授業を聞きながら、自分のことを考える
私と他の生徒(と何故か先生)との奇妙な関係が始まった。
普段は、普通に授業を受ける。
さすがに初等部の勉強は、難しい問題なんて出ない。
特に今は入学したてだし、それに授業の時間自体もそこまで長くはないもの。
登校時間が遅く、終業時間が早いのだ。
あと、いくつか授業を受けた中で驚いたことがある。
「この文字は、数字の『いち』です。『よん』から変わるので、気をつけて覚えてください」
黒板に、一、二、三、四と漢字が書かれる。
……そう、漢字の授業があるのだ。
当たり前といったら当たり前だけど、私は『異世界』転生であるけど『全く知らない異世界』ではなく『ゲーム世界の異世界』に転生したのだ。
それも『日本産ゲームの異世界』という形。
だから、ずっと日本語を喋っているし、本も英語で書かれていない。
……そりゃ英語が母国語の世界に9歳で転生していたら、間違いなくヤバいことになるだろうけど。
だって英語圏の世界で急にティルフィーネが日本語という謎の言語を語り出したら、間違いなく変なものにフィーネを乗っ取られたと思うだろう。
——乗っ取り、という意味では私もそうではあるのだけど。
ただ、このまま行っても死ぬだけということを考えると、悪い乗っ取りにだけはならないように気をつけたい。
フィーネ当人がどう感じるかは、もちろんある。
だけど……死んでしまったら元も子もないじゃないか。
それに、思うのだ。
もしも、本来のフィーネを戻せるとしたら、私は戻すか。
その答えには、明確にNOを突きつけたい。
理由は……今の家族の表情。
かつてゲーム中では最後までシンディという主人公が得ることの出来なかった家族の笑顔が、私の胸に突き刺さる。
この世界を、現実と見るか、作り物と見るかといえば。
間違いなく前者であり後者だ。性格はシナリオライターが作ったものだから、全てが自然発生したものではない。
強く、意識する。
先に他者の性格を、知っているという自分のこと。
それは、行き過ぎると不気味にすらなるはずなのだ。
会話したことがないのに性格を知っているなど、相手にしたらたまったものではないだろう。
私だって会話する相手が相手の心を読む覚り妖怪だったりしたら、喋ることすら怖いに決まっている。
ずっと、考えている。
物語の展開の先を、知っているという自分のこと。
未来をある程度予測できるというのは、どう考えても魔法世界だろうと普通のことではない。
あの日、エドお父様を助けた言葉が、アンヌお母様に怪しまれていたらと。
それどころか、既に疑問を持たれているのかもしれないと。
もしアンヌお母様に疑問をぶつけられたら、その時は——。
「——フィーネさん?」
「あっ、はい!?」
「もう、ちゃんと聞いていたの? この文字の読みは?」
「えっ!? あ、『おう』ですね」
「……正解です。予習はいいですけど、ちゃんと授業は受けてくださいね」
うう、マーガレット先生に怒られてしまった。
いくら簡単で退屈とはいえ、真面目に聞かないのはやっぱり失礼だよね。
というタイミングで、鐘が鳴った。
「それでは、今日はここまで。ちゃんと書き取りして、覚えていってね」
先生の授業が終了。
洋風ファンタジー世界で漢字の書き取り宿題が出るという不思議な世界観のまま、授業が終わるのであった。
これはなかなか勉強し甲斐があるかもしれない。
面白いのは、歴史の授業だ。
算数や理科に比べて、明らかに自分の知っている常識ではない。
ここは本当に、一年生気分で学べるから楽しい。
「魔法を生み出した存在は神様と言われているけど、その魔法をまとめた人物は現在も謎なの。でも、誰かが本を書いて、私達は魔法を使うようになったのよ」
きっとまとめた人物はシナリオライターかプランナーか、ゲームバランスを調整した人だと思う。
メーカーイズゴッド。これはオタクの共通認識ね。
「最初の本である『賢者の書』の複写を、世界中で解析したわ。みんなが使う教科書が、そのうちの一つよ。だから、今の世の中の仕組みは、その賢者様によって成り立っているの」
それでも、さすがに話のスケールが大きくなってくると、ちょっと内心苦笑いもしてしまうというもの。
「もしかしたら賢者様は一人じゃなかったのかもしれないとも後々の研究で考えられているわ。だからみんなも、どんな魔法でもその一つ一つが、一人の人生を使って作られたものと考えて、大切に学んでいくのですよ」
制作者、さすがにそこまでは考えてなかったと思うよ。
◇
次の週が始まった。
意識して授業に集中するようにしていたからか、それまですっかり頭から消えていたことを目の前の光景を見て思い出した。
「おはようございます、フィーネ。授業態度も真面目なようですわね」
「時々ぼーっとしてるけどね」
スザンナがいる。
それと、隣にはもう一人の眼に隈作ってそうな独特の暗いオーラの女の子。
髪と目は、ルビーというよりブラッディな赤黒さの、ちょっと残念な雰囲気の女の子である。
そう、悪役令嬢の取り巻き二号、ルビーである。
「あ、あの、フィーネ、ですよね……?」
「はい。その節はご迷惑をお掛けしたようで申し訳ないです。ルビー、で合ってるよね」
「…………」
ルビーが私をじーっと見ている。
と思ったらスザンナの方にアイコンタクト。スザンナが頷くと、ルビーは再び私の方を向く。
「あの、あのですね、今日、お昼、一緒に、どう、ですか?」
おお……ルビーから私を誘い出してくれるなんて。
「いいよ。私も何かお話しできたらなと思ってたから嬉しい」
「…………」
再びスザンナの方を向くルビー。
今度はおかしそうにスザンナが私の方を見て肩をすくめる。
「ま、それだけ今のフィーネは見ていて珍しいってことですわよ。それじゃ、お昼を楽しみにしてますわ」
「はあ……」
そりゃまあ、中身が違うからなあ。
それだけルビーにとって、以前のフィーネは印象に残っているということだろう。
……なんとか払拭せねば。
でも、スザンナのお陰でこうしてルビーともお話するタイミングができる。いい機会をもらえたな。
彼女は敵の脇役というだけあって、内面の描写らしいものは一切ない。
ほとんど知らない相手のことを知るというのは、今回の生ではエドワードさんぐらいでなかなかチャンスのないこと。
だからルビーのことを知るのも、私は楽しみだな。
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