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『シンデレラ・ストーリー』の認識と差異、それを受けた私の決意

 学園長のお話を聞いた後。

 帰宅する途中に、ゼイヴィア達と出会ってしまった。


「フィーネ」


「ひゃうっ!? ぜ、ゼイヴィア様……!」


 さっきの学園長とお話をした直後だから、意識してしまう……!


「おおっと、脅かせるつもりじゃなかったんだよ、ごめん」


「いえ、私の方こそ失礼な反応をしてしまい申し訳ありません」


 私の返事に、少し困ったように笑うゼイヴィア様。

 し、自然に自然に……!


「ちょうどゼイヴィア様の話題が出たので、驚いてしまいまして」


 あーっ! なんでここで自分で掘り起こすかなあ!?

 完全に私テンパってる。


「僕の話題? 誰と話したんだい?」


「あ、あまり詳しいことは言えないのですけど、その、学園長と……」


 ゼイヴィアは驚きつつも、さすがに出てきた名前に首を傾げる。


「そう言うのならあまり詳しくは聞かないけど、学園長が僕の名前を出したということ?」


「話の流れで……私から出ただけで……あの、そのうち分かると思いますので、し、失礼しますっ!」


 これ以上喋るとボロが出てしまいそうなので、ゼイヴィアを振り切って教室に戻る。

 あーもーはずかしー……。


 ああでも、この話って結局お母様とレイチェルさんに行くのかもなあ。

 ……何か大切なことを忘れているような気もしたけど……それより早く教室に戻ろう。




 下校時刻、いつものように私は隣の義妹と帰っている。

 魔法の授業以降、シンディは自分の手の平を見つめながらぐっぱーぐっぱーしていた。


「私が、火の魔法を……」


 その小さな呟きから、火属性を得た自分が魔法を使うことを意識しているみたいだ。


「シンディ、何か悩んでいる感じ?」


「あっ、フィー姉様。……ええっと、そう、ですね。お父さんも使わなかった魔法を、私が使えるようになるということがまだ実感湧かなくて……」


 そうか、みんなと同じ年齢のシンディだけど、この子だけは元々平民なんだ。

 魔法というものを使う貴族の世界とは、違う世界に生きてきた女の子だもんね。


 今までの価値観を大きく変えなくちゃいけない。

 だけど、何も力を持たないよりは、ある程度自分を守れる力があった方がいいってエドお父様も思うはず。

 親の気持ちになったら、というのを同い年の私が考えるのも不思議な感じだけどね。


 ……そういえば、元ネタであるシンデレラも、ずっと掃除ばかりで灰を被る女の子だった。

 それが王子様に見初められて王宮暮らしになるのなら、当然シンデレラは掃除洗濯料理というキャラじゃなくなるはず。

 眠り姫や塔の姫、野獣の妻などに比べて、シンデレラほどプリンセス後の世界の差が大きいキャラもいないかもしれない。


 見違えるほどの変化。

 人はこれを『シンデレラ・ストーリー』という。


 もしかすると……シンシア・トラヴァーズは、シンデレラを元にした女の子だけど。

 その変化の本質は、王子様と結ばれる瞬間ではなく、キングスフィア王立魔法学園に入ったところかもしれない。

 そもそも、誰を選んでもハッピーエンドなのだから。


 だから、きっと彼女は、その『シンデレラ・ストーリー』の分岐点を過ぎたのを理解したのだ。


「私、魔法使いになって……貴族の一人になって、王子様ともお話しして……本当に、去年からは考えられないぐらいの変化です」


「うんうん、やっぱりこの瞬間だよね」


「でも、一番の変化は違います」


 あれ? シンデレラ・ストーリーの話を思い出していたら、何故かシンデレラご本人であるはずのシンディに否定された。

 ってことは、それ以前に変化でも訪れてたってことかな?


 私が首を傾げると、シンディはくすっと笑って、私の目をまっすぐ見据えて宣言した。


「一番の変化は……姉妹が出来たことです」


 ……!


「フィー姉様が私に優しくしてくれなかったら、きっと魔法の授業も劣等生として恥を掻くだけだったでしょう。教室だって、どれほど嫌味を言われるか……」


 あっ、シンディ気付いてる、全部気付いてる。


「同じクラスなのも偶然とは思えませんし、それに他のご友人とお話をしに行く時もありましたけど……多分、私に対して好意的な反応ではないのかなと」


「そ、それは違うよ」


「すみません、盗み聞きするつもりはなかったのですが……少し聞いてしまいました」


 えっ……あの会話を……!?


「フィー姉様は、昔は今と全然違う性格だったと。だから私と仲がいいこと自体に驚いたとルビーさんが仰っていました。男の話ばかりで女性の名前は覚えない、付き合いづらい人だと」


「……う、うん……そう、だね」


 客観的に聞くと、ほんっとーにクズ令嬢ですね……。


「……でも」


 私の様子を見て、シンディが今の話を否定するように首を横に振る。


「フィー姉様は私が初めて会った瞬間から、私を受け入れてくれるフィー姉様でした。私に魔法を教えてくれて、料理を作ってくれて、ティナ姉様との間に立ってくれたり、極めつけはお父さんを助けてくれて。だから——」


 道の途中で立ち止まり、私も止まる。

 そしてシンディは、深く深く頭を下げた。


「——ありがとうございます。私の会ったフィー姉様が今のフィー姉様でよかった。私の人生一番の出来事は、間違いなくフィー姉様の妹になれたことです」


 ……。

 なんなの、もう……。

 そういうこと、どうしてさらっと言えちゃうかなあ……。


「……」


 私は無言で、頭を下げるシンディを抱きしめた。


「あっ……」


「私の方こそ、シンディのお陰でキングスフィア家とも繋がれそうだし、クラスで孤立しなさそうだし、何より家事はずっと助かってるし……本当に、嬉しいんだから」


 シンディとハグをしながら、ゆっくり頭を撫でる。


 ゲームのフィーネを思い出す。

 フィーネはスザンナに命令して、廊下で足払いをして倒れたところを笑いものにするのだ。

 ルビーに命令して、授業の本を中庭に捨てるのだ。

 森の中では魔物を釣り上げて、まだ初心者のシンディに魔物をぶつけるのだ。


 私は知っている。

 シンディの方が、ずっと優しいことを。

 あなたは本来、泣いて、泣いて、我慢して、我慢して我慢して我慢して——その果てに怒って。

 怒りながらも——最後は憎むべき復讐相手フィーネの灰を見て泣くのだ。

 それぐらい、シンディはどこまでも優しい女の子なのだと。


 だから余計に思うのだ。

 こうして気持ちをもらえる今のこの瞬間が、どれほど特別か。


「……ちょっと伸びたね。こうやってお姉ちゃんぶれるのもすぐに終わるかもしれないけど、今後も頼りになるお姉ちゃんでいられるよう頑張るよ」


「既にもう頑張りすぎですよ、これ以上先に行かれると一生追いつけなさそうです」


「じゃあ一生追いかけてね」


 私のちょっとした宣戦布告に、シンディは一歩離れてくすりと笑いながら「はい」と返事をした。

 今日一番の、眩しさすら感じる明るい笑顔だ。




 改めて思う。

 私の意思で、この子を守りたいと。


 魔法に関して、ゲームになかった秘密を知ったのだ。

 この私、ティルフィーネ・トラヴァーズは特別な才能があると。

 ならば……ゲームに存在しなかった全ての才能を開花させるためには、もうルートも設定も存在しない部分を、私が自分の力で切り開いていくしかないと。


 エドお父様が狙われた。

 そして抹殺は、未遂に終わったのだ。


 その時点で大きな分岐が始まっている。

 きっと、今後も……。


「誰にも負けたくないなあ」


「それフィー姉様が言っちゃいます?」


 言っちゃうよ。

 だって私は、もう悪役令嬢じゃない。

 何の目標もないような、敵キャラじゃない。


 一番の味方である、シンディのお姉ちゃんなんだからね。

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