フィーネの過去、お茶会編
スザンナから青い空に視線を移し、慎重に言葉を選ぶ。
「以前の記憶が、どこか曖昧なの。私は、確かにスザンナの顔を覚えている。だけど、お茶会をした時に何を言ったのか……何か、申し訳ないことをしたような記憶があって、自分に自信が持てないの」
嘘情報をそれっぽくカバーして事情を話して、スザンナの方に向き直る。
スザンナは私を見て目を見開くと、考え込むように口に指を当てる。
「……んんー……まあ、そう言われると、いろいろ分からなかった部分は、分かりますわね」
小さく唸ると頷き、スザンナは私の方に向き直る。
反応は、悪くなさそう……だと思う。
「ええっと……それで、私がスザンナとどんな会話をしたのか、他にはどんな人がいたか……お、教えてもらえないかなって……」
その辺りのことが分かれば、いろいろな部分が分かるはずだ。
同時に、誰とどんな関係があるかも学習できる。
スザンナは目を閉じて何度か頷くと、私の方をしっかり見た。
「分かりましたわ。このことを話すのは、多分今のフィーネさんにはキツいことなのかもしれませんが……ご要望とあらば、お話しいたしますわね」
「あ、ありがとうございます……!」
スザンナ、すごくいい子だ。
私と同じ悪役令嬢ポジションであり、しかも私の使いっ走りという状態でもある。
正直どういう感じの子か不安な部分もあったのだけれども、かなりまとも。
まともっていうか、9歳の女の子にしてはお嬢様が板に付いている。容姿が素朴なだけに、かなり衝撃的。
「まずは、以前フィーネが来たお茶会ですわね。それは確か、2年前であったと思います。はい、お互い7歳ですね」
7歳の時、か。
ティナ姉も学園に入っていないぐらいの頃だ。
「まずは、あなたと私。そして、あなたの姉と、弟がいましたわ」
「弟?」
「ああ、わたくしの弟モリスですわ。まあ覚えていなくても仕方ありません、あの時のあなたなら」
覚えていなくても、仕方がない……あの時の、私?
うわあ……猛烈に嫌な予感がする。
「フィーネはモリスを見て、『あんまり格好良くならなさそう』って呟きました」
フィーネえええええ!
そんな辛辣なんじゃ男が寄りつく前に、噂が広まって男みんな先に逃げるわ!
「やっぱり、覚えてらっしゃらないようですね」
「……はい……その節は大変失礼を……」
「正直、あの時の失礼なフィーネがいたのならはったおしてもいいかな、ぐらいに思っていましたが……既に中身がここまで変わっている以上、今のあなたを叩いてもしょうがないことでしょう。私も気持ちよくありません」
うう、助かります。
スザンナいい子すぎ。
「弟もそのことは聞いてなかったですし、わたくしも伝えておりませんので。次会った時に失礼しなければ構いませんわ」
「ありがとうございます……」
スザンナは私の反応に満足そうに頷き、サンドイッチの残りを口の中に入れた。
「後は、ルビーもいましたわね」
ルビー……もう一人の悪役令嬢フィーネの付き人のことだ。
一人で悪戯する度胸もないフィーネは、いつも三人一組で、シンディをいびり倒していた。
「ですが、あなたはルビーとは会話しませんでした。結局私に『もっといい男を集めてよ。これはないわ』と言って、トライアンヌ様のところへ帰って行きました」
あああああああ……。
私は、再び頭を抱える。
「……多分ルビーも、根に持って……は、いない、と、思いますわ。恐らく……」
「そこは断言してほしいけど……できないよね」
「そうですわね……でしたら、わたくしが間を取り持たせてもらいますわ。今のあなたなら大丈夫だとわたくしがお伝えすれば、ルビーもまたあなたと話したくなると思いますもの」
「あ、ありがとぉ〜! スザンナいい人すぎて申し訳なくなってくるよ……」
うう……とっくに高騰していたスザンナさん株がストップ高……新作の配管工レースゲーム後の株価ぐらい値上がりしました……。
私の様子を見て、スザンナは何度か頷く。
「今のあなたを見ると、ますます大丈夫そうですわね。以前のあなたなら、申し訳なさなど絶対に感じませんでしたし、何よりトライアンヌ様の威を借る女狐でしたから」
なんと、当時のフィーネはアンヌお母様のことを後ろ盾にして威張っていたらしい。
私の母親は氷の夫人トライアンヌなのよ、ってわけか。
めちゃくちゃ小物だ。まあそんなだから1ボスで即負けするんですけどね。
あれ? そういえば……。
「その時、ティナ姉はどうしたの?」
「ぱくぱくクッキーを食べてリスのような顔になった挙げ句、紅茶も飲まずにあなたの後を追って帰って行きましたわ」
ティナ姉はティナ姉で、残念な感じだった……。
そりゃお母様の胃液も逆流するわ。
逆流性食道炎になっていたのなら、回復魔法を習得してでも治して差し上げたい。割と真剣に。
そんなことを思っていると、ちょうど鐘が鳴った。
「おや、そろそろ休みも終わりですわね」
「本当だ。今日は本当にありがとね、スザンナ」
「構いませんわよ。わたくしもあなたを試していた部分もありましたから」
……ん?
私を、試していた?
「ルビーとは、同じクラスですの。親の付き合いもありますし、あなたの様子を探って、大丈夫そうなら関わっても問題なさそうだとお伝えするつもりでした」
うわっ、こちらから打診したつもりが、完全にスザンナの都合もそこまで計算されていた!
すっごいなースザンナ、これが貴族の初等部ですか。
なんだかかっこいいな。実は転生者だったりしない? と思ったけどさすがにないか。
「また明日、お話しできればいいですわね」
スザンナはそう言って、笑いながら手を振った。
その背中に頭を下げて……私も同じ方向に戻らなければならないことを思い出し、慌ててその背を追いかけたのだった。