授業と放課後、魔道士としてのそれぞれの成長
それから一ヶ月。
魔法の授業は、私が想像しているより遙かにシンプルなものだった。
マナチャージをやってちょっと動く。
マナチャージをやってちょっと動く。
マナチャージをやってよろよろと立ち上がる。
みたいな授業が、ずっと続いている。
これ授業になってます? なんてものだったけれど、これがまたうまくいかない。
本当にマナチャージって、使いこなすのが大変な魔法みたいだ。
ちなみに先生、私の呼吸法を真似して息を吐く練習みたいなのを皆にさせていたけど、うまくいかなかったのか誰も立ち上がらなかった。
やっぱ放課後集まった私の生徒組は優秀なんだなあ。
ちなみに、二人を誘った放課後はすごい反応だった。
『ちょ、ちょっとフィーネ……! クレメンズ様がいらっしゃるなんて、聞いてないのだけど……!』
『スザンナ、待って、待って。あれ、隣、メリウェザー様の長男。ほら、宮廷魔道士団団長の人。3年より優秀って噂の、2年トップ』
『もう一人も、随分とまあ美男子ですわね……』
体育館の入口で中を覗きながら、訴える取り巻き二人。
まあ悪役令嬢の一番下の下っ端なんてやってるだけあって、こういう場面には一番縁ないはずだよね。
ていうか攻略対象が三人も同時にいるのか。これゲームですらなかなかないシチュエーションですね?
『本当に、男を狙ってるわけではないのですわよね?』
『むしろ三人ともあっちから来たんだけど……』
『……そういえば、あなたが教える側だったのを忘れておりましたわ』
そんな調子で皆と合流して、マナチャージの練習を始めた。
二人はとにかくちらっちらクレメンズの方を見ていて、クレメンズは鬱陶しそうにしていた。
……なるほど、玉の輿狙いでガツガツ来る女の人がみんな苦手になったっていう理由、分かる気がする。
こういう貴族令嬢からの視線が苦手なわけか。
そして当然、この場にマーガレット先生がいることも驚いていた。
マーガレット先生もマーガレット先生で、新たに生徒が増えることに驚愕。
先生は、二人に秘密にしておいてほしいとかなり必死に頼み込んでいた。
頼りになるお助けキャラであったマーガレット先生のゲームでは見られなかった一面は、完全にぽんこつ可愛い系である。
やっぱり取り巻き二人同様、設定で語られてない部分は分からないものだなー。
というわけで、今日もマナチャージをやった状態で歩く練習。
少し慣れてきた人は小走り。
倒れそうな人は先生が一緒につきっきりで歩く形。
ちなみに私もシンディもメルヴィンも、手助けする側だ。
「そろそろ大丈夫そうね」
「はい、今のところもう倒れたままという人はいないです」
先生の話によると、これぐらい時間がかかるのは毎年のことらしい。
それを考えると、やっぱり最初の段階で大丈夫だったメルヴィンやシンディはとても優秀なのだ。
その翌週ぐらいだろうか。
ようやく皆、誰の補助もなく歩けるようになってきた。
皆の様子を見て満足そうに笑った先生は、授業が終わった後に皆を褒めた。
「凄いわ、みんな。本当に凄い。今年は自慢の生徒ね」
初日の雰囲気はどこへやら、マナチャージを歩きながら使って呼吸も乱れていない先生の余裕のある姿に、どこか釈然としない様子のクラスの劣等生。
そんな皆を見て、先生は続ける。
「私は、全然できなかったのよ。本当にクラスでは一番下で、今のみんなぐらいになるのに、五ヶ月かかったの。ダメダメよね。ゼイヴィア君のお母さんなんて、初日は倒れていたにもかかわらず二日目にはもう歩き出していたの。焦ったわ〜」
ざわざわとし出す生徒達。さっきまでむすっとしていた子も、先生の駄目っぷりに笑い出す。
……自分の失敗談を皆を和ませるために使えるのって、凄いことだ。
少なくともマーガレット先生は、先生としてはもちろん魔道士としてもプライドがあるから、今も魔力を向上させようと入学したての私に教えを請う形を取っているのだ。
そのためなら、私に頭を下げることもできる。
とても心の強い人だなって思う。やっぱこういう人って応援したくなっちゃうな。
あとレイチェルさん、お母様より優秀と聞いていたけどやっぱり相当凄まじい魔道士っぽいね。しかも話を聞くからに、予習なしで一気に成長していける天才タイプ。
「本来なら、三ヶ月から半年ぐらいは見た方がいいんだけれど……今のみんななら、もうすぐにでも大丈夫なぐらい。念のためあと半月以上は待つけれど、六月に予定を入れましょう」
予定……という言葉に、私は予感を覚える。
マナチャージを全員が安定して出来るようになったら、やることは一つ。
「その時に、みんなの属性を見ます」
本格的な『魔法』の世界の始まりだ。