シンディに選ばせたい将来の自由。そして選択肢は……
スザンナとのお話も終わった。大変有意義であった。
ルビーとの橋渡しもしてくれるらしいし、本当に感謝するしかない。
お昼からの授業は……黒板に書かれた一個の林檎と一個の林檎。
この二つを合わせて、二個の林檎。
……これは、間違いない。
今の私に一番不要な授業。しょうがっこうのさんすうだ!
さすがにこの内容を真面目に聞くのは退屈である。
私は一応黒板の方に視線を向けつつも、ぼんやりと今後のことを考える。
まずは、シンディだ。
シンディと王子、クレメンソラス・キングスフィアは繋げておきたい。
元々灰被り姫が王子様と結婚するのは王道のエンディングだし、ある意味この作品における必然である。
……が、直接クレメンズを見て抱いた私の感想は一つ。
シンディが気に入らなければ、パス。
彼は姿も性格も、ゲームの通りの王子で間違いなかった。
それ自体に問題があるわけではないのだけど……それにしては、ちょーっと微妙なものがあった。
元々ゼイヴィアから聞いていた部分もあるけど、クレメンズが結構女性の選択に慎重派であったことはマイナスではない。ただしゼイヴィアに調査を任せていたことはマイナス。
何よりもマイナスなのは、そんな内面なのにグイグイ来たことだ。
ああいうのって女性に対してはもちろんのこと、何よりゼイヴィアに失礼なんじゃないかなと思う。
特に、クレメンズは見た目ももちろん家柄もトップクラスの人間だ。グイグイ来たら断れる人はいないだろう。
だから、余計に私は気に入らなかった。
家柄の関係上断れないのは、私はもちろんゼイヴィアもなのだ。
だけど、私のクレメンズには積み上げてきたものがない。……いや、それはゼイヴィアと積み上げてきたものが、そこまで大きいという意味では……。
……い、いけないいけない。今はその話を考えるのはやめよう。
とにもかくにも。
そんな彼に、私のかわいいシンディを任せてもいいものか。
ゼイヴィアから事前に聞いていた話を踏まえてのクレメンズを見ると、ちょっと悩む部分はあった。
もう少し、彼そのものに対するゲームとの相違点を考えつつ、関係を考えるようにしよう。距離も取った方がいいかな。
あ、でもゼイヴィアとクレメンズはずっと一緒にいるんだっけか。
うーん……まあ、最終的にはやっぱりシンディが彼を気に入るかどうかだよね。
それに何より、クレメンズがシンディを気に入るとは限らないし。
ゼイヴィアもそうだったから、可能性としては決して低くない。
攻略対象は、攻略しなければその最後には隣に立たないのだ。
『グレイキャスター・シンディ』には逆ハーレムルートはないが、単独ゴールルートはある。
ただし、それは裏ルート。
何故なら、『誰も選ばない』ということは、RPGにおいて『全て協力者なしで戦う』ということ。
当然のことながら、不利属性のトライアンヌに一人で挑んで勝たなければならない。
徹底したやり込みが必要になる。普通のプレイでは、勝てないのだ。レベルを最大にして、アイテムを徹底的に集めて……そこまできて、まだ運が必要になるほどの難易度。
世界最強の大魔道士となった、シンシア・トラヴァーズ。
再婚相手の娘として、元の上位貴族の魔道士を全員殺して、トラヴァーズの名前を冠する元平民。
家族も婚約者もなく、全身に灰を浴び色を無くす、美女の彫像。
その閉じた目が開き、唯一色を持つ蒼い瞳は、夜空の一等星のように輝く。
その孤独の果てに見るエンディングは——。
——エンディングは、どんな結末だっけ。
「はい、今日はここまで」
私ははっと意識を戻されると、学園に響く大きな鐘の音が、授業の終了を告げていた。
えっと……何を考えていたんだっけ。
ああ、そうそう、シンディと王子の結婚だ。あとルビーとの交友だ。
「フィー姉様?」
隣には、私のことを除き込む主人公。
私はそんな彼女に笑顔で答える。
「何でもないよ、帰ろう」
「——フィーネ」
私がシンディに声を掛けた直後、後ろから声が聞こえてきて驚く。
その声は、フルボイスのゲーム内でも馴染みのある声。
「えっと……メルヴィン様?」
「……様はいいよ、同い年なんだから」
少し遠慮しがちに、背中を丸めてこちらにコンタクトを取るメルヴィン。
っていうか、シンディじゃなくて私に御用ですか? そういえばナチュラルにルート潰したんだった……思い出すだけで頭を抱えたくなる。
それにしても、一体何の用なんでしょう……。
私が疑問に思っていると、メルヴィンはなんと頭を下げた。
「魔法を、教えてほしい」
……えっ?