悪役令嬢の姉の真実
転生した、という状況を理解する前段階として、私は鏡を見ていた。
自分の姿を見て、『こいつティルフィーネじゃん』って分かってから、急激に理解したのだ。
同時に、理解する。
この家にいるのは私一人ではない。あと二人の悪役令嬢がいるのだ。
私は急に転生した内心の焦りを隠しながらも、隣の女の子に目を向ける。
勝ち気な細い目をした、赤いセミロングヘアが綺麗な年の頃十二歳の少女。私の姉、レヴァンティナ・トラヴァーズだ。
ゲーム中はとにかく癇癪持ちの噴火姉で、すぐに怒ってはシンディに当たり散らかす怖い姉である。近くを通過すると蹴られてダメージを受ける。
確かフィーネは、ゲーム中ではティナのことを――。
「――ティナ姉」
「ん? 何、フィーネ?」
と呼んでいたなと、なんとなくゲームでの呼び名で返事が来るか呼んでしまった。返事が来たけど、とーぜん特に話す内容なんてなにもない。
顔は正面のまま、細い眼のみがこちらを向く。……年齢が若くても、目つき悪くて怖い。子供の頃からめっちゃツリ目。
「よ、呼んでみただけです、ごめんなさい……」
あの恐怖の爆発がこのリアルな現実でもやってくるかとびくびくしながらも、何も理由が思いつかなかったので馬鹿正直に答えた。
「ふふっ、何よそれ? 急に他人行儀になって。ん~、寂しくなっちゃった?」
ティナ姉はそう私に返事するも、怒った感じはなく、どちらかというと困ったように笑いながら私の頭を優しく撫でてくれた。
そしてもう片方の腕を使って、頭一つ以上小さい私の全身を抱き寄せて、髪の毛を手櫛でほどくように優しく梳いていく。
……?
あ、あれ?
えっ、あの、誰これ?
私の記憶しているレヴァンティナという癇癪持ちの悪役令嬢と、目の前のお日様のにおいがする優しい少女が全く被らない。
これが、シンディに暴力の限りを働いた、あのティナ?
レヴァンティナといえば遊んだ人にはトラウマの、主人公シンディを学園の裏庭から森の中まで追いかけ回して、倒しても倒しても睨み付けながら立ち上がってくる恐怖の悪役令嬢なのだ。
能力もシンディと瓜二つで強いので、とにかく攻略情報がないと苦戦させられる。
特にイベントバトル初戦の『味方なしタイマン』は、そこでゲームが詰まってしまう人もいるほどの高難易度であり、挫折ポイントでもある。
その上セリフパターンが少なくて『ブッ殺してやるゥゥ!』と攻撃する度に叫んでくる姿は、プレイヤーに『遊んでいるだけで心臓に悪い』『子供が見たら絶対泣く』と言われたほど。
その理性を無くした悪魔みたいな炎の悪役令嬢と、目の前の少女が同一人物だと、とても思えないのだ。
被らないなんてものじゃない、まるで正反対としか思えない性格。
これが……これがレヴァンティナ?
私がぐるぐると考え込んでいると、それを悩んでいると思ったティナは、私を抱きしめたままソファに腰掛けて、そのまま頭をなで続けた。
「どうしたのかな? でも、だいじょーぶ、だいじょーぶ……嫌なことがあっても、ねーちゃんがフィーネをまもってあげるからね」
「……ティナ姉?」
「うん、ティナ姉だよー。アタシは何があっても、フィーネの味方だから。他の誰が何を言っても、ねーちゃんがフィーネを守ってあげるからね」
ティナの優しい姉としての言葉に、私の中で少しずつ……このレヴァンティナという少女のことが理解できてくる。
「今年から学園行ってるけどさ、アタシ、とっても才能あるんだって。だからフィーネが怖いヤツにやられそうになったら、ねーちゃんがかわりにやっつけてあげるからね」
そして、今の言葉で確信した。
ティナは、同学年中でも群を抜いてぶっちぎりで強い天才魔法使いなのだ。
それこそ、シンディぐらいしか勝てないほどの。
主人公のライバルとなり得るだけあって、同じ属性を高いレベルまで持っていった最強の女学生。
そのティナが、どうしてそこまでして強くなったか。
……なんてことはない、妹のフィーネを守るためだ。
最初のボス戦というだけあって、フィーネは本当に弱い。
このゲームは他のゲームのご多分に漏れず、属性の相性問題というものがある。
火、水、土、風の四すくみだ。
属性の相性問題もあり、火属性のシンディの攻撃は風属性のフィーネに二倍、だからフィーネの攻撃はシンディに半分のダメージ。
四倍の能力差を、属性の相性のみで覆されるのだ。
だからフィーネは、シンディに勝てないようにできている。
結果……燃やされて、死ぬ。
乙女ゲームにしては、あまりに過激だと思う。
だけど実際、フィーネは何度も『悪戯』と称して、学園で大怪我しそうな嫌がらせを何度もするのだ。
最終的にはその悪事が全てバレて、フィーネは逆ギレしながらシンディを本気で殺しにかかる。
だが、義妹として我慢していた力を解放したシンディによって、皆の前で返り討ちにされてしまうのだ。
……正直、同情できない最期だと思う。
それでも、どんなに極悪人だと分かっていても、ティナは復讐せずにはいられない。
何故ならレヴァンティナにとって、ティルフィーネはたった一人の実妹なのだから。
幼いティナにとってフィーネがこれほどまでに大事なのなら、果たしてフィーネがいなくなってしまったらティナはどうなってしまうのか。
……言うまでもない。王国の法律を無視してでも、シンディを殺すまで追い詰める魔女に変わった。
でも、本物のレヴァンティナは。
私のティナ姉は、こんなに優しい女の子だったのだ。
知らなかった、何も。