順風満帆。そう思った時ほど……
私は、今の状況を考える。
悪役令嬢トラヴァーズ家。
この世界におけるシンデレラ、シンディの新しい家族である継母一家である。
その懸念事項は、一つ。
主人公に、殺されること。
悪役令嬢らしく、それ相応の理由で因果応報の最期を遂げるのだ。
私は最初、その理由が自分にあると判断した。
元々のフィーネちゃんはとんでもない面食いであることが日記によって発覚し、私はシンディに嫉妬したフィーネの嫌がらせによって家が破滅したと思った。
これに対する解決方法は、至極簡単。
私がシンディと仲良くなればいい。
っていうか、小学生みたいな子相手に面食いになるかいな。
……そう思っていたけど、長い間会話をして親しくなると、どうしてもいいなとか思っちゃうようになってましたね……反省反省。
私の部分は、全て解決したように思う。
少なくとも、シンディとの仲は良好だ。
ぶっちゃけ滅茶苦茶素直で勤勉でいい子ちゃんだからね。あまりにかわいすぎて、嫉妬する暇もない。
むしろ嫉妬した時点で、自分の性格の悪さに自己嫌悪に陥りかねないってぐらい。
シンディを超えたくば、顔以外は努力で超えよ! 顔以外は! 顔! 以外は!
……顔は無理だというのは、十分に伝わった。
次の問題。
ティナ姉は、自分の実父を大切にしていた。その実父ジェイラスさんの次にやってきたのが、エドワードさん。その娘がシンディだ。
つまり、自分の実父であるジェイラスさんの居場所を奪ったエドワードさんの娘だから、シンディに辛辣に当たっていたという可能性。
この可能性、結構大きい問題だったみたいでちょっと困っていた。
ティナ姉は激情家だし、何よりレヴァンティナは自分じゃないのだ。
自分の力で仲良しにするのは難しい。
だけど、その心配はもう不要。
ジェイラスお父様は、結構パワータイプのおじさまだったみたい。
それに引き換え、エドワードさんはちょっと弱そうなファミリーパパ。
まるで正反対の二人。
——というのは、表向きの顔。
エドワードさんは、亡き妻と娘のためなら獅子になる、ちょーかっこいいパパだった。
昼行灯系っていうのかな。あの変貌っぷりは、びっくりした。
そして、その娘の中に私とティナ姉も入っている。
正直かなりかっこいい。
なかなか口でそういう理想を言えても、ああいうことはできない。
まあ、紆余曲折あったけど……エドワードさんのことを、ティナ姉は受け入れるようになった。
その結果、エドワードさんの娘であるシンディとも仲良し。
まだ外のお店で頑張っているエドワードさんには悪いけど。
それでも、仲良しの女性四人組で家族団欒の食卓は、とっても楽しい時間となった。
以前のような気まずさはもうない。
もう、大丈夫。
もう、大丈夫だよね。
————本当に?
◆
今日は、久々にエドワードさんがまた店舗の抜き打ち視察に行くらしい。
だけど既に娘も見られている以上、玄関から堂々と入るとのこと。
「それじゃ、行ってくるよアンヌ」
「ええ。折角だから、私達も食べてみたいわね」
「う〜ん……あいつのタルトをアンヌに食べさせるのは、ちょいと妬けるな」
「まあ! 独占欲が強いのね、ふふっ。でも、私も結構舌が肥えてきたのよ。もしかしたら、エドとのタルトの差は私の方が分かっちゃうかも」
「はっはっは、アンヌも言うようになったね」
見てくださいよ、この楽しそうな会話!
新婚さんのいちゃいちゃオーラをふんだんに出しています!
両者ともに、相手をなくして自分の子は既にいる状態。
新たに二人の愛情が新しい子供の方に向くということもなく、ラブラブっぷりを遺憾なく発揮しております。
ですが、これは……もしかしたら、弟か妹が増える可能性もあるかも!?
新しい家族が増えたら、本格的に二つの家族が繋がったみたいになるね。
んっふっふ、精神年齢高いフィーネちゃんとしましては興味津々ですよ。
……。そういえば、ゲーム中ではそんなことなかったですね。
こんだけラブラブエピソードがあるのなら、アンヌお母様も新しい子供を作っていても……っていうか、仕込んでいても良さそうなものですけど。
どうしてだろう……。
……。
そりゃ、そうだ。
だってその時に、エドワードさんはいなかったんだから。
シンディがひどい目に遭っていても、助ける人はいなかった。
——あれ?
そもそも、この家ってアンヌお母様が一番力が強いんだよね、いろんな意味で。
それでもフィーネやティナ姉を止めることはなかった。
黙認だ。
そりゃまあ、止めるエドワードさんがいなかった。
そして、アンヌお母様が止めなかった。
氷の夫人は、そんなことで表情を変えることはない。
かわいそうなど思わないような、冷徹な人なのだ。
フィーネがシンディを受け入れられなかった理由は、可愛かったから。
ティナ姉がシンディを受け入れられなかった理由は、エドワードさんの娘だったから。
じゃあ、アンヌお母様がシンディの虐待を止めなかった理由は?
……そう、アンヌお母様がそうなってしまった理由なんて、決まっている。
『エドワードさんの娘』だからだ。
トライアンヌ・トラヴァーズという女性は心を閉ざした。
かつての温かい心を、氷漬けにして。
冷酷な氷の夫人になったのだ。
氷の夫人に、自分の意思で変わった。
その理由など、一つしかない。
「——お母様ッ!」
私は、今までで一番の大声で叫ぶ。
皆が驚いた顔でこちらを注目しているが、構っている暇などない。
学園への入園は、もうすぐ。
そのゲームスタート時点で、既にアンヌお母様は氷の夫人だった。
ならば——エドワードさんが一人で遠くに離れる瞬間は、もう今日ぐらいしかないじゃないか。
私は続けて叫んだ。
「今すぐ、エドワードさんを追いかけてください!」
「え、ど、どうしたのフィーネ」
急な発言に、さすがに困惑するだろう。
特に私は、怒りや緊迫など露わにしたことがない。
だけど、今の私を説明している暇がない。
行ってくれないと、全てが終わる。
終わる、のだ。
一家で一番力を持つアンヌお母様が変わってしまったら、私達姉妹は変わらざるを得ない。
少し迷ったが、私は少し卑怯な伝え方をした。
「ジェイラスお父様の時と、同じような予感が……」
アンヌお母様は目を見開き、すぐに持ち物を整えて扉を開いた。
「私も付いていきます!」
「やめなさい、危険よ」
「絶対に行きます、見届けなくてはいけない。私は、顛末を見届ける義務があります」
「……フィーネ、あなたは……」
お母様は私を馬車に入れると、ティナ姉とシンディを一瞥し、一言も発さずに馬車を出発させた。