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ティナ姉と、二人の父親

 おうさまは、いいました。


 まおうを、たおすのだ。

 さすれば、ひめをそなたにやろう。


 ゆうしゃは、いいました。


 それは、おひめさまがのぞんだことですか?

 おひめさまに、したがいます。




 おひめさまは、いいました。


 わたしがのぞんだことです。

 ゆうしゃさまがよければ、わたしをそばに。


 ゆうしゃは、いいました。


 かならず、まおうをたおします。

 そして、あなたをそばに。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 挿絵の勇者様、やっぱ顔渋い! イケおじってぐらいの、濃い顔してる!

 そしてお姫様はなんか見れば見るほど若くて可愛い!


 犯罪! 犯罪です!

 健全なお付き合いを考えるべきだと思います!


 そりゃまあ王様としても? 勇者の血筋とか欲しいわけですし? お姫様に嫁がせるのならイイ男がいいわけですけど?

 それにしても、こりゃーちょっと若すぎやしませんかね?

 いいんですかね、お姫様。ちゃんと納得いってますかね?


「年配の方ですね……」


「かっこいいわよね!」


「えっ、あの、はい……」


 シンディが話を振ると、ティナ姉はまさかのおじさまベタ惚れ。

 どうしよう、ピュアな天使ちゃんだと思っていたティナ姉の、まさかの歪んだ性癖が見つかってしまった。


 果たしてティナ姉のハッピーエンドは望めるのか……!


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ゆうしゃは、たたかいました。


 まもののむれを、ひとりでたおし。

 どんなてきにも、まけはしません。


 みちのとちゅうで、とうぞくにおそわれました。


 ゆうしゃはとうぞくを、たおしました。

 しかしころさず、ゆるしたのです。


 ゆうしゃは、いいました。


 まじめにいきて、だれかのやくにたつのです。

 そうすれば、あかるいみらいがまっています。


 とうぞくは、かんげきしました。


 あくにんをせいばいし、かいしんさせる。

 やさしいゆうしゃは、みんなにしたわれ——


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ここは嫌い」


 ——読んでる最中、ティナ姉は固い声でそう言うとページをめくった。

 えっ、ティナ姉は悪人改心エピソード嫌いですか?

 まあ、子供だと『復讐は気持ちいい!』で終わりそうな気持ちもわかるけど。

 でも大人になってもそのままだと、ちょっと困るなあ。


 まあ今はいっか。気を取り直して読み進めていこう。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ゆうしゃは、まおうとたたかいます。


 まおうは、おひめさまをねらうきでした。

 ゆうしゃは、おひめさまをまもります。


 まおうは、いやそうなかおをしました。


 まおうとのたたかいは、なんにちもつづきました。

 そしてみっかめのあさ、ついにゆうしゃはまおうをたおします。


 まおうはいいました。


 おまえは、それでいいのか。

 そして、さらさらときえていきました。


 ゆうしゃは、いいました。

 おひめさま、わたしでいいのですか?


 おひめさまは、いいました。

 あなたが、いちばんなのです。


 ふたりはしろで、しあわせにくらしました。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 これで、ハッピーエンドだね。

 よくわかんない文面もあったけど。

 一度見たとおり、普通の本だった。


 なんか、ほんと、めっちゃド普通ですね。

 まあ子供向けの絵本なら、こんなもんでいっか。


 ティナ姉は、ぼんやり呟いた。


「盗賊って、これよりも前に盗みをやってたと思うんだよ」


「そうかもね」


「許すのっておかしくないかな。改心したかどうか分からないし」


 そりゃまあ……そうだね。

 でも、勇者が魔王を倒してめでたしめでたし、だ。

 とりあえず誰も不幸になってないと思うし、それでいいんじゃないかな。


「ティナ姉は、この本のどこが好きなの?」


「勇者様」


 その男を指差して、ティナ姉は言った。


「ジェイラスお父様に似てるんだ」


 ……えっ。

 あ、この本って、そこでそういうふうに繋がるんだ。


「お父様、フィーネは覚えてない?」


「……ええっと」


「だよね。かなり昔だし、フィーネはあまりお父様べったりじゃなかったもの」


 よ、よかった……それなら覚えてなくても不自然はない。

 もしもこれが、結構思い出もあったのに忘れてしまった薄情者、とかになったらティナ姉との関係もかなりこじれる。


 そうか。実父は結構おじさま系か。

 アンヌお母様は、当時相当若い。十代ママさんのはず。

 こんな感じのジェイラスさんと結婚したのなら……確かに日記にそこまで愛を育んでいた描写ないのも分かるかも。


 シンディは、絵を食い入るように見つめている。

 そして一つの結論に至った。


「……ティナ姉様から見ると、お父さん……エドワードは、頼りなく見えたのですね」


「最初はね」


 はっきりと肯定しながら、同時に否定するような返事。


「昨日、思った。多分エドワードさんは、ジェイラスお父様とは違うタイプの、強い人。だからもう嫌いじゃないかな」


「き……嫌い、だったんですか……」


「そうだけど?」


 歯に衣着せぬティナ姉復活!

 あまりにハッキリ言われて、シンディも絶句している。


 でも、この距離感はつまり、ティナ姉の中で拒否感がなくなった証でもある。


 ティナ姉にとっての『父親』というものに大切だった要素は……きっと、頼れる背中である、ということだろう。

 エドワードさんは現代日本受けしそうな優しいファミリーパパだった。確かにそういう人も悪くないんだけど、いざという時に頼りになるかどうかというのも、一長一短だった。

 女子供には普段腰が低いけど、高圧的だったり厳つい相手に妻子を危険に晒されると絶対負けない。……まあ、言うのは簡単だけど、それは難しいものだ。


 でも、エドワードさんはその人だ。

 ちっちゃなティナ姉に腰が引けてるのに、妻子のためとあらば狼になる。

 まさに、かっこいいパパだったのだ。


「ってわけで、もうあんまり苦手な感じもないかな?」


 ティナ姉は、おどけた様子で喋る。


 下から、アンヌお母様の声が聞こえてきた。


「はーい!」


 そして本を閉じると、ぺいっと机の上に投げて一階まで走って行った。


 残るは、私とシンディのみ。

 ティナ姉のさばさばとした反応を見て呆気にとられていたけど、すぐにシンディは安心したように溜息をついた。


「よ、よかったです〜……」


「うん、私としても一安心だよ」


「フィー姉様には、本当にずっと気に掛けてもらってばかりで、何とお礼をいったらいいか」


「私がしたかったことだもの、気にしなくていいよ。身体はティナ姉みたいにしっかりしてないけど、なるべく頼れる姉として頑張るから今後も仲良くしてね」


 シンディは「はい!」と笑って返事をすると、一緒に一階へと降りた。

 今日の食卓は、みんながみんなお喋り。

 仲良しだから、誰もが遠慮をしないのだ。

 まあ喋りすぎて食べるの遅くて、アンヌお母様はちょっと困っていたけどね。


 ——きっと、今日が本当の家族になった日、なのだろう。


 かつてのトラヴァーズ家が成し得なかった、仲の良い継母家族との関係。

 それが、この場にある。


 端から見れば、とても普通の姉妹のお喋りだろう。

 たったそれだけのことが、私にはとても貴く感じるのだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] まおうは何故そんなリアリティの匂いがする言葉を残して消えたんだろう?
[一言] 家族団らんだけで何故か泣けてくる……
[一言] 言葉を変に選ばず、「もう嫌いじゃない」って言う、年相応なティナ姉がイイ。 真っ直ぐな良い子だなぁ
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