シンディの不意打ちと、私の内面語り
じーっとシンディをガン見するクレメンズ。
そして、私の腕をきゅっと少し強く抱きしめるシンディ。
そんな感触も気持ちいい——じゃなくてですね。
「クレメンズ様、お久しぶりですね」
「フィーネか。その者が、話に聞いていたお前の妹だな?」
「ええ、そうですわ。……それよりクレメンズ様、シンディが怯えていますわ。自己紹介なさった方がよろしいのではないでしょうか」
この学園では、身分による扱いの差はない。人類皆平等。学園には入れる時点で貴族組ではあるんだけどね。
「おっと、そうであったか。シンディ、俺の名前はクレメンソラス・キングスフィア。王の長男と言えば分かるだろうか」
警戒していたシンディも、今の自己紹介で目の前の人物が何者かに気付いたようだ。
「く、く、クレメンソラス王子様ですか!?」
「フィーネと同じように、クレメンズでいいぞ」
「は、はい! クレメンズ様、よろしくお願いします」
挨拶しつつも、しっかり私にしがみつきっぱなしのシンディ。
……うん?
「シンディ、ちょっと」
「あっ、すみませんフィー姉様」
腕はほどくものの、手は繋いでいるシンディ。
私の後ろに隠れるように、身を引いた。
まあ……シンディの生い立ちと相手の身分を考えれば、こうなるのは普通だ。
「……クレメンズ様、シンディは人前に慣れておりません。あまり見られるのにも慣れておりません故、ご容赦ください」
「構わん。顔を見られただけでも良しとするが……シンディ」
名前を呼ばれて、びくっと震えるのが手に伝わる。
おずおずと、私の横から顔を出すシンディ。
「お前は、もしも王女の席に座るのなら、何を望むか?」
だから切り込むのがはえーよ!
がつがつ来る女が苦手なのに、お前ががつがつしてどーすんの!?
いや、こういう人に限って自分のことは棚上げとか、マジで気付いてない可能性とかあるある!
「えっ、王女になったら、ですか……? お仕事とか大変そうですが……」
「仕事をしないとして、だ。財を使えるとすれば、何がしたいと考える?」
シンディは、質問された内容を真剣に考え出した。
……おお、自分の考えに没頭したからか、ちょっと怯え気味で緊張した顔つきから一変、真剣に「むむむ」と口に手を当て考えている。
そんな様子に私とクレメンズも、ゼイヴィアも顔を合わせて、シンディの返答を待つ。
「……そう、ですね」
シンディが再び声を上げた。
皆が緊張し、シンディの返答を待つ。
果たしてシンディの言った内容は——。
「お父さんのお店を大きくしたいですね」
——まさかのエドワードさん最優先だった。
クレメンズは一瞬呆気にとられていたが、すぐに意識を引き戻すとシンディに聴き直した。
「自分じゃなくて、自分の父親のことを真っ先に考えるのか?」
「でも、お父さんのフルーツタルト、フィー姉様もおいしいと言っていますよ?」
何を不思議なことを聞くのだろうと言わんばかりに、首を傾げるシンディ。
この子は素で、質問を返されたことを疑問に思っている。
しばらくぼーっとしていたクレメンズだが、やがてゆっくりと、口角を上げていく。
「面白いな、お前」
で、出たーーーーー!
伝家の宝刀『おもしれー女』だー!
実際に聞くことになるとは思わなかった!
これは殿下、シンディに興味を持ち始めましたね!
「他に、自分がやりたいこと、とかはないのか? ドレスでも、宝石でも」
「金細工とかは汚れが溜まりそうで、自分で持ちたいとは思わないです。ドレスも、洗濯が大変で……もちろん素敵なものがあればいいのですけど、一着もあれば私には十分かなと思います」
「……」
「あっ……でも、そうですね……」
「な、何だ? やはり何か、希望があるか?」
シンディの欲のない返答にすっかり驚いていたクレメンズだが、最後に付け加えてきた言葉を、食い気味に聞く。
内心私もゼイヴィアも、かなり耳を傾けている。
果たして、シンディのやりたいこととは……!
「……フィー姉様に、素敵なキッチンを用意したいです」
——。
まさかの、私だった。
完全に不意打ちだった。
「ずっとお世話になっていますし、トライアンヌ様は元々お料理なさらない方だからか、今のキッチンはフィー姉様には少し小さく見えて……」
「それは、シンディの欲しいものではないのではないか? 毎日王家のシェフから料理を提供してもらいたい、などは……」
今回ばかりは、ツッコミを入れたクレメンズの言葉に同意だ。
言ってる内容が、明らかにさっきのエドお父様のお店を大きくする話と変わっていない。
しかし、私はまだ侮っていた。
シンディの、天使度合いを。
「全然違いますよ。私、フィー姉様が作るものよりおいしい料理ってないと思いますし、むしろ負担を増やしそうで悪いお願いかなって思うぐらいで……」
……あのね。
そういうこと言われるの、私慣れてないんだって。
「……わっ!?」
私はシンディを黙って抱きしめて、頭を撫でた。
ああもう、かわいいったらありゃしない。
大切に扱っていたら、こんなにも気持ちを返してくれるのだ。
ほんと、こんな子を排除しようとするなんて損だよ。
「あ、あの」
「ちょっとしばらくこうさせて」
「は……はい。あのえっと、すみません急に。フィー姉様の料理は、いつもおいしいです」
「いつも言ってもらっています」
「あ……ふふっ、そうでしたね」
私はシンディの髪をわしゃわしゃと撫でる。気持ちいい。
「……ふむ?」
と、ここで成り行きを見守っていたクレメンズが声を上げる。
「フィーネ、お前は料理をするのか?」
「へ? まあ、しますね」
「興味がある。今度、俺のために作ってくれるか?」
「えっ嫌です」
あ、素で返してしまった。
あまりにストレートに返したので、ハグされていたシンディも一歩離れて、目ん玉まんまるにして私のことを見ている。
だ、だって料理を同年代の男性のために作るって、なんかもーそーゆーかんじじゃん!? それは私の中で、駄目の一線を越えちゃってるよ。
「……嫌、と言ったか?」
「ええっと……はい。特別なことがなければ基本的には家族にするもの、と決めていますので」
「ふむ……先日見た時とは、随分印象が違うな」
ううっ、確かにまあ、家庭的な部分は担当させていただいております。
最初に会ったときは、わざと嫌われようとしてたからね私。
シンディは天使ちゃんだから、私のいい部分をどんどん引き出してしまうのだ。
最高! だけど時と場所を考えてほしい!
無理だよね、政略結婚とかその辺りと無縁な生活送ってきてたもんね!
「フィーネも、面白い女だな」
ええええええ!?
なんでそーなるの!?
私はこの場で、反射的にゼイヴィアの方を見てしまった。
こ、こーゆー時に助けてくれると嬉しい! 困った時にこんな遙か年下の初等部に助けを求めてしまうのが、元一般小市民の私なのである!
「ゼイヴィア様、その……」
「ほら、ソラっちもそこまで。あまりしつこいと本気で嫌われるよ」
「エグゼ、しかしだな……」
「特に——」
ゼイヴィアは、クレメンズの顔に近づき耳元で囁く。
……美少年二人組のひそひそ話姿も悪くないですね。
まあ、私も好きでゲームをやってたわけだし。……ただ、クレメンズはやっぱり直接やり取りするよりは、遠くで眺めていたいタイプ。
ここまでの話で分かるとおり、私はクレメンズのことを苦手な部類として認識している。
よく少女漫画は俺様系と優男系での三角関係に分かれやすい。熱血系とクール系とか、純愛ヒロインとツンデレヒロインみたいな。
私はどちらかというと、優男系が好き。少女漫画だと、勢い重視の俺様系に振り回されてハッピーエンドみたいなのあるけど、私はあんまりそっちを選んでほしくない系である。
少年漫画も、主人公より脇役キャラの男好き。でも私が好きになるキャラ、出番少ないんだよね……。
クレメンズはまさに、少女漫画のメイン男である。
ゼイヴィアが乙女ゲーの攻略対象として凄いのは、パートナーの頭がいいほど好きになるという独特の性格。
こういう性格って、まあまず現実ではいないんだよね。
だからこそ、女性の妄想の産物である乙女ゲーのキャラなんだけどね。
ゼイヴィア自身がぶっちぎりの天才首席生徒であるにも拘らず、ゼイヴィア自身がめちゃめちゃ主人公を『僕より君の方が凄いから』『本当に頭いいよね』と褒めまくるのだ。
この究極の持ち上げキャラに溺れた女子は多い。
閑話休題。
「……そう、だな。分かった。フィーネ、とりあえずお前に料理は要求しない。……が、例の練習とやらには付き合わせてもらうぞ」
あっさりと、ゼイヴィアが話をまとめてくれたようだ。さすがゼイヴィア、頼りになる。
「あ、ゼイヴィア様も一緒ですよね」
「無論だ」
「でしたら、構いません。それでは放課後」
ここで、鐘が鳴った。授業開始だ。
クレメンズは挨拶なく歩き出し、ゼイヴィアがちらりとこちらを見て、少し頬を掻きながら戻っていった。
……ん?
「フィー姉様、料理を作るのはあれだけ嫌とはっきり言ったのに、ゼイヴィア様が一緒だとクレメンズ様が一緒でも大丈夫な感じなんですね」
ニコニコとシンディに言われて、私はさっきの会話の流れを思い出した。
「……あ……ああ……」
すっかり原作ゲームのお気に入りキャラを復習していたから、指摘されてようやく気付いた。
まあ、はい。
そんなわけで、ゼイヴィアはお気に入りです! 誰に断ってるわけでもないけど、ちょっと意識しないと好意がダダ漏れになりそうではっずかしいな……。
相手はまだ10歳だぞ私。ここで恋心は原作シンディもやらなかったから早いっつーの。
でも、今のままいくと、当然ゼイヴィアはあのゲームでの高等部ゼイヴィアになるわけだよなあ。
今仲良く喋っているけど、いつまでこうして近い距離でお話しできることやら。
ゲーム通りなら、ゼイヴィアは優秀なため学生時代から討伐隊にも混ざるようになる。段々と忙しくなり、出会う回数も減るはずなのだ。
はー……まだまだ初等部だけど、今の関係が続くといいなあ。




