私、魔法使いになったんだ
ふと何か思い出したように、ティナが私から離れる。
「そうだ、授業で使う教科書を準備しなくちゃ。フィーネもすぐ一緒に授業できるようになるよ!」
「楽しみだね、ティナ姉」
「うん!」
明るく返事をすると、目つきが悪いだけの快活で可愛らしい私の姉は部屋に入っていった。
……よし、今のうちに家を把握しよう!
まず、このお屋敷はトラヴァーズ家の屋敷で間違いないはず。ゲームで見たことある配置だものね。
シンディは相当いびられていはしたけど、それでもやはり学園に通うまではこの屋敷に住んでいたのだ。私はそのプレイヤーキャラであるシンディを使って、この屋敷を把握していた。
(確かフィーネの部屋……私の部屋は、手前側よね)
自分の部屋でありながら当然初めて入るので、ちょっとドキドキする。
扉を開けた先には……!
「わあ……!」
すごい、とてつもなく豪華な部屋! 部屋が一人分とは思えないぐらい広い!
分かってはいたけど、トラヴァーズ家はかなり裕福だ。
目の前には色とりどりの服や宝石、彫刻品などがある。
その部屋にあるものは、よくよく見てみるとプレイヤーであった私がシンディを操作して、アイテムとして購入したものも多い。
そうか、この年齢でフィーネはここまで装備やアイテムが揃っているのかー、勝ち組だなー。
私はその部屋をいろいろ漁る。
まずは女の子なら当然……!
「クローゼット、だよね!」
家族共有のクローゼットではなく、個人個人がクローゼットを持っている。ほんとに良いトコのお嬢様だねフィーネちゃん!
遠慮無くそのクローゼットを開けると、中には色とりどりの服が入っていた!
「すっ……ごい!」
ぱっと見て分かる、きらきらした色の服。
そのうちの一つ、緑色のドレスを手に取り自分の身体に当ててみる。
お部屋にも備わった大きな鏡を見つけると、自分の姿に合わせてみる。
今も十分に綺麗なお洋服を着ているけど、貴族のドレスはふわふわして本当に綺麗だ。
華やかな社交場のための、ご令嬢のドレス。
そして、白いショートヘアをした、女の子。
「……かわいいじゃん、フィーネ」
前世の自分の顔のことを考えたら、フィーネだって十分すぎるぐらい可愛いと思うんだけどなあ……。
ただ、この世界では絶対値としての美より、相対的な美というものがどうしても社交場での力となる。
十分優れている、では納得できなかったのが、元のフィーネだ。
私は少し後ろ暗い気持ちになりながらも、クローゼットにドレスを戻す。
気持ちを切り換えていこう。次は本棚。
「これって……?」
本棚の中には、魔法に関する本が書かれてある。
魔力のつけ方や、安定のさせ方。そして魔法の使い方など。
「……そっか、私、魔法使いになったんだ……!」
その本を読むことで、改めて自分が『魔法を使える世界の住人になった』ということを意識した。
ティルフィーネは間違いなく魔法使いの才能がある。だってゲーム中で使っていたから。
そうと分かった瞬間、早く魔法を試したくてうずうずしてしまう。
「まずは……」
早速ページをめくって、中の内容を読んでいく。
大前提として、身体の中に『魔力の基』となるものが体内に備わっていないと、魔法を使うことはできないらしい。
ティルフィーネが使えないなんてことはないので、この辺りは大丈夫だね。
その確認が出来ると、ようやく基礎訓練が始まる。
まずは身体に感じる魔力を、自分の体内で集めて維持する訓練。
「えっと……《マナチャージ》? ってうわっ……!」
本にあるその言葉を唱えた瞬間、身体にある何かが、ぞわっとお腹の辺りに集まってきたような感覚を覚える。
上手く表現できないけど、気功の練習であった丹田を意識するのに似てるかも。
さすがに気功は見よう見まねで、殻の中に気の力が高まった! という確信を得るほどではなかったけど。
でも今の状態は、確実に何かが丹田に留まっている。
「……確か、気功は……」
私は両足で立ち、足の裏と……えっと、肛門だっけ……恥ずかしいなこれ……とにかく、本に書いていた通りにその場所から吸い上げるように、頭のてっぺんに意識を集める。
そして、息を止めて数秒の間に、お腹の辺りに気を集めるイメージ。……つまり、魔力を今の丹田まで集めて留めるイメージだね。
最後に、ゆっくりゆっくり、息を吐く。
「ふぅ〜〜〜っ……」
丹田にあった魔力らしきものは、息を吐き出すに従ってじわりと身体の中に溶け出るように広がっていく。
「なるほどぉ。……これ、割と面白いかも」
当たり前だけど、気功の練習はプラシーボというか……目に見えるようなチャクラを集めた、ってほどハッキリとした感覚はなかった。
自己暗示というか……『私は今、気を集めている! はず!』と思い込む感覚でやっていた。
……いや、気功で気を感じるとか、座禅で宇宙を感じるとか、パワースポットでエネルギーを受け取るとか、全部そんなノリだよね? みんなそうだよね、私だけじゃないよね?
だからだろう、今の魔法はハッキリと丹田に何かを集める感覚があった。
そういった感覚が今まで全く掴めなかった私にとって、とても面白いものであった。
「基礎練らしいし……いろんな時に、もっとやっておこう」
私は一つ満足をすると、とりあえず本を一旦閉じて棚に戻した。
ちょうどそれと同時に……ガチャリと家の扉が開く音がした。
その音を受けて廊下をどたどたと走る、ティナ姉の足音が聞こえてくる。
足音から嬉しそうな感情が伝わる音に頬を緩め、すぐに気を引き締める。
間違いない。
あれは『氷の夫人トライアンヌ』……アンヌ母様が帰ってきた音だ。