主人公と悪役令嬢は同じクラスメイト
ゲーム中で一番背景として見た、巨大な学園。
私はその敷地を、シンディと手を繋ぎながら歩く。
「わあ、すごい……!」
ゲームのシンディを思い出す。
義姉に辛辣な言葉をぶつけられ、とぼとぼ正門の前に来た九歳のシンディは、学園を前にしてこの声を漏らすのだ。
ゲームのオープニングでは、これからの生活を上向きにさせるような独り言。
だけど、今は違う。
「ほんと、大きいね」
「もう、二人とも! これから嫌ってほど見るんだから、早く行くわよ!」
「はーい!」
「ふふっ、ティナったらすっかりお姉さんっぽくなっちゃって」
「あの子は負けん気が強いから頼りになるよ、二人を任せられるね」
みんなの楽しそうな声を聞きながら、私は童話原作を思い出す。
目の前を行く、原作ではガラスの靴のために指を切り落とした長女。
後ろを歩く、原作では王子に娘は二人しかいないと言った継母。
その隣に並ぶ、原作では真っ先に死んでしまった父親。
手を繋ぐ、原作では靴を無理矢理履いて流血した次女——私。
ゲームでは、操作するシンディの周りに誰もいなかった。
だけど……家族の入学式なんだ。
来られるなら、家族一緒が一番だ。
「こんな素敵な学園に入れるなんて、夢みたい!」
そして、灰被り姫の主人公。
全く違う未来を夢見て動いた、今日までがトラヴァーズ家のプロローグ。
それではお待ちかね、オープニングのはじまりはじまり!
入園式は、まず学園長のお話から始まる。
「皆さんは、特別な存在です。ですが、増長……自分は偉い、などと思ってはいけません」
ちゃんと聞いたかー元フィーネちゃん。偉いとか思っちゃだめだぞー。
「貴方たちは、全てが学び舎の中で対等です。試験の成績が良くても、魔法の成績が良くても、それで相手を見下してはいけません。仲良くするのです。家柄でも同じです。この学園では、王族から平民まで、対等です。その中で、自分を成長させていってくださいね」
そういえば、こういう校長先生のお話っていうの、なんだっけ……講話集? ってのがあるみたいだね。
みんな校長先生の話っていくつ覚えてる? 私は……全く覚えてない!
すごいよね、ゲームの魔法は暗記しているのに、義務教育の九年間で聞いてきたはずの校長先生の話、ほんとに覚えてないのだ。
「かつて、この学園から宮廷魔道士団の団長になった人は言いました。『能力が上回ったと診断された時ほど、怖いものはない。魔力の成長は心の持ち方で変わる、すなわち心の強さが将来の強さに繋がる。だから学生時代は、常に自分が追い抜かれる恐怖と戦い続けた』と」
そして、学園長のお話はやはり退屈なのか、周りの子はもう既にあくびを出し始めている。
私は現実世界の話と全然違うので、興味津々に聞いてるけど。
「……というわけです。それでは話も長くなりましたので、この辺りで切り上げさせていただきます。最後に——ようこそ、王立魔法学園へ」
学園長が礼をしたタイミングで在校生が拍手をする。その音にきょろきょろしながら、新一年生が遅れて拍手を始めた。
うーん、定番定番。
学園の入園式も終わったというところで、まずはみんなで教室……の前に、新入生だけ集まるのだ。
最初に行われるのは、クラス分け。
当然のことながら完全ランダムである。
ただ、あまり心配してはいない。
ゲーム中では、シンディとフィーネは別クラスだった。
それはシンディがフィーネに辛辣な言葉を浴びせかけられていたから……というのも影響している。
母トライアンヌが、シンディを嫌うフィーネのために別クラスにするように仕向けたのだ。
これは資料集のフレーバーテキストの話ね。
そう、トライアンヌは家督を持つただの伯爵夫人ではない。
国内有数の、有力な魔道士である。
だから学園に対しても、それなりに発言権がある……というより、教員とも知己の関係である。
仲が悪いのなら、必ず別クラスになる。
なら、平民上がりで美少女という、騒動の渦中に巻き込まれそうな予感のするシンディちゃんに、仲のいい同い年の義理の姉がいたのなら?
「——わあ、フィー姉様と一緒だ!」
当然こうなるわけだ。
それにしてもクラスメイトになってもお姉様ですか。
「同じクラスなのに姉っていうのも不思議な感じがするね」
「でも、姉様は姉様ですよ?」
この懐かれっぷりである。
そんなに私のこと姉と呼ぶのが好きか、シンディ。
こりゃクラスでも、私の方に来ちゃいますね。
とりあえず、『静かな学園生活を送る』というのは諦めよう。
だって主人公が近くにいるんだものね。
でも……そのことを否定的には捉えない。
私は、もう悪役令嬢を止めたのだ。
等身大のティルフィーネとして、真っ当な学園生活を送ろう。
クラス分けが終わったら、まずは私達のクラスに行かなくちゃね。
新入生達は、それぞれまばらに自分のクラスを目指して歩いていく。
その同級生達を目で追いつつ、自分のクラスを確認する。結構遠いなー。
そういえば、フィーネが廊下の中央を堂々と通るシンディにケチをつけたんだっけ。どんなケチの付け方だよってな。
これからいろんなイベントが増えたり減ったりするんだろうなあ。
私はゲームを思い出しながら、シンディと一緒に廊下を真っ直ぐ歩く。
「あら、あなたフィーネじゃありませんの」
……ん?