悪役令嬢の母親と、ふと湧いた疑問
階段を降りる姉の足音に続き、私も階段を降りる。
玄関先にいたのは、ゲームに実装されているよりも幾分か若い……若いっていうかほとんど大学生ぐらいの年齢にしか感じない、トライアンヌの姿があった。
そりゃそーだ、ゲームで実装されるのは、もう少し後。
シンディが家に来るより若い姿に決まっている。
それにしても……いや、確かに二人のJKの母親にしては若い美魔女未満だなって感じだったけど、一体年いくつぐらいで生んでるんでしょーね。
ティナ姉は、帰ってきたばかりの母親に抱きついている。
その姿は仲睦まじい親子という感じで、見ていてほのぼのしてくるね。
と、そこでアンヌがこちらを向いた。
……あ、ひょっとしてこれ、私も抱きつかないと不自然だったりする流れですかね?
私はおずおずと近づき、じっとこちらを見ているアンヌと目を合わせる。
かっこいい二つ名に似合うだけあって、ツリ目に青い口紅の似合う若いシングルマザー。
その手首を、遠慮がちに掴む。
「えっと……お帰りなさい、アンヌお母様」
なんとか声を絞り出して、自然に、自然にと目を合わせて帰りの挨拶をする。
うう、緊張する……。
アンヌお母様は……なんか、すっごく驚いていた。
目を見開いて、私の顔をまじまじと見ている。
え、あれ? もしかして私、普段こんな対応してない?
そんな私の迷いを助けてくれるのが、今は頼りになるティナ姉。
「ね、ね、お母様。フィーネ、突然すっごくいい子になったんだよ!」
「あ、あら……そうなの?」
それからティナ姉は、アンヌお母様の前でさっきの会話を再現する。
……じ、自分で言ったこととはいえ、改めて聞くと恥ずかしいな……。
アンヌお母様は「そう、なの……」と驚いたように返事をし、私の方を向く。
「何かあったのかしら。でも、初めて帰宅の出迎えをしてもらえるとはね」
初めてだったの!? そりゃ氷の夫人も驚くよ!
もうちょっと母親を大切にしてあげようよフィーネ!
なるほど……そりゃびっくりするわけだ。
普通にお出迎えしたことそのものが、アンヌお母様にとっての一番の驚きニュースになってしまっていた。
穏やかな表情で、少し遠慮しがちに私の頭を撫でる。
シルクの手袋がおでこにあたって、すべすべした感触と体温低めのアンヌお母様の手が重なって、控えめに言って非常に気持ちいいです。
「……え?」
何か気付いたのか、アンヌお母様は手袋を脱いで、私のおでこに直接手を当てる。
そしてお腹に……あ、なんとなく分かった……。
「フィーネ、あなたもしかして、魔法の練習をしたの?」
「えっと、はい、勝手に読みました、ごめんなさい……」
勝手に進めて怒られないかとびくびくしたけど、むしろアンヌお母様はしゃがみこんで私と目線を合わせた。
「構わないわ、元々フィーネの部屋のものは、フィーネに読んでほしくて置いているのだから」
あ、そりゃそっか。読ませたくないのなら、普通は隠しているものね。
「魔法の練習は、続けたい場合はいくらでも自分で続けて構わないわ」
「分かりました、アンヌお母様」
とりあえず、危なそうなところは切り抜けた……と思う。
この家族で私の第二の人生が始まる……始まるんだよね。
トラヴァーズ家の、次女。
ティルフィーネ・トラヴァーズという魔法使い未満の女の子。
これからの人生を共にする肉体。
まずは、第一目標。シンディには絶対優しくする。
元々の性格が悪い子ではないのだけれど、敵対者は燃やしちゃうだけあってやるときはやる子だ。
このゲームのシンデレラは、やられっぱなしのお姫様じゃない。
あと数年ぐらいだと思うけど、その時にアンヌお母様が再婚してシンディが家に来る。
それまでに、ある程度私自身の魔力も高めておきたい。
まだ魔法というものを実感したことがない身。どこまでできるかはわからないけど……頑張ってみよう。
だって、シンデレラにとっては私もお姉ちゃんだものね。可愛い妹は守ってあげなくちゃ。
まあ妹という意味で言ったら、レヴァンティナより遙かに年上ではあるんだけど……。
……そういえば。
当然のことながら、この『グレイキャスター・シンディ』はシンディ視点で物語が進んでいく。
だから、実父がアンヌお母様と再婚して、その日からのトラヴァーズ家だけシンディ視点で見ているわけだけど——。
——そもそもどうして、この家には父親がいないんだろう?