シンディの話す、実母とアンヌお母様
両親にティナ姉のことを話して、翌日。
私はシンディに、ティナ姉の話とジェイラスさんの話をした。
シンディは、どこか寂しそうな顔で俯いて頷く。
「……亡くなったジェイラス様は、素敵な方だったのでしょうね」
「私は覚えてないんだけどね。ティナ姉にはすごく大事な思い出みたいで……」
ふと、そこで正面の同い年のお姫様候補を見る。
そうだ、ティナ姉に亡き父がいるのだから、当然再婚相手の娘であるシンディにとっても、亡き母がいる。
特に、シンデレラの話において主人公の亡き母は、心に楔をつける大切な存在だ。
病気の母は、娘に誠実であるように教えて(現代教育的に言うと、ある種の呪いのようでもあるけど)息を引き取る。
その言葉の通り、どんなにひどい嫌がらせ同然のことをさせられても、約束を反故にされても、決して恨みを持たなかった。
姉に復讐するのは、確か鳩だ。
……何か、重要な部分を忘れている気がする。
それが、何だったか思い出せないけど……。
でも、とりあえず今はシンディとティナ姉のことだ。
シンデレラは、毎日庭のお墓に行くぐらいお母さんのことを大切に考えていた。
「そういえば、シンディはアンヌお母様のことをどう思っているの? 例えば、自分の本当の母親のことを思い出したりとか」
気になってすぐに口に出してしまったが、喋った後にしまったと思った……。残酷な質問だ、子供にする質問じゃない。
そう思っていたんだけど、むしろシンディは慌てたように首を横に振った。
「う、ううん! とんでもない! アンヌ様には感謝してもしきれないというか……。その、アンヌ様と出会う前のお父さんはね」
シンディから、それからエドワードさんのことを話してくれた。
シンディの母グウェンドリーネは、昔から有名な高嶺の花だった。
平民とは思えないほど若い頃から美人で、誰とも付き合うことはなかったらしい。
笑うのが苦手な上に、嫌な顔をするのはもっと苦手で口数も少ないため、人形だとか言いたい放題言われていた。
女性の友人も、全くいなかったとか。
ここからは私の想像だけど……美人すぎて、こう、ロボットというか造形物っぽいぐらいの美人だったんだろうなと思う。男の人から見たらちょっと近寄りがたいぐらいに。
女性からだと、表情が動かなければ話も弾まないだろうし、どう頑張ったってグウェンドリーネの引き立て役にしかならないはず。
私だって、前世でグラビアアイドルに混ざって合コンの数合わせに行ってくれなんて言われたら、チャットメッセージ送ってきた奴はブロックするわ。
そう思うと、かつてのフィーネの気持ちも分かる。分かるけどやっぱ攻撃するのは駄目だぞ元フィーネ。
あまりに美しすぎて誰も近づけない、そんな特別すぎる人。
それが、グウェンドリーネ。目の前の女の子の母親。
「誰も話しかけないお母さんを見ていたお父さんは、ふと『寂しそうだなあ』と思ったらしくて」
「ほうほう、それで?」
「お母さんの座っていたテーブルに、タルトを置いたそうです。『一緒に食べてほしい』って言って」
……はーっ、うわーっ、いい男だわーっ。
エドワードさんは、皆が揶揄したグウェンドリーネの表面ではなく内面を、僅かに浮き出る表情から見抜いた。そして高嶺の花に声をかけたと。
こういうコイバナは大好物です。食い気味に聞いちゃう。
「それで、それで?」
「お父さんは、一人で寂しそうに見えたとか、一緒に食べてくれて嬉しいとか話しかけて。ずっと無言で聞いていたお母さんが、食べ終わってから無表情で言ったんです」
「何て?」
「『あなたと結婚できたら、私も幸せになれるかもしれない』って。……ちなみにお父さんの名前はその後に聞いたそうです、びっくりですよね」
びっくりだよ! すげーっ!
初対面なんですよね!? ていうか名前を聞く前に求婚とかグウェンドリーネとんでもない思い切りっぷりですね!
でも、それはちょっと早すぎない!?
いいエピソードだけど、いくらなんでも落ちるの早すぎないかな!?
「お母さんは、『あれを逃すと一生結婚できないと思った』って言ってました」
……ああ、そっか。そもそも誘ってくれる男性という存在自体が、グウェンドリーネには初めてのことだったのだ。
その上で、自分のことを悪く言う男性が沢山、女はもっと沢山。周りは敵だらけだ。
だけど、優しくしてくれる男性が現れた。
自分の表面ではなく、内面を見てくれる初めての人。しかも異性で、あれだけの腕を持つパティシエ。
そりゃグウェンドリーネじゃなくても即落ちですわ。
「お父さんはお母さんのこと大好きで、世界一の美人と結婚した幸せ者だって言ってて……だから……」
当時を思い出したのか、シンディが辛そうに俯く。
「だから、去年に亡くなってからは、お父さんが抜け殻のようになっちゃって。店のものは作っているんですけど。毎日お母さんのベッドで、お母さんが使っていた枕に顔を埋めて泣くんです。それが、見てられなくて……」
それは……当時8歳か9歳であろうシンディには、あまりにもつらい……。
聞いてる私ですら胃に穴が空きそうなぐらいなのだ。
国一番の美術品のような美女を射止めて、そんな妻そっくりのフランス人形みたいな娘もできて。
順風満帆というところに、最愛の妻の早世。
そこで、一番辛い場面を話していたシンディが顔を上げる。
その目は、しっかりと私を見ていた。
「でも、トライアンヌ様が現れました」
「アンヌお母様、が?」
シンディは、目を閉じて当時を思い出すように頷いた。
「お父さんの様子が心配で私も店頭に立っていた頃です。アンヌ様はお父さんに言いました、『あなたは、昔の私と同じ目をしている』って」
息を呑んだ。
昔の、お母様。
抜け殻になったエドワードさん。
お母様の日記を思い出す。
自分が悲しんでいることに、失ってから気付いたお母様。
山賊を滅ぼして、形見を取り戻せなかったお母様。
私が納得しかけたところで、シンディは首を横に振った。
「でも、続けて言ったんです。『でも、娘に心配させるのは違う』って」
そうか、アンヌお母様は自分で母子家庭の母親として頑張った。
だけど、エドワードさんは娘に手伝ってもらっている状態なんだ。
「お父さんは最初、貴族の魔道士で怖い人だと思ったそうです。でも、その後に『手伝いが欲しいのなら、見てられないから言ってくれてもいい』って言われて。そこでお父さんは急に目が覚めたみたいです」
ん? 確かにアンヌお母様はメチャ優しいけど。
でも、手伝いの発言ぐらいでそこまで目が覚めるものかな。
……って思ったんだけど。
次の発言を聞いて私は全てを理解した。
「『似てる』って思ったそうなんです」
似てる——その内容が現すところは、一つしかない。
エドワードさんは、青い唇で氷の夫人として君臨する貴族の魔道士トライアンヌの気遣いに、グウェンドリーネの冷たい表面と温かい内面を重ねたのだ。
しかも『見てられないから声をかけた』のは、かつてエドワードさんがグウェンドリーネに対してやったことだ。それを今度はアンヌお母様が、エドワードさんに。
なるほど、一気に目が覚めたわけである。
「それからお父さんは生き返ったように、熱を持つようになって。アンヌ様も驚いていました。それからというもの、アンヌ様もお父さんに会いに来る頻度が増えて、店が終わった後はお話もするようになって……」
それで、今に至るというわけか。
話し終えて、シンディはアンヌお母様のことを総括した。
「……お母さんが死んでしまったのは、本当に悲しいです。だけど、アンヌ様はどこかお母さんに似てて……だからきっと、受け入れられるのだと思います。アンヌ様は、お父さんと、私と、お弟子さん夫婦と……全部一度に、救ってくれた人なんです。だから、私はアンヌ様のことは好きというより、憧れている部分があります。お母さんが、憧れでしたから」
はあー……そんなに凄い影響を与えたわけか、アンヌお母様。かっこいいぞ氷の夫人、もう二つ名は情熱のアンヌとかでいいと思うぞ。
そりゃシンディも、憧れちゃうわけだよ。お母さんに続いてお父さんも失うところだったんだから。
「話してくれてありがとう。シンディのことをたくさん知ることができて嬉しいよ」
「いえいえ、聞いていただきありがとうございました。なんだか私の中でも、整理がついた感じです」
シンディは、すっかりカラっとした笑顔を私に向けていた。
……うん、現状だとシンディがアンヌを恨む理由は全く見当たらない。
むしろ大好きな部類ってぐらいだ。
でも……原作ゲームでも、シンディはアンヌを最終的に殺したんだよね。
フィーネやティナと違って、この出来事があった上で。
……イフの世界、多世界解釈的だけど……アンヌお母様を殺すシンディはどんな気持ちだったんだろう。
と考えていたところで、くぅ〜、と可愛らしい音が鳴った。
目の前で、シンディが顔を真っ赤にしている。
「あうぅ……はしたない。話してたら、おなかすいちゃいました」
「ああっ気が利かなくてごめんね! 今から軽く作るよ!」
「同い年なのに気が利かないとか言っちゃうあたり、フィー姉様も私にとっては憧れちゃいますよ」
うおーっそれは照れちゃう! 主人公に憧れられる悪役令嬢とかありなんですかね!?
仲良きことは良いことかな!
それにしても、シンディの話は重要な情報だった。
アンヌお母様とシンディの間には、問題が起こりそうにないことも、よくわかった。
原作でもいじわるな継母を恨まなかったのだ、今の優しさ満点の継母を恨むことは有り得ないだろう。
さて……問題は、ティナ姉にとってのお父様だ。ここが分からないことには、どうしようもないのだ。
次の休日ぐらい、聞いてみようかなあ。