最初はみんなでマナチャージ
初等部といっても、教室のデザインは少し違う。
真ん中に通路を挟んで、左右に伸びる長机が数列ある、というのがこの教室の形だ。
一番前の席から教壇までは、それなりに距離がある。
黒板は遠いけど、問題ない。先生がチョークらしきもので文字を書き、黒板に備え付けてある魔石を操作すると、ひょいっと黒板が上に移動する。
かっこいい。魔石科学文明、ハイテクだ。
発展した科学は魔法というものの逆で、発展した魔法が文明の機器より便利に動いてる感じ。
「まずみんなにはこれから体育館に移動してもらうけど、その前に」
その黒板の文字と、隣に描いてある絵を見て私は内心首を傾げた。
描かれた絵は、座った姿勢か、寝っ転がるかだったからだ。
どういうことだろう。
「この姿勢を覚えておいてね。それではみんな、ついてきて」
内心の疑問を余所に、みんなは移動を始めた。
「フィー姉様? 行きますよ」
「あっ、うん」
今度は内心でなく実際に首を傾げつつ、シンディと手を繋いで体育館に向かった。
体育館にはマットが敷いてあり、20人ほどの生徒が座る。
……最初は慣れなかったけど、ここは基本的に土足文化。
ただし、体育館は上履き文化だった。
マーガレット先生も座り、皆の注目を集める。
「それでは、みんなににこれから魔法の準備をしてもらいます。予習している子もいるかもないけど、まずは私のやり方を真似してね。……《マナチャージ》」
マーガレット先生が目を閉じて魔法を唱えると、ふわっと髪が浮き上がるように揺れる。
そして息を吐くと、ゆっくりと目を開けた。
先生の姿を見て、沸き立つ男子。
「ふわってなった!」
「はい、今のが魔法の基礎練習。みんなも体内の魔力を意識しながら同じようにやってもらうわけだけど、その前に——」
「うおおおお《マナチャージ》ぃ〜っ!」
先生の説明を聞く前に、さっきの男子がマナチャージを使ってしまう。
その瞬間先生が立ち上がり、男子生徒は……ぱたっとマットに横たわるように倒れた。
「大変!」
先生は男子のお腹を押さえて、ゆっくり円を描くように……時にはしっかり何度も心臓マッサージのように押すように、身体に触れた。
やがて、ゆっくりと目を開ける男子。
「もう、先生が説明する前にやるなんて駄目じゃない!」
「えっ、あ、おれ今……ごめんなさい」
「見ての通り、マナチャージって慣れないうちはこんなふうに倒れてしまうことがあるの。魔法は、慣れるまで基礎練を繰り返すことが大事。みんな、いいわね」
さっきの男子の急激な変化を見て、みんな緊張した面持ちで頷いていた。
……マナチャージって、あんな危険な魔法だったんだ。
最初にできるようになってたのは、やっぱりお母様の才能のお陰……だろうなあ。
「大丈夫。ここではマットがあるから、大変なことにはならないわ。静かに意識して、深く呼吸を整えると大丈夫なの。一人一人見ていくから、みんなも前の子の姿を見て学んでね」
ある意味怪我の功名というか、さっきのお調子者君のお陰でみんなが真面目に授業を聞く姿勢になったみたい。
一人目の子が、緊張しながら声を発する。
「ま……、《マナチャージ》……っ!」
その子はふらっとして、背中からマットに倒れた。
大丈夫だろうか、と思って見ていたけど……どうやら大丈夫みたい。
目を開いて、呼吸を整えている。
「ふぅ〜っ……ふぅ〜っ……」
「よしよし、上手だよ。みんなもサリスさんみたいに、落ち着いて呼吸をしましょう。大丈夫、すぐに慣れます」
それからは、次々にみんなマナチャージをこなしていった。
最初のサリスさん、ナイスです。
次にやるのは、メルヴィンだ。
「《マナチャージ》」
慣れた様子で魔法を使うと、呼吸一つで整えた。
さすが攻略対象であり、将来は雷を使うエキスパート。
「すごいわ。メルヴィン君は家で練習を?」
「まあ……親がやるようにと……」
「とっても優秀よ。これなら、将来も有望ね」
メルヴィンは……顔を逸らした。
隣でシンディが小さく「ん?」と漏らしたので、どうやら反応の不自然さに気付いたらしい。
さすが主人公である。
グラメルヴィン・シルフカナル。
彼も、攻略対象の一人だ。
私がメルヴィンの内容を思い出そうとする前に、隣で元気のいい返事が聞こえてきた。
「はい!」
そうだ、名前順なら次は当然シンディだ。
マナチャージは家でも一応やらせているけど、そういえばゲーム中ではここで初めてだったのだ。
「《マナチャージ》」
シンディは問題なくマナチャージをやってのける。
元々の魔法の才能に、真面目な性格の予習が効いてるのだ。
これには先生もびっくり。
「あなたも?」
「はいっ! お姉様やお母様に教えていただきました」
「まあ……さすがアンヌね、元々平民と聞いていたけど、こんなに優秀なんて先生の出番なくなっちゃうわ」
ニコニコしている先生と生徒を見て……私は、とんでもないことをやらかしてしまったことに気付く。
ゲーム中でシンディは、マナチャージを初めて使う。
その時の選択肢が、二つ。
『座った姿勢で使う』
『最初から寝転がって使う』
という方法を選ぶことができるようになっている。
ここで、寝転がって使うと、何も起こらない。
だけど……座った姿勢で使うと、初めてのマナチャージにふらついて、メルヴィンの方に倒れ込むのだ。
それによって、攻略対象の一人メルヴィンのルートに入るためのフラグが一つ立つ。
よ、良かれと思ってやったことが、裏目に出てしまった……!
だってだって、シンディ可愛いんだもん! 教えたくなっちゃうんだもん!
まさか、事前に予習することがこんな弊害を引き起こすなんて。
私はメルヴィンの方を見ると……あっちとも目が合ってしまった。
い、いけないいけない……。
「次、フィーネさん」
「えっ」
いや、考え事してる場合じゃないよ!
何だよ『えっ』て! シンディの次なんだから最後は私に決まってるじゃん!
ああもう、シンディや他のクラスメイトがくすくす笑っている。
「す、すみません考え事をしていて……」
「いえ、いいのよ。フィーネさんはやっぱり、慣れているのかな?」
「一応毎日、何度か使って寝ています」
マーガレット先生、私の言葉に首を傾げながら「何度か?」と呟く。
「はい。実際の魔法はあまり使わないように言われていたので、手持ち無沙汰で……」
「分かりました。それではフィーネさん、あなたの自由なようにやってもらっていい?」
私は頷くと、立ち上がる。
まあ普段通りなら、大丈夫だろう。
「ふぅーっ……《マナチャージ》、フッ」
まずは息を吸って、マナチャージ。その直後に丹田の中の魔力を散らす形で全身に広げる。
うん、問題ない。走りながらでもできそうだ。
先生が何か声をかけようとしていたけど、その声が届く前に私は癖でもう一度使ってしまった。
「《マナチャージ》。ふぅっ……!」
続けての、二回目。
やはり一回目に比べて、かなり大きな力を感じる。
先ほどより意識をして、息を一秒で吐き切る形で、やや長めに吐く。
そしてマットの上で軽く飛び跳ねながら、身体の調子を整える。
……大丈夫、かな? 大丈夫そうだ。
「横になっていると四回まで可能なのですが、立っているとこれぐらいがまだ限界ですね」
マーガレット先生は、私を見て目を見開き、口を半開きにする。
……ん、んん……?
「え、えっと……みんな! さっきのフィーネさんのやり方は、あまり参考にしないように! その……授業はこれで終わります、みんなは寝る前に、マナチャージの練習をやっておくと、将来いいお仕事に就けるかもしれません! それでは教室に戻りましょう!」
なんだかマーガレット先生が慌てたように手を叩いてまとめると、生徒のみんなも首を傾げながらも、教室に戻っていく。
メルヴィンが再びこっちをじーっと見ていたので、ちょっと狼狽えつつ小さく会釈。
「フィー姉様はやっぱり凄いです!」
シンディが私にハグしてきて、身動き取れないけどちょっと気持ちいい。
そんな私をマーガレット先生が見ていて、目が合うと先生は溜息を吐きながら一言。
「フィーネさん。放課後、話があります」
あっ、なんだか嫌な予感……。