本を読むティナ姉とシンディ
馬車で家族最初の旅が終わった。
最後にティナ姉が不思議な質問をしたけど、その意図は掴めなかった。
ただ、変化したことがある。
「シンディ、それだと字が違うわよ」
「あっ、すみません! ティナ姉様」
「謝らなくてもいいわよ。アタシよりも進むのが早いもの。フィーネと同じクラスになるんだから、恥かかないようにしないと」
「うっ……フィー姉様と比べられるのは、今から考えても頭が痛いといいますか。あんなに読めるものなんですか?」
「ふふっ、フィーネは特別よ。学園に入ったらすぐに一番ね」
ティナ姉が、シンディの勉強を見ている。
もうすぐ学園生活が始まるので、文字を教えている形だ。
ティナ姉の心境に、どんな変化があったかはわからない。
だけど、この姿は私にとって、とても嬉しいこと。
あの二人がこんなに近くなるなんて、ちょっと前では想像もできなかった。
私の人生は、私のもの。
だけど……どんなに頑張っても、他人の人生は他人のものなのだ。
その好き嫌いの感情なんかを、私個人が修正できるはずもない。
だから、ティナ姉がシンディを受け入れてもらうには、最低限ティナ姉の心境の変化が必要だったのだ。
ふと、思う。
ティナ姉がシンディを受け入れられなかったわけではない。
シンディの父親であるエドワードさんが受け入れられなかったのだ。
でも、それはエドワードさんが嫌いだったから、というわけでもなかった。
実父のジェイラスさんのことを大切に想っていたから。
それが突然変わったとは思えない。
そうなると、理由は一つしかない。
——エドワードさんを認めた、であろう。
私は二人の様子を見ながらも、手元の小皿に取ったスープを一口飲む。
塩は……これぐらいでいいだろう。
具材の出汁も出るし、まだ子供のうちから塩分過多になったらいけないからね。
まー、私も子供だけど。
いいのいいの、心はもう保護者気分ですので。
「お母様、こちらの味の調整は終わりました」
「ありがとう、それじゃ後は任せて」
「はい」
アンヌお母様がナイフで切り終えた具材を入れたのを見届けて、二人のところへと戻る。
「どう? 分かりそう?」
「そうですね、まだ怪しい部分もあるのですが、ある程度は終えました。ティナ姉様、ありがとうございます」
「ん、いいってことよ。フィーネに比べたら、アタシも座学は劣等生だもの。それでも文字ぐらいは分かるわ、王国文字が読めないと絵本も読めないものね」
「絵本、ですか?」
「そういうの、読んだことない?」
「はい」
ティナ姉は、いいことを思いついた、みたいな顔をしてシンディと私を自分の部屋に呼んだ。
お母様の料理は……えーっと、スープを煮込む時間はもちろん、まだお肉を焼くんだっけか。じゃあもうちょっと大丈夫なはず。
部屋の中に入り、ティナ姉は奥から本を出す。
それは、以前見た絵本。
そういえば私、ティナ姉の部屋で日記を探しに来た時に絵本読んでた。
さすがにティナ姉も、勝手に部屋を漁られたと知ると怒りそう。
しらないふりしておこう……。
シンディと私が隣に身を寄せて、ティナ姉は満足そうに本を開く。
ありきたりな絵本。
子供向けの絵本。
ティナ姉にとっても、子供っぽすぎるほどの絵本。
だけど……それこそが、ティナ姉の本質だったのだ。
最初から、答えは提示されていたのだ。
私は……ようやくティナ姉の心境の変化が分かった。