常識を教え忘れられていたので、必死に教えていただきました
わたしは普通のフィーネちゃん。
とっても普通のフィーネちゃん。
だって特別な専属教師とか、王族のお茶会とか、そんなのと縁なくやってきたんだし。
普通普通。
『フィー姉様が、先生の前でマナチャージを四回やったんです!』
そんな普通のフィーネちゃんは、無垢で無邪気な義妹の一言で終わりを告げた。
シンディはそれこそ善意十割で褒めてくれたのだと思うけど……。
でも、お母様が私を見てマナチャージをやったかどうか聞いてきたのだから、素直に答えてしまったシンディは悪くない。
「……フィーネ、後で話があります」
そして私は、夕食後にお部屋へ連行されてしまったとさ。
シンディはエドお父様と一緒にお部屋に入らず別途待機。その時ちょっと申し訳なさそうな顔をしていたけど、シンディは悪くないよ。むしろ貴族出身じゃないのに『察する』という能力を備えているシンディは優秀です。
とりあえず現状シンディちゃんは何やっても天使なので許します。
姉馬鹿だって? 自覚はあります。
ティナ姉の気持ち、ちょっと分かるかも。
部屋に入って真っ先に、お母様にマナチャージを実際にやるように言われた。魔力がまだ残っていると判断されて、三回の指定だった。減衰タイムはこれぐらいかあ。
私は学校でやったときと同じ要領で、魔法を横になりながら三回使ってみせた。
マナチャージ後の私をぺたぺた触れて、小さく唸るお母様。
うう、常識的に生きてきたつもりだったけど、よりによって常識を知らない子みたいに思われるのだけは嫌だ……。
それは、なんというか、すごくやっちゃいけないことだと思う。
出来る限り、他者との距離感においてそこは大事にしたい。
「な、なんとか魔法の常識を教えていただけないでしょうか……!」
こういう時に頼りになるのは、やはり私の中ではアンヌお母様をおいて他にいない。
というわけで、本には載ってない常識を教えてもらえるようお母様に必死に懇願する。
私の願いは、無事に聞き届けられたようで。
「もちろんよ。むしろ私が教えなかったせいよね、実際の魔法を。……約束、どれぐらい守ってくれているの?」
「えっとですね……風を出す魔法と、防ぐ魔法の二つ以外は、一切使っていません。それは約束します」
「そう」
アンヌお母様は、私を抱き寄せると優しい感じで頭を撫でてくれた。
怒られる流れじゃなかった、よかった……。
「本当に、私の言いつけを守ってくれていたのね。正直、魔法の実技は子供にとって楽しいことだから、本好きのフィーネなら次々試しているかなと思っていたの」
いえ、本好きではありますが魔法は全部暗記してます。本から学んだ部分はないです。
……後で整合性取るためにしっかり読んでおこう。
「ずっと、基礎練だけを幼少期にこれだけやってきたのね。もしかしたら、入学前の方が魔力が定着しやすいのかもしれない」
あっ、それはあるかも。
早期学習のうちの一つで、芸術系の能力はそれが大きいっていうよね。
絶対音感とか、後からでは身につかないと聞いたことある。
そっか、二度マナチャージをすることが危ないとされているのなら、成熟しきってない子供が毎日三重マナチャージしてるの、現代だったら毎日ハードな筋トレしてるみたいなもんなんだ。
そりゃ強くなるわ。
……えっ、あれ? もしかして私、チート転生じゃないけど自力でパワーレベリングしてしまった?
ど、どうなってるんだろう今の私の能力値。
ゲーム世界なのにステータスパネルがないですよ。
「まずは、フィーネ。言いつけを守ってくれてありがとう。やっぱりあなたはとってもいい子だわ。あなたのことを疑っていた過去の私を反省しなくちゃ」
「いえ、過去の私は実際ワガママだったので悪いのは私です」
「自分で自分のことを悪いって言える子供が、悪いわけがないわ」
うっ、そういうものです、かね……お母様、ちょっといい人すぎて騙されないか心配になります。
でもそういうところ大好き。
「その上で、フィーネに言ってかなくてはならないことがあるわ。今あなたは、四回マナチャージをやったわね」
「は、はい……」
「恐らくだけど、その状態で魔法を使うと、この家ぐらいなら吹き飛ぶわ」
……マジで?
「あなたの……『クアドラプルチャージ』は、それぐらいの威力になるでしょうね。でも同時に……そうならない可能性もあると考えられる」
「ならない?」
「普通の人がダブルチャージ……二重で使うと、大体9回分ぐらいの魔力を一気に消費して倒れてしまうのよ。そしてトリプルチャージは27回分」
ああ、それは分かる。やっぱり3倍で倍々換算なんだ。
「なるほど、私は今のままだと81倍の魔力を一気に消費して倒れてしまうということですか」
アンヌお母様が、ぴたっと止まる。
あれ、何かおかしいことを…………あっ。
「フィーネ、あなた教科書進めるの早いと聞いてたけど、乗算の暗算もできるのね……?」
「は、はい……えっと、本が、その、本当に好きで……」
言い訳として、ちょっと苦しい気がするけど……もうそう言うしかない。
これで家に本がなければ完全に異常者だったので、トラヴァーズ家に生まれたことに感謝したい。
「はぁ……ティナにもあなたの百分の一でも真面目に本を読む習慣があれば……」
「あ、あはは……」
ティナ姉が真面目に本を読むとか、まあ現状絶対ないと思えるね。
未だに日記を付けてない上に読んでるの絵本だもの。
10歳の貴族令嬢にしてはちょっとお転婆が過ぎる部分はあるので、確かにお母様の気持ちも分かる。
「そ、その分は私が頑張りますからっ! シンディの分も、ね!」
「既に義妹だけじゃなく姉のことも考えてるなんて、去年からは考えられないわね」
「その節はどうも……」
私のかしこまった言い方に、楽しげにわしわしと髪を撫でられる。くすぐったくて気持ちいい。
楽しげだった顔から一転、きりっとした表情になるとお母様は指を立てた。
私も姿勢を正して聞く姿勢になる。
「さて、本題に行くわ。まず、マナチャージは学校で重ねがけはしないこと。風の魔法でもちょっと危ないぐらいだから」
「さすがにもうしません……あっ、でも男子がシンディに絡んだ時は使うかもしれません。あの子にちょっかいかけられたら、冷静でいられる自信はないので」
「……あなたという子は、本当に……。分かったわ、女の子に手を出す男の子がいた時は、解禁することを許可しましょう。でも恐らく、シングルチャージで十分に相手の男子は吹き飛ばせるわ。あなたはそれぐらい強いんだから」
アンヌお母様は座り直すと、私の両肩を掴む。
「私もあなたも、貴族として支援をもらっているの。それは、魔物から町の人を守るため。その魔物を討伐した素材は国が有効に使って、平民の暮らしを支えるの。貴族は力がある、だから力を持つ者の責任がある。偉そうにしてはいけないの」
「『ノブレス・オブリージュ』ですね。もちろんです、決して無辜の平民に魔法を濫用することはいたしません」
私の答えに目を見開くと、お母様は再び私を腕の中に抱きしめた。
「やっぱりあなたって素敵だわ。ティナが早く皆に自慢したいと言っていたけど、私の方が先に自慢したくなっちゃうわね!」
嬉しそうなお母様の体温に柔らかく包まれて、私もむずがゆいぐらい嬉しい。
……やっぱり、お母様とお話しできてよかった。
ちゃんと常識を学ぶことができた。
「でも、マギーには悪いことをしちゃったわね」
「マギー?」
「マーガレット先生のことよ」
あっ、そういう略称なんだ。男の方を連想しちゃってた。
そっちの魔法は魔法でも、マジックの方だ。
「これから一年、私の自慢のフィーネの先生をやってもらうわけだけど……」
「けど?」
そしてアンヌお母様は、ゲームでは書かれてなかったことを話した。
「……マギーは、実技の成績が悪かったから先生になったのよね。フィーネを見て凹んでないといいけど」
それ後出しで言っちゃいますか……?
「うう、ちゃんと先生立ててあげないとなあ」
「それマギーに伝えちゃ駄目よ、余計凹むわ」
ですよねー。
ゲーム中では攻略相手において頼りになる先生だったけど、今回の人生ではちょっと違った印象になりそうだ。