学園のお話、悪役令嬢の見られなかった将来
入学式ということもあって、ティナ姉とは別にすぐ帰ってきた。
まだまだ自己紹介は明日の行事みたいで、シンディと一緒にアンヌお母様とエドお父様が待つ場所へ行って下校。
帰り際、既にちらちらとシンディを見る男子がいた。9歳でもその美少女の片鱗は既にあります。
髪とか手入れしてないのに天使の輪っかが輝いてるし。明らかに美貌だけ魔法で強化かかってるでしょ。
「シンディ、教室はどうだった?」
「フィー姉様と一緒だった!」
エドお父様が満面の笑みでシンディの頭を撫で、「良かったね」と声をかける。
その反対側でニコニコしているお母様の横に行き、軽く手の平を手前側に動かす。
お母様には意図が伝わったのか、耳を傾ける。
「アンヌお母様、ありがとうございました。シンディも安心しているみたいです」
私の言葉に、アンヌお母様は一瞬目を見開いて顔を上げ、しきりに目を泳がせる。
「な、何のことかしら」
「いえ、私がお礼を言いたかっただけです。エドお父様! 私もシンディと同じクラスで楽しみです!」
私はシンディのところに行き、後ろからがばっと抱きつく。
今はまだギリギリこういうこともできるので、今のうちにシンディを妹として腕の中に収める感触を楽しむ。
「きゃっ! もう、フィー姉様ったら!」
校門周りではしゃぎながら、帰りも手を繋いで一緒に校門を出る。
毎日手を繋ぎそうなぐらい仲良しですね。
私達とエドお父様に遅れて、アンヌお母様は後ろからついてきた。
ちょっと独り言喋ってるけど、シンディときゃいきゃい喋っているので、はっきりした言葉は聞き取れなかった。
「……もしかしなくても……マーガレットに相談したの、気付いてるわよね……」
せっかくの入学式で、両親共々お休みだ。
ティナ姉が帰ってきて、五人でわいわい食事をした。
シンディはティナ姉に、学校の行事や、今から大変そうな授業を相談している。
体育祭や文化祭、魔法実技や期末試験。
——奇しくもそれは、周りに相談できなかった初等部シンディが、マーガレット先生に相談していた内容。
そう、シンディはもう先生しか味方がいないわけじゃないのだ。
知らないことは、お姉ちゃんに頼ればいいのだから。
なんだかそんな当たり前の話が、私達には本当に特別な関係に感じた。
ただ、それを思っていたのは私だけではなかったようで。
「ティナ、ありがとう。シンディは貴族の嗜みなどは詳しくないから、よろしく頼むよ」
「ふんっ、別に。あと貴族の嗜みなんて、アタシよりシンディの方がマシなんじゃないの? アタシなんて最近お母様に怒られてばっかりだし〜?」
「それはティナが真面目にマナーを守らないからでしょ!?」
「むーっ、ディナーなんてお腹空いたら、お肉からどんどん食べればいいじゃないの」
「もう……舞踏会に出せるようになるのかしら?」
つんつんティナ姉はエドお父様にはちょっと軽い感じで、褒められてもさらりとかわしたり、今のように嫌味を言ったりする。
でもまあ、多分みんな気付いてる。
ティナ姉の耳は、けっこー赤くなりやすいのだ。
そんな微笑ましい姿、気付かない方が無理。だってエドお父様、ずっとニコニコしてるし。
ツンデレレヴァンティナ、典型的な『あんたに褒められても嬉しくなんかないんだからねっ!』を発揮しているのだ。
やっぱツンデレ属性って、ギャップ萌えというか……かわいいと思う。
妹の私から見てこれだけ可愛いんだから、その魅力に気付くお相手は誰になるのか、今から楽しみである。
……そういえば、クラスでのティナ姉は全く知らない。
フィーネの影響で変わったと思うティナ姉は、私が今こうなっていることから、ゲーム中みたいなカリカリした暴力的な性格とは違ってきてるはず。
気になるなあ。
案外もう、相手とかいるのかもしれないね。
ふと、思う。
もしもボーイフレンドが出来たとして、シンディに男が乗り換えたりするようなことだけは避けたいなと。
ないと思うけど、ここから先は本当に未知の世界なのだ。
いつまでも、花より団子のまま大人になるとは思えない。
その時にどういう選択をするか……まだまだ分からないけど、それでも私はひとつのことを思い浮かべていた。
ゲームでは見られなかった、高等部に上がったティナ姉の姿が見られるかもしれない。
それはとっても、楽しみだ。
そして、同時に思う。
将来の姿がゲーム中に実装されてないのは、初等部で脱落するティルフィーネもそうなのだと。
ちっちゃかった自分の大人になった姿かあ……想像つかないなあ。
◆
翌日、晴れた朝。
今日が学園における、クラス授業初日だ。
つい昨日と同じように、何度も鞄の中から教科書を取りだしてにらめっこするシンディ。
「もーっ、どうしてそんなにシンディは心配性なわけ?」
「ご、ごめんなさいティナ姉様。気になって気になって……」
「第一忘れたのなら、フィーネに見せてもらえばいいじゃない。同じクラスだし、近くの席に座って授業受けるんでしょ?」
「あっ、そうでした……」
なんだかつい昨日見たばかりの反応を見て笑う。
主人公だから真面目で優秀という印象だったけど、第三者視点で見た主人公って、結構真面目すぎて天然な感じだね。
真面目系天然。ツンデレ属性並にシンディも設定盛ってきましたね。
あとティナ姉、シンディが心配性なことを言ってるけど、シンディが悪い男に狙われないかと待ってくれてる辺り、ティナ姉自身もとっても心配性だよ。
そういうところ、すっごくいい姉だし最高に可愛いと思う。
でも言ったら顔真っ赤にして先に行っちゃいそうなので、口には出さない。
「……逆にフィーネは、なんだかニコニコしてよくわかんないというか……忘れ物してないわよね?」
「忘れてたらシンディに見せてもらうよ」
「まあ、確実にシンディはもう全教科分持っていると分かるけど、でもそれって姉としてどうなの……?」
シンディと初授業ということもあってふわふわしちゃってる私は、ティナ姉に呆れられてしまった。
あっ、もしかしてティナ姉から真面目なツッコミ入るの初めてですかね?
なんだかそれってちょっと嬉しい。
「はぁ……もう先に行っちゃうわよ?」
「私は大丈夫だよー」
「あっ、待って下さいフィー姉様、ティナ姉様! 行ってきます!」
シンディが筆記用具を確認し終えたところで、私達はようやく揃って家を出た。
並んだお母様とお父様に見送られながら。
何が起こるかわからないけど、また学園に通えるというのは、一度大人を体験した後だと楽しみで仕方がない。
こういうの、過ぎてみないとわからないものだよね。
あの頃の時間は、楽しかったなーっていうの。
そんな学園生活を楽しみに、私は学園へ足を踏み入れた。