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アンヌお母様の一面、シンディの一面

 猪が現れた情報はすぐに学園内に知れ渡り、すぐに警戒態勢が取られた。

 学校から家に帰ると同時に、レイチェルさんはゼイヴィアとともに帰宅し、マーガレット先生は私とシンディ、そして合流したティナ姉についてきた。


「えーっと、何故私たちと……?」


「あなたたちの護衛もあるけど、私はアンヌに会いに行くのよ」


 あ、納得。

 あのデビルボアの討伐となると、当然強い魔道士が必要になる。

 その中で名前を挙げる場合、レイチェルさんのライバルであるアンヌお母様を外せない。


「レイチェルさんも、恐らく旦那様であるメリウェザーさんを連れてくるはずだと思うわ。特にこの王国領近辺で出没したというのが恐ろしいから」


 王国の魔道士総動員である。

 そりゃそうか、この辺りは王国の中心部でもあると同時に、平民の街が多い場所でもある。

 同時に貴族子女が集まる学園に恐ろしい魔物がいるとなれば、他の大人達も放ってはおけないだろう。


 ——まあ、もういないんだけどね。


「とりあえず、明日の学園はお休みというのは聞いたわね。三人とも、必ず家で大人しくしていること」


 私とシンディが黙って頷き、ティナ姉が「はぁい」と気怠げに返事をする。

 不真面目そうだけど、こういう言いつけはきっと守ってくれるだろう。




 家に帰って、すぐにマーガレットさんはアンヌお母様に詳細な話を始めた。


「……デビルボアが来ているの!?」


 さすがアンヌお母様、すぐに名前を言い当てた。


「あの魔物は南のダンジョン付近でしか見たことがないわ、見間違いじゃないの?」


「レイチェルさんの魔法で、私のクラスの上空を飛び越えましたよ。とても見間違いとは思えません」


 アンヌお母様が私達を見るので、私とシンディは頷く。あれは大迫力だった。

 さすがに私達まで嘘を吐いてるとは思わなかっただろう。事態を重く見たアンヌお母様は、マーガレット先生に明日朝一番で出向くことを伝えた。

 マーガレット先生もそれに安心すると、その情報を伝えに家から退出する。


「大変なことになってしまったわね。みんな無事だったのね?」


「レイチェルさんが防御魔法を使ってくれたので、すごく大きい猪が二回空を飛んでいきました。突進してきても、全然当たらないんです。みんなの前に立って、かっこよかったです」


 あ、お母様若干悔しそうな顔してる。

 レイチェルさんは、アンヌお母様を下した同世代最強の魔法使い。未だに魔法を見せていない継娘の賞賛の声に、対抗意識を燃やしているのだろう。

 さすが情熱のアンヌ。私が勝手に呼んでる名前だけど。


「とりあえず、みんなが無事で良かったわ。あとは私が倒し切るから、安心していいわよ」


「倒しきる、ですか? レイチェル様も取り逃がしてしまって、とても強い魔物だと思ったのですが……」


「私は一度、倒したことあるわよ」


 ハイ決定、めちゃめちゃ対抗心燃やしているわアンヌお母様。

 シンディもお母様の発言に「す、凄いです……!」と言い、お母様は満足げだ。

 やっぱ結構かわいいところ多いですよねこの人。


 その日の話はそこで終わり、食事を食べてあとはお休みするのみ。

 少しの自由時間で、あとは就寝するのみ。




 私は、部屋に戻ってベッドに……入らず、椅子に座って足を組む。


「……何故?」


 家に帰ってきてからも、部屋に帰ってきてからも……もっと言うと、倒している最中でも、私の考えていたことはずっとそのことだけ。


 ——何故、デビルボアが現れた?


 ゲームのシナリオ通りではないことも、攻略ルート通りでないことも分かっている。

 それにしても……この展開はあまりに異常だ。

 ゲーム序盤にデビルボアが現れたら、クソゲーもいいところだぞ。


 今までとの変更点。

 いくつかある細かい変更点のうち、一番大きいのはやはりエドお父様がまだ生きていることだろう。

 だけど、今回の魔物の襲撃とエドお父様は直接関係がない。


 ならば、狙いはシンディ。

 エドお父様が生きていることにより、シンディが狙われた。


 頭を働かせる。

 この襲撃は、山賊の襲撃が関わっている。山賊が、というより、山賊に指示を出した何かが、だ。


 ただ……何か、頭にもやがかかっている。

 肝心なところで手から何かが零れ落ちるような、もどかしい感じだ。


 それでも、一つだけ。


 もしも、また襲ってくるというのなら構わない。

 私はいつでも、どこでも、シンディの隣にいる。

 何が相手でも、絶対にシンディを守ってみせる。


 ——コンコンと鳴るノックで、私の意識は思考から引き戻された。


「フィー姉様、まだ起きていらっしゃいますか?」


「シンディ?」


 夜に部屋へとやってきたのは、シンディだった。

 シンディは時々、私の部屋にやってくる。なんだか本当に懐かれちゃってるなあ。

 恐る恐る扉を開けて、何故か後ろを確認しながら入ってくる。……もっと堂々としていいのに、どうしたんだろ?


「何かあったの?」


「何か、といいますか……えっと、その……」


 シンディは扉をしっかり閉めて、一旦扉に聞き耳を立てて……恐らく外に誰もいないことを確認して、私の近くまでやってきた。


「……どうしたの、一体。なんだか仰々しいというか」


「……フィー姉様」


 ますます近くに寄り、至近距離にシンディの赤いルビーのような瞳が映る。

 な……何だ?


「私は、フィー姉様のことを信じています。すぐに帰ってくると言って、実際すぐに帰ってきました。その上で聞きます。……フィー姉様、あの猪を倒したのではないですか?」


 ——ッ!?


 私が驚きに仰け反ると、シンディは「やっぱり」と小さく呟いた。

 今の私の反応、明らかにイエスって答えてるよね……。


 そんな私を見て、シンディは小さく首を振る。


「大丈夫です、誰にも言っていませんし、秘密にしています」


「う、うん……でも、なんで分かったの……?」


「そうですね……あれほど強力な魔法を使いこなしたレイチェル様のマナチャージが、明らかにお姉様の劣化版であることはもちろんですし、お父さんを助けに行ったときに魔法を使ったことなど理由はいろいろあるんですけど——」


 すっごくいろいろ分析してた。

 そりゃそうか、平民上がりでありながら授業についてきているシンディの学習能力は半端なく高い。

 ぼーっとしてると、高等部の時には追い抜かれかねないぐらい。


 一瞬、ゼイヴィアの顔を思い浮かべた。

 もしもシンディが、私より成績が上になったら、勝てる要素マジで皆無だ。

 ……気合いを入れ直そう。


 そしてシンディは一旦切った言葉の続きを繋いだ。


「——フィー姉様なら、やってくれるって思ったんです」


 それは、あまりにもストレートな信頼の証だった。


 私、ティルフィーネなら大人達が倒せない魔物でも倒せる。

 あまりにも荒唐無稽な話。それをシンディは、私に対して自然と感じている。


 ……うう、まずい。

 恥ずかしすぎて頭がかゆい。


「あ、ありがと……そんなに信頼してもらえると、本当に嬉しい……照れるなあ……」


「もっと威張ってもいいぐらいなのに、そこで遠慮しちゃうのがフィー姉様ですよね」


 遠慮しているつもりはないよ。

 ただ、傲慢になったら本当に死亡フラグが見えるから保身でびくびくしているだけだよ。


 ……なんて言い訳も、そろそろ無理があるか。


 シンディを守るためなら、迷いなく全ての知識と反則を総動員して、本気の力を振るっているだけなのだ。


「でも」


 と、シンディの口は逆説となる接続詞を紡ぐ。


「私も、フィー姉様に命を賭けて守ってもらってばかりなのは、やっぱり嫌です。私も命を賭けてでもフィー姉様を守りたい」


 ……!

 今、作中では殺し殺されの仲だったシンディが、私に対して命を賭けてでも守ると……。

 そんなに、私のことを……。


「だから、明後日からも魔法の勉強、よろしくお願いします。これをフィー姉様に教えていただくのは間違っているような気はするのですが、それでも私だって、フィー姉様に教えてもらうのが一番だと分かっているのです。お願いします」


 頭を下げるシンディ。

 そのつむじと天使の輪を見ながら、私はこの少女の高潔さに感銘を受ける。


 ノブレス・オブリージュ。ブルーブラッドたる貴族が、力を持って平民を守る。

 しかしこの子は、平民でありながら自分より強い貴族わたしを守るために頭を下げるのだ。


 きっと、この子のためにも、強くさせることが一番彼女自身の心の支えになるだろう。

 それに襲撃から身を守るためなら、本人が強くなっていることそのものが安全にも繋がる。


 シンディの手触りのいい髪を、私はゆっくり撫でる。


「……もちろん、だよ……。シンディは、私にとって本当に大切な存在。きっと私以上の魔法使いになるよ」


「フィー姉様……ありがとうございます……!」


 悪役令嬢わたしを殺す、主人公シンディのレベリング。

 それを私が行うのだ。ちょっと前なら考えられないような自殺行為。


 それでももう、分かるのだ。

 シンディは、絶対に私のことを殺さない。

 それどころか、ずっと隣にいて守ってくれる。


 だってこの子は、ゲームの悪役令嬢フィーネじゃなくて、私がずっと見守ってきたシンディだ。

 その内面は、誰よりも私が一番知っている。


 私はもう一人ではない。

 主人公シンディとともに、まだ見ぬ敵へと挑むのだ。

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