主人公と、攻略対象
シンディと話して数日、再びの休日になった。
平日はあんまり二人っきりになれる時もないし、夜遅い中でしつこく聞くのも気が引けるし……。
ってわけで、じっと待っていたのだ。
今日はティナ姉から、ジェイラスさんのお話を聞くぞ!
と思っていたんだけど。
私は、すっかり忘れていた。
そういえば、しばらく来ていなかったなということに。
◆
「こんにちは、フィーネ! ティナも」
「ようこそおいでくださいました、ゼイヴィア様」
「こんちわゼイヴィアー」
そう。エクゼイヴィア・ペルシュフェリアである。
将来の最強土属性魔法使いであるゼイヴィアなのだけれど、何故かフィーネが気に入られちゃって、ずっとゼイヴィアは家に来ていた。
子供にしては冷静で頭も良く、だけど背伸びしてる感があって私も話をしていて退屈ではなかった。
あまり精神年齢年下扱いしてたら、失礼に当たるだろうからね。
でも、彼との楽しい一日の終わりに、いつも同じことを思っていた。
そして、今日が来た。
私は、ここに来てようやく『ああ、ついにこの日が来たんだ』と思った。
主人公が、攻略対象に出会うのである。
ずっと思っていた。いつか私とフィーネを比べる日が来ると。
……まー実際のゲーム画面かなり早い段階で出会うことになっちゃったけど。
シンディが、おずおずと前に出てくる。
「あの、初めまして」
ゼイヴィア、当然目を見開いて私の方を見る。
……一応気持ちは分かるけど、姉の名前を後に呼んだり、妹の私を先に見たり、それティナ姉じゃなければ割と失礼だからね?
まあティナ姉、そういう上下とか気にしないカラっとした人だからいいけど。
「ゼイヴィア様。この子はシンシア。母トライアンヌがこの度エドワードと再婚しまして。彼女は義父の連れ子となります」
「再婚……! それはおめでとうございます、トライアンヌ様!」
やっぱり知らされていなかったのか、それともサプライズだったのか分からないけど、ゼイヴィアは驚きつつもシンディに礼をする。
「初めまして、シンシア。僕はエクゼイヴィア・ペルシュフェリアだ。ゼイヴィアと呼んでくれ」
「は、はい! でしたら私も、シンディと気軽に呼び捨てていただければ……!」
そんな挨拶に、ゼイヴィアは「ふむ……」と呟いてシンディを見る。
……始まった。
未来の婚約者候補による、絶世の美少女との邂逅。
もう、私にすることはない。
……。
……? あれ?
私、なんでこんなに残念がってるんだろ……。
シンディが誰を選ぶのか分からないけど、それを認めて妨害しないことが、私の人生で一番大切なことなのに……。
なんだか、シンディが、羨ましくて仕方がない……。
……ああ、そうか。
これが、元のフィーネの味わった感情か……。
だって、元々が貴族だものね。
フィーネはシンディよりも先に、どんな相手とも付き合いがあったはずなのだ。
だけど、後から来たシンディの方が、みんなと親しくなってしまう。
フィーネは自分から寄っていっても、王子様達に軽くあしらわれるのみ。
シンディは何もしていなくても、王子様達が積極的に声をかけてくれる。
仕方ない、といえばそれまでなんだけど……これが、主人公と、悪役の差。
元々攻略対象は、この国を代表するトップばかり。
遙か遠い存在なのだ。
私は、一歩引いてシンディを促した。
ベージュの髪をした少年の、キリッとした目元。その彼とシンディの目が合う。
傍目に見ても、お似合いだ。そりゃあ私だって二人の未来の姿で最初にカップル作ったんだから。
初めて見るシンディを前に、ゼイヴィアが口を開いた——。
「ところで、本はお読みに?」
——うん?
「いえ……。元々、パティシエの父の元で手伝いをしていた平民に過ぎませんので」
「パティシエか、それは素敵だね。……そうか、ということは魔術書にはまだ触れてないんだね」
「も、もちろんです。あまり学がなくて、まだ読む練習段階です。だからフィー姉様にはいっつもお世話になってばかりで……」
「シンディは、フィーネのことを『フィー姉様』って呼んでるのか! フィーネ、僕もフィーって呼んでいいかい!?」
「そ、それはシンディ向けに考えた名前なので駄目ですっ!」
「ははっ、残念」
な、なんか話がこっち飛んできたぞ。ていうかシンディの隣を「それじゃ」って言って離れちゃったぞ。
もっとシンディに興味を持つんじゃなかったの!?
ふと、私はゼイヴィアとシンディの会話を思い出しながら、そういえばゼイヴィアって攻略方法どんなだったかなと思い出した。
まず、RPGパートは簡単なんだわ。ゼイヴィア強いから。
ただ、攻略パートは……こっちは結構難しい選択肢だったと思う。
だけど、ゼイヴィアルートで苦戦する人はいない。
それは、何故か。
なんてことはない。セーブ&ロードと、攻略サイトというものが、ゲームとネット社会にはあるからである。
結果、RPGパートが一番簡単になるから簡単な攻略対象、という認識だった。
でも……そうだ、違った。
ゼイヴィアは、仲間にするまでのとっかかりが結構難しい。
今でこそこんなんだけど、ツリ目が細い、背も伸びるインテリキャラだからね!
ていうか、『何の選択肢も選ばず絞らずに誰かのルートに入る』ことは、ギャルゲーでも乙女ゲーでも当然ないわけだからね!
ゼイヴィアが、私の隣に来て小声で話す。
「ソラっちには、シンディを候補に推したい。条件にぴったりだ」
彼の言った『ソラっち』とは、クレメンソラス王子その人のことである。
それは、トラヴァーズ家から王家に推薦を出すことに他ならなく、間違いなく王国内で一番の栄誉である。
「そ、それは家としても光栄です、是非に……! シンディは私が今まで見てきたどの子よりも抜群に美しく、誠実で可愛らしい妹です。あれで掃除好きの働き者でもありますから、優しくて丁寧で、本当に欠点のない子です」
「うん……いいね。実にいい。これで安心できそうだ」
「安心? どうかしたんですか?」
「だって、ソラっちがフィーネを紹介しろって言うから、僕と会う時間が減りそうで断ってて……」
「——え?」
今、なんかこの子、とんでもないことを漏らした気が……?
「……あっ!」
潜めていた小声が大きくなった瞬間、ゼイヴィアは顔を真っ赤にして俯いた。
ずっと背伸びをしていた少年が年相応の男の子になった、ちょっと恥ずかしさで涙目になりつつある、可愛らしい顔。
……え? え、あの……あれ?
これって……。
だって、嘘、ゼイヴィアはシンディを見たはずで……。
ていうか、えっ、王子の頼みを断ってたの?
私と会うために?
「ええっと……とにかく、これからもよろしく、お願いします……」
「は、はい……」
ゼイヴィアが、本当にりんごみたいに顔を真っ赤にしてる。
可愛い顔だ。
そうか……私、まだゼイヴィアと一緒にお喋りできるのか……。
そんなことを呑気に思ってたから、それは不意打ちすぎた。
「フィーネったら、ゼイヴィアと顔の色一緒ね!」
「えッ——!?」
絶句して、ティナ姉の方を振り向いた。
そこに私とゼイヴィアを見比べて笑顔の姉と、ちょっと微笑ましそうに笑う義妹の姿を見て気付く。
ああ、ほんとだ。
私、自分の顔がめちゃ熱いことに今更気付いた。
うわーうわー……ど、どうしよ……。
死亡フラグを回避……ああでも、これ絶対シンディはルート入ってない……。
じゃあ。じゃあどうすれば?
どうしよう、ここから先は本当に攻略情報を知らない。
私のルートなんて、あるはずないんだ。そんなもの存在しない。
……そっか。
ここからは……ここからはティルフィーネの人生。
つまり、私が自分の考えで、最良の選択を歩いていかなければならないんだ。
そんな当たり前のことに、ようやく実感が湧いてきた。
私がフィーネなのだと。
ああ、でも。
浅ましいと思いつつも、自分はこう感じたということは、ちゃんと意識しよう。
私は……ゼイヴィアが、シンディを選ばなくて、ほっとしていると。