入学直後に何故か先生やってます
遅くなりました……!
悪役令嬢ものとして、主人公より悪役令嬢に攻略対象がやってくるというパターンも、いちおー知っている。
それでも、これはびっくりな展開だ。
機械化した建築技術のような高い天井と、支柱の少ない広い空間。
先日クラスで使うには広すぎるかなと思った体育館は、さすがに四名のみとなると少ないというレベルではない。
ぽつんと立っているようで、少し寂しさすら覚えるほどだ。
マットの上には、シンディと、メルヴィンと、まさかのマーガレット先生。
「さて、事前にお伝えしておかなければならないんですが……教えられることといっても、私自身明確なことは言えないんです。練習はあくまで自己流でやっていることで、何かに載っているわけではありません」
三人の顔を確認する。真剣に聞いてくれているようだ。
「ただ、私はマナチャージを知って以来、最初にやったこの方法だけを毎日やってきました。今から教えるのは、その方法です。私が教えられるのはそれだけ。いいですね?」
私の宣言に、三人は同時に頷く。
うん、さすが立候補だけあって真面目そうな生徒達。一人は先生だけど。
……でも、アンヌお母様のお話にあったとおり、先生にもプライドがある。
それを振り切ってまで、私に教えを請いに来てくれたのだ。その気持ちに応えたい。
私は、皆の目の前でわざとらしく息を吸う。
そしてしばらく止めて……ゆっくり息を吐く。
「今……そうですね、大体4秒息を吸って、8秒止めて、10秒吐いたぐらいです。その時に、えーっと……」
……ちょっと例えるのが恥ずかしいので、お尻からも気功を、みたいなのは言いづらい。肛門から気功を吸う! とか、メルヴィンの前で言えるかっつーの。
私が習えたのは、本からだったからね。
「……足の裏から、こう……魔力というか、そういうふわっとした力みたいなものを、頭の方に上げていきます。これを吸った4秒で行っています」
目の前で、みんな息を吸う。そしてすぐ吐き出して首を傾げる。
そうだよね、実技って説明の途中で手順をおさらいするようにやりたくなっちゃうものだけど、吸ったら吐かないといけないもんね。
慌てて説明に戻る。
「あっ、えっとそれでですね。息を止めたときに、頭の上にあったものを、お腹の方にすーっと下ろしていくんです」
自分の身体に触れながら、お腹の方に指を下ろしていく。
「そして、息を吐いた瞬間に、それが全身にぶわーっと広がるイメージ。多分緊張から解けるので、それで気持ちよく緩むような感じが分かるはずです」
早速メルヴィンと先生は、息を吸って、自分の身体に指を這わせる。
シンディもそれを見ながら、見よう見まねで再現する。
「……。ふぅ〜……」
二人が息を吐き終わり、先生が「あ」と小さく呟く。
「分かるわ、ふわっと緩んだ感じが」
「はい。あくまで気分ではあるのですが、それをマナチャージをした時にやったのです」
「……どうして?」
「うっ……」
気功の本を読んだからです!
こんな洋風ファンタジーの世界にあるかっつーの!
「なんとなく、じっとしていた方がいいかなと思いまして……! 足がしびれたときに、動かないでいるような感じでしょうか……」
秘技、それっぽい例を並べる作戦!
言い訳としては、この手の類似した感覚みたいなものは、同じ対処方法を思い浮かべた、みたいなのに限る。
「それで、マナチャージを……」
「はい。今日は授業でやらなかったので、多分二重にはならないですよね。それでは……実際に、初日にマナチャージを使ったところを再現してみます」
みんなが見ている中で、私は初めてのマナチャージを再現する。
……そういえば、言葉を発していても魔力を込めないと魔法は発動しない。
最初にあの本を読んだときに、私はそれを自然にやってのけた。
思えば、なんでだろう。
あまり今まで意識しなかったけど、ちょっと不思議な感じだよなあと思う。
この意識の中に……もしや、私以外の記憶があるんだろうか。
……分からないけど、それは今考えることではないだろう。
まずは、目の前のこと!
「それじゃ、いきます。《マナチャージ》」
私は魔法を使い、慣れた感覚に身を任せる。
最初はぐわっと来たんだけど、今はほんのり何かが灯った感じ。
マッチの火が遠くでついたな、みたいな。
「ふぅ〜〜〜〜……」
ゆっくり息を吐き、身体の中心にある魔力の塊を、薄く均等に伸ばす。
……これで、完了だ。
「確か、直後にお母様が帰ってきたんでしたね。……はい、今のが私の初日です」
そう言った瞬間——なんとマーガレット先生は立ち上がって拍手を始めた。
「すごい! 初日にここまで綺麗に安定させたんですね。お出迎えをしたということは、立った状態で使ったんですよね」
「はい、そうです」
「すごいわ。最初は悔しいと思ってたけど……これは、他の在校生でも、私の同年代でもいなかった。ちょっと遠すぎて、自分を比較対象にもしづらいわね。メルヴィン君もシンディさんも、気に病まないように。二人とも学生時代の私よりずっと優秀だから」
「はい、先生」
「フィー姉様、すごすぎます……!」
シンディからの視線が眩しい! ただでさえ眩しいシンディの光を浴びて、私はそのまま浄化されそうだよ!
そしてメルヴィン。彼はすぐに、呼吸を確認した。
……慎重だ。さすが厳しい教育を受けただけあって、復習に余念がない。
こういう人は、ブレイクスルーというか、ちょっとした切っ掛けで伸びるんだよね。
メルヴィンは、ゆっくり息を吐いた後、緊張した面持ちでその言葉を放つ。
「《マナチャージ》」
一瞬目を見開いて、片足がふらついた。
しかしその後、目を閉じて大きく、こちらに聞こえるぐらいの音で息を吸う。
それから、自分のお腹に手を当てて、息を止めている。
長い。眉間に皺を寄せてお腹をさするように押さえている。
……知らない人が見たら、食べ物にあたったみたいですね……。
それから、ようやく息を吐く。
ただ、止めていただけあって、ゆっくりというよりは、細く勢いよく、といった感じの吐き出し方になった。
「しゅうぅぅ〜〜〜〜……」
それでも、しっかりやり切った。
息を全て吐き終わった後は、身体の支えを失うように倒れる。
マットから……はみ出しそうだ!
「メルヴィン!」
事前に倒れそうだと思っていた私は、こちらに倒れてきたメルヴィンを支える。
なんとか無事だ。
メルヴィンは、その黒く濡れたような髪の間から、こちらに目を向ける。
「……立ったままは、だめだったけど……でも、分かった」
そして、よろよろと踏ん張ると、こちらをしっかり見て頷いた。
「必ず、フィーネぐらい上手くなるから。目標にするから、また見てほしい」
「え、ええ……上達したときに、是非見せてね」
メルヴィンは私の回答に、花が咲くように満足そうに笑った。
ほんと、これはこれで美少女って感じの美人なのがメルヴィンの特徴だよなあ。
男だけど。
それにしても、目標ですか。
ラスボス倒せる魔道士の卵が、1ボス悪役令嬢に師事するんだから、ほんと展開って分からないなあ。
先生も挑戦した。確かに先輩なだけあって、しっかり立ったままできていた。
だけど、その直後に「わわっ、わわ……!」と、妙に感動したような反応をしはじめて、生徒三人はそんな先生の姿に驚いてしまう。
「これ、広がり方が凄い! 安定してる! そっか、こうすればよかったんだ!」
どうやら先生は、その真価をすぐにモノにしたようだ。
さすがに教師になるだけあって、理解力がある。
シンディも家でマナチャージを事前に教えていたけれど、こうやって私が最初にやったのを見せたのは初めてだ。
実際に私の手順を参考にシンディも同じようにやってみたところ、さすがは主人公、すぐにやってのけた。
メルヴィンが悔しそうにしていたので、すかさずフォローを入れる。
「シンディには、ほら、家で私と一緒にやっているから!」
渋々納得していたメルヴィンだけど、きっと今日からばりばり練習するだろう。
それこそ、バリバリと電撃を出せるぐらいにまでなるんじゃないだろうか。
一通り教えることができたところで、さすがに時間も遅くなったので解散となった。
その時は、まーちょっと教えたなー、程度のものだった。
ほんとにその程度のことだったのだ。
ただし……こういう時に限って、私は思いっきり油断をしてしまうのである!
マーガレット先生は、向上心と劣等感から、他の先生には教えない。
メルヴィンも、向上心と劣等感から、他の家族には教えない。
ただし、我らが天使のシンディは、それはもう嬉しそうにティナ姉に自慢してしまったのだ。
そしてティナ姉の口には、扉というものは存在しない。開けっぱなしのオープンテラスだ。
かつての人も言いました。ティナ姉の口に戸は立たない。
いつも天真爛漫で自由奔放なティナ姉。そのティナ姉が自由になったらどうなるかというと。
「ティナに聞いた話、僕も聞きたいんだけどいいかな?」
翌日、ゼイヴィアが私のクラスにやってきましたとさ。
そしていつも一緒に行動しているのか、当然のようにクレメンズが付いてきていた。
その瞬間、私は気付いた。
「……その子、だな」
「ああ。ソラっちも一発で分かっただろ?」
黙って頷く、クレメンズの真剣な顔。
その視線は、私のすぐ隣を向いていた。
そう。
王子様が主人公と初めて顔を合わせたのだ。
さあ、どうなる——。