『幸福でニューゲーム』
一通りのことをやり終わって、ティナ姉とシンディにはアンヌお母様からお話があった。
エドお父様からも話を同じようにして、ようやく実感したのかシンディは泣きながら私に抱きついてきた。
ちょっとむずかゆいけど、照れつつもシンディを抱き寄せて頭を撫でた。……かわいい娘を撫でているぐらいの気分なんだけど、身の丈の上では変わらないし同い年だから、ちょーっと変な感じだね。
……この子の未来を守ることが、今の私の使命。
童話の主人公には、明るい未来が待っている。アッシェンプッテルも、シンデレラも、シンシアも。
だけど、その道筋には何よりも苦しみが少ないものであってほしい。
灰被りの姫達は、あまりに最後へ至る前の道が暗すぎるのだ。
それに、私は何となく予感を感じ取っている。
これで終わりではない。むしろ、始まりなのだと。
あの山賊達がエドお父様を狙ったのは、偶然ではない。
何故なら、馬車は以前もお店に行ったのだ。その時は家族一緒だったから、当然アンヌお母様も乗っていた。
今回はエドお父様しかいなかった、だから同じルートを通った馬車を襲った。
その理由は一つ。アンヌお母様が一緒に乗っていないことを……トライアンヌ・トラヴァーズに勝てないことを山賊達が知っていたから。
その理由は分からない。
だけど、何かしらの敵意はあるものと考える。
襲撃が今回だけで済めばいいけど、もしもエドお父様が一人で移動することを知っていたのなら、その情報を山賊に送った別の盗賊がいるはずだ。
(私は、負けない……!)
私はシンディの体温を感じながら、見えない敵への闘志を燃やした。
人生は、波瀾万丈。
山あり谷あり。
楽あれば苦あり。
幸せもあれば、不幸もある。
——誰がそんなこと決めたんだ。
私はこの可愛い妹に、あんなに苦しい幼少期を送らせるつもりはない。
既に、世界一美人の若い母親を亡くして、父親の心が折れた姿をずっと見てきたのだ。
もう十分だろう。一生分の不幸を負っただろう。
もうこれで、残りは幸せになっていいだろう。
そうだ、こういう時は……あまり友達に話が合う人いなかったけど、こんな感じの歌の終わりが好きだった。
この世界には私がいる。だからもう、この世界の敷いたレールのように、悲しいシナリオは組み込まれない。
何より……もうこれ以上、この子とその周りを世界が攻撃することを、私は許さない。
——私がいる限り、灰を被らせない。
この世に絶望しそうなラストシーンは、私が防ぐ。
シンディを守る陰の王子様には、私がなるのだ。
……あっ、ティナ姉はちょっと手持ち無沙汰にしちゃってごめんね。
いざという時は頼りにしているから!
◇
あれから、一ヶ月。
警戒していた私の気持ちとは余所に襲撃はなく、無事今日を迎えられた。
今日が、何の日か。
「フィーネ、シンディ、早く早く」
「待ってくださいティナ姉様、まだ二度目の持ち物確認が……」
「もーっ、入園式なんだから教科書なんて要らないに決まってるでしょ!」
「あっ、そうでした……」
そう。今日は、貴族の通う王立学園の入園式。
私とシンディが、初めて学園に足を踏み入れる日だ。
今日まで来ることができた。
みんなが無事に過ごして、家族五人揃っての入園式。
ゲーム中ではここからオープニングプロローグでクラス分けをして、後日教室に入ってから操作が始まる。
既に現段階で、アンヌお母様はニコニコ美人の料理好き、エドお父様は健在で僅か数ヶ月にて人気店舗のパティシエ様と、ゲームの開始地点と全く違う。
大幅に未来が書き換わった、いわば『強くてニューゲーム』ならぬ『幸福でニューゲーム』である。
このゲームは十歳から学園生活が始まり、じっくり歳を重ねていく。
そこまでの期間で育んだ男キャラとの関係が、主人公であるシンディの将来に影響してくるのだ。
目の前に広がる、学園の正門。
ゲームで何度も見た光景。だけど肉眼で見ると迫力がある。
ちょっと気圧されていると……右手に温かな、本来有り得ない存在の感触。
「行きましょう、フィー姉様」
義妹のシンディが、ふわりと笑う。
それだけで、周りの男子生徒が足を止めるのだ。
ゲームでは『絶対に一緒に並ばないで』とフィーネに言われ、俯いたシンディ。
そんなシンディから、手を握ってくれる。
なんだかもう、それだけでちょっと泣きそうになってきちゃう。
「うん、行こう」
私はシンディの手を強く握り返すと、二人で並んで正門を入った。
その一歩目を踏み出し、心の中でゲームの効果音をピッと鳴らす。
——『幸福でニューゲーム』、開始。
これにて一章終了です、ありがとうございました。以前より書きたかった悪役令嬢ものを書けて満足です。
引き続き二章に入っていきますので、ブックマークして追っていただけると嬉しいです。