エドワードさんと、お店と、グウェンドリーネの話
覆面調査に乗り出した、エドワードさんの抜き打ち審査。
お弟子さんにお店を渡して、円満に全てが解決だね!
そう思っていたんだけど。
「エドワードさん、なんで……」
中から、お弟子さんの声が聞こえてくる。
エドワードさんよりも年配らしき声だけど、新婚さんらしいから身体が大きいだけで年下かもしれない。
「さっき買いに行った少女は、トラヴァーズ家の令嬢二人。買ってきてもらった」
「——ッ!?」
「君は、バターの量を抜いたね。砂糖もだ。フルーツを厳選するのは難しいが、材料でカバーしなければ、すぐに人は離れると言ったはずだが」
そ、そうだったんだ……全然気付かなかった。
でも、確かに言われてみると、アンヌお母様が買って帰ってきたときのような『特別感』はなかったように思う。おいしくないわけではない。ただ、『普通の』ものだった。
「し、しかしそれは」
「——ジェフ」
お弟子のジェフさんの名前を呼ぶエドワードさんの声が、聞いたこともないほど固いものになっている。
「この店はね、元々そこまで評判はよくなかったんだ。それを、グウェンドリーネ……妻が看板娘として立つことで、売り上げに大幅に貢献していた」
うわー、絶世の美女の手渡し販売とか、そりゃ人気出ますね……。
「だが、いつまでも妻に頼りっきりではいけない。その人気に見合う味にしなければならないと、腕を磨いた。だから妻が死んでも、この店の人気は落ちなかった」
「エドワードさん……」
「この店はね、僕の店じゃないんだ。元々グウェンドリーネによって成り立っていた店を、僕が後から自分一人でも店になるようにしたものだ。……だから、妻の名に傷が付くようなら、姉妹店ではなく別の店として出してもらわなくては困る」
話を聞くだけで、途轍もない意志を感じる。……すごい、覚悟だ。
王国きっての美人妻の看板娘。その人気に釣り合うには、当然のことながら王国一と言われてもいいぐらいに高水準でなければいけない。
エドワードさんの味は、ちょっと練習して贅沢してます、なんてもので出来上がってるわけじゃない。
シンディの母親の顔、それと同じぐらいの甘味界の偏差値を目指して、作られたわけだ。
根本的に、意識が違う。
……その説明を、目の前のティナ姉は真剣な顔をして聞いている。
私がいることすら忘れているぐらいに。
「今は、グウェンドリーネがいない。だから、この店はシンディのためでもある。それに……それだけじゃない。あの二人は、僕の新しくできた娘だ」
私達の話題が出てきて、お互いドキッとする。
目を見開いて、再び目を合わせた。
口に手を当てて……そして再び壁に耳を当てる。
「トラヴァーズ家の支援で、新しい店舗も順調だ。だから、娘の名を汚すような真似は許せない。特に、ジェフは『弟子』だと皆が知っている。ただでさえ穿ったように格下と思われかねないのだから、味の評判が広まれば、この店そのものが潰れるだろう。だが——」
ダンッ! という音が鳴り、再び私達は飛び上がる。
「——グウェンドリーネとの思い出のこの場所を、潰すような真似は許すわけには行かない」
厳しい声。
優しい……というか、ちょっと気弱な印象すら受ける家でのファミリーパパであるエドワードさんとは、全く違う雰囲気。
これが、本来のエドワードさんなのだろう。
「……すみません、エドワードさん。私が間違っていました。自分は手を抜いて生き残れるような立場ではなかったのですね」
「ああ。むしろ僕のメニューより材料を増やして、客を取るぐらいの意識を持っていないと厳しい。それぐらい、味の差は出る」
「はい。覚悟いたします」
話が終わりそうだったので、ティナ姉の袖をつまんでその場を離れる。
そして途中まで戻ってきたところで……シンディがこちらを見ていた。
「おかえりなさい」
「ただいま。盗み聞きしちゃった」
「どうでした?」
「かっこよかったよ。厳しい職人っていうか……」
「ふふっ、お父さんには秘密にしておきますね。恥ずかしがり屋なので、将来からかうネタにします」
実の父親には遠慮がないのか、シンディはくすくす笑いながら馬車の方へと戻っていった。
アンヌお母様も、私達の話を聞いて「へえ、あの人が……」と感心している。
そりゃまあ、お母様にとったら好きな男性の、自分の知らない話だものね。
わかるわかる、気になっちゃうのわかるよー。
少し遅れて、エドワードさんが戻ってきた。
「時間を取ってしまってすまない」
「いえ、そんなに待ってないですよ。それじゃ帰りますか」
「ああ」
馬車が走り出す。
行きと同じ配置。そして、少ない会話。
と、思っていると。
「エドワードさん」
と、喋った。
なんと、ティナ姉が、だ。
みんな驚いていた。シンディも、アンヌお母様も、もちろん私も。
何より、呼ばれたエドワードさんが驚いていた。
「な、なんだい?」
ティナ姉は、エドワードさんをじっと見て話す。
「もしも、怖いドラゴンがお母様を襲ってきたら、エドワードさんは戦う? 逃げる?」
唐突な質問だった。
エドワードさんはあまり迷う様子もなく、淡々と答える。
「できればアンヌの隣にいたいけど、でも何より役に立ちたい。きっとティナ達を連れて逃げることを選択するよ」
「戦わないの?」
「戦うよ。もしもドラゴンが火を噴いてきたら、君たちを逃がすために、壁になるだろうね。それが僕のするべき戦いだ」
アンヌお母様がエドワードさんの手を握って、「冗談でもそんなこと言わないで」なんて悲しそうな顔で言うものだから、エドワードさんもアンヌお母様の頭を撫でて冗談だと返している。
ティナ姉は、どうしてこんな質問を……?
当のティナ姉は、「そっか……」と呟いて、再び黙ったのだった。