射止めることに成功した。

 レイチェル・ペルシュフェリア。この家名を名乗る以上は、自分の強さに誇りを持たなければいけない。

 最強の妻は、最強でなければならない。


 その私が、しくじった。


 デビルボアを取り逃した。

 勝てる戦いだった。多少体力があろうとも、あれぐらいの魔物に負けるような鍛え方はしていない。

 だけど、今回は違った。生徒がいるのだ。

 特に……フィーネちゃん。彼女だけは、何が何でも守らなくてはいけない。


 あの、どこで育て方を間違えたのかというほどどこか達観したような、自分より頭の悪い相手を軽視し気味のゼイヴィア。

 いつかその自信満々の高い鼻が折れて丸くなるかと思っていたけど、結局彼より頭のいい同年代が現れることはなく、入学してしまったのだ。

 他の女の子に会っても、どこか冷淡というか……対等に見ていないような感じがするというか。

 アンヌの長女は、まるでアンヌとは正反対ってぐらい天真爛漫な子らしい。当然ゼイヴィアは、興味を示さなかった。

 まずいなあ……こんなふうになるなんて……。どこで間違っちゃったかなあ。


 そんな私の愚痴を聞いてもらう代わりに、アンヌの子育ての愚痴を聞かせてもらう。

 アンヌの問題は、フィーネちゃん。それはもう貴族らしい貴族というか、男好きでワガママな子供。

 お互いに面食いの子供を持つ身としては、なかなか将来が大変だ。だけどアンヌ自身は、フィーネちゃんのことは悪く思ってないみたい。


 そのフィーネちゃんは、突然大きく変わった……らしい。変わった後しか知らないから、なんとも言えないけど。

 でも、ゼイヴィアの顔が全然違うのだ。こちらはずっと見ているから変化はすぐに分かる。

 あのゼイヴィアが、女の子の、しかも年下のことを褒めている。その褒めた内容も間違いなく、頭が良くないとできない回転の速さ。

 知識と知能と魔力、全てをゼイヴィアが自分より上と褒めている。

 こんな息子、見たことない。


 私は思った。

 ゼイヴィアの相手には、もうフィーネしかいない。

 それを理解した瞬間は、長年付き合ってきたアンヌが女神か何かに見えたぐらいだ。

 フィーネ以上を望むというのは、それこそ学生時代の私やアンヌを望むようなもので、そんな存在が気軽に現れるとは思えない。

 っていうか、まず現れない。ゼイヴィア、初等部当時の私より圧倒的に魔法の扱い上手いし。

 でも……ゼイヴィアは言い切った。フィーネの方が上だと。

 この子はプライドが高いわけじゃなかった。本当に相手を純粋に上か下かで見ていた。

 だから自分より上の存在は、素直に褒める子だった。

 それを知って、私は益々思った。フィーネ以外ありえない。


 もしもフィーネを失えば……ゼイヴィアは、もう一生……。




 焦る気持ちを抑えつつ、森の奥を探す。

 私達が森の奥へと猪の姿を探して追いかけ始めた時には、もう猪の巨体は影も形も見当たらなくなっていた。追跡の手がもどかしい。

 溢れた血が道を作るも、草や葉が多くて分かりにくい。あの巨体なら足跡の方が目立つぐらいだ。

 どれだけ歩いたか。……途中から何故か横に大きく逸れていた。


 横に、移動した?

 何故……何故って、それは私達から逃げるため……逃げるためなら、直線に走るはずだろう。

 しかし、わざわざ距離が詰められそうな移動の仕方をしている。

 そこから導き出される答えは一つ。


 ——まだ、学生達を諦めていない。


 一瞬で背筋が凍った。

 デビルボアは、間違いなく後ろを狙っている!


「全員、戻るわ!」


 大きな声を出した直後、一人でも間に合うように他のメンバーを置いて走る。

 もしも、あの速度で迂回しているのなら……マギーには悪いけど、マギーの魔法でデビルボアを相手にできるとは思えない。

 私の防御魔法も、そろそろ弱まっている頃合いだ。

 間に合って……!


 学生達の姿を見ると、まずは全員無事なようで安心する。

 しかし、結局は振り出しに戻っただけ。学園の周りに、あの魔物がいることは変わらないのだ。


 結局その日は、そこで解散。

 私はちょっと頼りにならないながらも頑張ってくれた先輩達にねぎらいの言葉をかけ、旦那の頼もしい後ろ姿を思い出していた。



 翌日早朝、約束通りメリウェザーと一緒に学園へと出向く。

 そこには既に、学園正門で腕を組んでいるアンヌがいた。


「トライアンヌ様。このようなところで再びお会いするとは」


「メリウェザー様も。折角皆での登校となると、もう少し昔話に話を咲かせたいところですが……」


 アンヌがこちらを見る。

 その目は娘の自慢をする最近のママの顔じゃない。


「まさか『台風』が取り逃すなんてね」


「その恥ずかしい二つ名まだ覚えていたの?『氷の夫人』さん」


「そっちだって覚えてるじゃない」


 今アンヌが言った『台風』が、私の学生時代のあだ名だ。

 アンヌの学生時代が『氷の淑女』だったように、私もそんな名前をもらってしまった。

 ちょーっと不良に絡まれたから、ちょーっと風魔法で取り囲んでいた全員を吹き飛ばして丸裸にしたぐらいなのにね。


「夜通し見張ってくれていた人もいらっしゃるわ。話によると、まだ森の中。すぐに向かいましょう」


 アンヌの言葉に私達は頷くと、すぐに目的地へと出向いた。

 デビルボア。これだけのメンバーが集まったのだ、今度は負けるわけにはいかない。


 学園の外壁から森に入ると、ちょうどそこには学園長がいらっしゃった。

 久々に会う姿に、メリウェザーが声をかける。


「学園長、ご無沙汰しております」


「あらあら、黄金世代が揃ったわね」


 私達を見て、満足そうに頷く学園長。

 黄金世代というのは、私達三人のこと。魔道士団団長と、その彼の隣を競い合った私とアンヌは、今や国でも有数の魔法使い。

 団長のメリウェザーは、普段から外回りの討伐をやっている。今回はたまたま家に戻ってきていたので本当に助かった。

 

「この辺りにデビルボアなんて信じられないけど、レイチェルが言うのなら間違いないわね」


「はい、以前見たものと同じでしたから」


「もちろん昨日の報告を疑っているわけではないですよ。しかし……本当に、どこから来たのかしらねえ……」


 学園長の呟きに、皆押し黙る。

 ……まったく、どうしてこんなことになったのかしらね。


 私達はそれぞれ一人一人がデビルボアを相手にできるぐらいには強い。

 それでも、念のために皆で一緒に行動する。

 絶対に犠牲者を出さないように。そして何より、見つけた段階で確実に仕留めるために。




 ——が、意外なことにあっさり事件は幕切れを迎えた。


「えーっと……これ、よね?」


 アンヌの戸惑い気味な声に、私は「たぶん……」と頷く。


 デビルボア、死んでた。

 なんか血とか抜けきったのかわからないけど、完全に倒れていた。


「……はーっ、結局『台風』が倒しきってたんじゃない」


「で、でもあのときは勢いよく逃げたのよ! 本当にぴんぴんしてたんだから!」


「その結果が、この出血多量での死体と」


 うーん……本当に私が倒しちゃったのかな。

 まあデビルボアが二体居る可能性は低いし、攻撃した個体がこれなら私が倒したということなのだろう。


「あーあ……とんでもない恥を掻いちゃったわね。みんなにも迷惑かけちゃったし」


「いえ、レイチェルがやってくれたのならそれに越したことはないわ。何より、みんなが無事だったんだもの」


 学園長の言葉に気が楽になり、デビルボアへと近づく。


「まったく、とんでもなく人騒がせな魔物だったわね」


 最後にそうぼやいて、皆にも討伐完了を伝えるためにすぐに戻った。

 待機してくれていた人達にも話を通して、今日は無事に解散となった。

 あーよかった、逃げられたりしなくて……。




 最後に報告のため、学園長室に私とメリウェザーが残った。

 アンヌはすぐに娘達の様子を見たいとのこと。あれは……新婚の旦那さんのところに寄っていく顔ね。

 随分と可愛くなっちゃって。


「まずは、お疲れ様でしたね。メリウェザーも手間を取らせてごめんなさい」


「いえ、構いませんよ。妻の活躍が見られてよかったです」


 も、もうっ! 恥ずかしいことさらっと言っちゃうんだから!

 あーもー、少しはお淑やか系を目指してるのになー。あれだけ頭が良くて謙虚一辺倒なフィーネちゃんみたいな。


「それにしても、見事でした。風魔法を使った、相手の徹底破壊」


「はい、恐縮です」


「特に脚を潰していたのは素晴らしいわね」


 ……ん?


「脚を、ですか?」


「あなたがやったのよ。あの魔物は既に脚が破壊されていたとすぐに分かったし、目も潰れていた。身体の血もほとんど空になっていたことから、相当なダメージだったと思われるわ」


 そんな、だって。


 だって私は、すぐに走って追いかけたのに取り逃したのだ。

 あまりに猪の脚が速くて、追いつけなかった。

 まだまだ全然ダメージは与え足りていなかったぐらいなのだ。

 だから、脚が折れているはずがない。


 先日とは全く違う、未知のものへのぞわりとした感覚が背中を襲う。


 デビルボアは倒された。

 それも私の比ではないほどの、圧倒的な暴力をもって。

 その上で学園長が私と間違えるということは、きっと攻撃手段は風魔法のはずだ。


 だけど、私じゃない。

 それは私が一番よく知っている。




 ——じゃあ、一体誰が、あの強大な魔物を徹底的に破壊したというの?




 一瞬、息子が夢中になっている可愛らしい女の子の顔が浮かぶ。

 そして、あまりにも荒唐無稽な想像に頭を振る。

 あの子は初等部で、しかも一年生だ。さすがに考えとしては馬鹿げている。


 そう、さすがに有り得ない。

 いくらアンヌが優秀と言っていたとしても、それは有り得ない。


 ……有り得ないわよね?

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