覆面パティシエ警察、エドワードさん
ゼイヴィアとのちょっとした騒動があった翌日。
さあ、今日こそティナ姉に話を聞くぞー!
そう思ってたんだけど。
「こういう時ほどタイミングって合わないよね……」
私は、ぼんやりと呟く。
「フィーネ、どうしたの? ほら、早く!」
「あっ、はーい!」
私は玄関先に止まっていた、家族全員が既に乗り終えている馬車に乗り込む。
ティナ姉に呼ばれて、私は考え事から全てを離して馬車に乗り込んだ。
今日は、予定があった。
予め決まっていたわけではなかったのだけれど、エドワードさんがお弟子さんのお店のチェックに行くのだ。
その店に、アンヌお母様もついていく。
そこで聞いたのが、ティナだ。
『お母様、タルトとか食べに行くの?』
もちろんそれが目的というわけではない。せっかくの休日、エドワードさんと一緒にいたいというのが本心だろう。乙女め。
しかし花より団子なティナ姉には、そんなことは分かるはずもない。
『ずるいずるい! 私も食べに行く!』
そして決定したのが、ティナ姉の視察同行である。
そうなってくると当然、家に残るのがシンディと私という、まあ要するに『平日と同じ』という状態になる。
もちろん、ティナ姉だけお菓子を食べに行くというのも不平等であるため、シンディと私も同行することになった。
トラヴァーズ家による、お弟子さん審査である!
なんてほどのものではないけどね。
「それじゃ、出発をお願いするわね」
馬車が走り始めて、道を行く。
シンディが左に、ティナ姉が右に。
……まあ、そりゃそうなるよね。
正面には右にアンヌお母様で、左にエドワードさんだ。
うーん……フィーネちゃんはみんなとなかよしだよー。あ、そういえばアンヌお母様もだね。さすがアンヌお母様。
ティナ姉が手を握ったので、ティナ姉の方を向くと目が合った。
そして何かを喋ろうとして、顔を背ける。……えっ?
ふと振り返ると、シンディがこちらを見ていた。
ああ、シンディと目が合ったから気まずくなっちゃったみたいな感じか……。
そしてそれを察したシンディも、ちょっと困ったように苦笑い。
……。
ふと思ったけど、そういう内情を敏感に感じ取るのも、シンディ凄まじいですよね。
なんかもう本当にお子様ですかってぐらい成熟してる気がする。
そういえば貴族ってわけでもないのに、ゼイヴィアに失礼するようなこともなかったものね。
お店の近くに着いたところで、なんと私とティナ姉に指令が下った。
「買ってきてほしい?」
どうやらエドワードさんは、不意打ちで店の料理を買って、それを皆で試食しようということらしい。
なるほどなあ、覆面調査ってやつだ。
私とティナ姉は、やや久しぶりなお店にやってくる。
今日はしっかりオープンしていて、お弟子さんがお店を開いていた。
店頭に居るのは女の人……ってことは、もしかして奥さんかな?
「いらっしゃい。おつかいかな?」
「うん、フルーツタルトがほしいの」
「えらいね」
会話を軽くして、目的の物……と、他にも言われていたクッキーやミルフィーユをいくつか買って帰る。
エドワードさんは、フルーツタルトを見て「ふむ……」と唸る。
真剣な顔で、目を細めている。普段の優しいふわふわ〜っとした好青年な感じは鳴りを潜め、ものすっごく厳しい職人エドワードさんが顔を出した。
その顔を、アンヌお母様は、じ〜〜〜〜っと見てる。
そりゃもう、エドワードさんがアイスクリームなら、間違いなく溶けてるねってぐらいの熱視線。
やっぱりアンヌお母様、今から二つ名を情熱のアンヌに変えない?
エドワードさんは、持っていたナイフで切り分けると、ひとつを食べる。
直後「ん……?」と呟き、最初にシンディに渡した。
「どう思う?」
「……ん……おいしいとは、思うけど」
「薄い、よな?」
シンディが頷き、私達も食べる。
食べ終わって、ティナ姉と目を見合わせるけど、お互いに首を傾げた。う、薄いですかね……?
アンヌお母様とも目を合わせたけど、アンヌお母様も首を横に振った。
うーん、やっぱわかんないですね。
「……ちょっと待っていてくれ」
静かになったエドワードさんは立ち上がり、食べかけのフルーツタルトを片手に店の方に行った。
「……」
それを、ティナ姉はじっと見ている。
……ふと、思った。エドワードさんのことを気になってるんだと。
私はティナ姉に声をかける。
「ちょっと覗き見してみる?」
「えっ、私は別に……」
「いいからいいから」
そして、アンヌお母様とシンディを残して、ティナ姉を引っ張りお店の裏側に回った。
「——こういったことを続けるのなら、看板は変えてもらわないといけない」
そこは、想像している以上のものがあった。
私とティナ姉は、お互いに目を合わせて、こっそり近づいて聞き耳を立てることにした。