脇役たる悪役令嬢の、物語に存在しない部分
全ての人間には、特殊な事情でもなければ基本的に父親と母親がいる。
生きている、という意味ではなく、生物学的に血の繋がりがある、という意味でね。
原作の灰被り姫物語でも、シンデレラの母親は物語の最初に出てくる。
童話の母親は、病気によって早世することが多いように思う。シンデレラも例外ではなかった。
そして、金持ちの父親は、お金大好きな母親と結婚する。
ここからの話は、まあみんなも知っての通り。
だから、知らなくて当然なのだ。
シンデレラの物語の中でも、継母の元夫という既に死んだか離婚したか、とにかく再婚前の夫のことは物語の主軸ではない。
そんなところに興味を持つ読者なんて、いないのだ。
だけど、私はその継母の娘。
物語の主軸ではなかった部分が、直接自分に関わってくるのだ。
息子にとっての母親と娘にとっての父親というのは、子供には特別らしい。
私はやっぱりアンヌお母様に対してそういう実母って感覚もあまり強くないし、エドワードさんに対して義父って感覚もないけど。
どちらも、『わっかいなー』ぐらいの姿にしか見えない。
……そんな感覚でいたから、このことに気づけなかったのだろう。
レヴァンティナにとって、実父と義父は、全く違うのだと。
大好きな血の繋がったパパとの記憶が、ずっとティナ姉の心の中に生き続けているのだと。
そう。
この世界の人間は、不要な過去の存在しない登場人物ではないのだ。
あの日、少し寂しそうに語ったティナ姉の顔と、その純情無垢な心に触れて、私の方がむしろやられちゃったね。
年を取ると涙もろくなると言われるけど、あんなん泣くって。
じわっと来ちゃって抱きついて、それでティナ姉ももらい泣きしちゃって。
泣いたらお腹が空いたので、もうちょっとクッキーを作った。
一つ、はっきりと分かったことがある。
レヴァンティナ、めっちゃ性格いい天使ちゃんだ。
誰だこの子を悪役にしたやつ。自分じゃん。
ティナにとって、一番大切なのがフィーネだった。
そして、実父のジェイラスが大好きだった。
フィーネはシンディが大嫌いで、ティナもフィーネに合わせるように、それに続いた。
ジェイラスの居場所を奪った男の娘に対して、決して良い感情がなかった——ただし本心でいびっていたかどうかは、最早今となっては分からない。
少なくとも『シンディの命を狙ったのはティナよりフィーネが先』だ。激情家であることを考えると、嫌っていたとしたら動くのが遅いと思う。
そして、父親を失ったティナにとって、人生の全てとなったフィーネが、父親に代わったシンディによって燃やされる。
その時に、今までの積み上がったマイナス要素が、一気に爆発したのだろう。
もしかしたら……シンディに挑む時、ティナは自分が勝てるとは思っていなかったのかもしれない。
それでも、もうそうするしか自分の人生に選択肢が残っていなかった。
大切にしていたものが、二つもなくなったのだから——。
◆
私は、翌日寝静まった頃に、アンヌお母様とエドワードさんだけを呼んだ。
珍しい組み合わせだ。
緊張する二人に、私は一部始終を話した。
ティナ姉の気持ち。シンディへの気持ち。
そして、何よりレヴァンティナという女の子の純粋さを。
「——という、ことだったんですよ」
話し終わる前に、もうアンヌお母様はぼろぼろ涙をこぼしていた。
「……っ……ううっ……あの子が、まだジェイラスのことを……!」
そのままエドワードさんに、もたれかかるように泣きつく。
エドワードさんも、神妙な顔をしてアンヌお母様を優しく撫でる。
「君の娘は、いい子だと思うよ。誇っていい。僕が受け入れられないのは仕方ない。それだけジェイラス様は、ティナにとって大きな存在なんだ。優しい子だね」
その身体を抱き寄せつつも、義理の娘の優しさが実の娘へどう働くかを考えたのか、エドワードさんが難しそうに眉根を寄せる。
「ただ、シンディにはもっと積極的に仲良くしてほしいとは思うのだけど……」
「現状、難しいですね……」
私も、続く言葉を引き継ぐ。まだエドワードさんとティナ姉を繋げる方法がないのだ。
泣き止んだアンヌお母様が、私の方を改めて向いて頭を下げた。
「ありがとう、フィーネ。私達だけじゃ、きっと理由を突き止められなかった。なんだか今年はすっかり頼りにしてばっかりで、あなたの母親としてこのままでいいのかなって思うわ」
「むしろお母様も、若くして旦那なしで頑張ってきたんでしょう? 料理も出来て、魔道士としても一流。十分すぎるぐらい、よくやってくれていると思いますよ」
「……本当に、私の娘なのよね? もうレイチェルより年上の教員に、相談に乗ってもらってる気がしてきたわ……」
やりすぎちゃってる自覚はありますが、ここは正念場ですので……!
エドワードさんも、私の働きに驚いている様子。
「シンディの食事も、フィーネが作っているんだよなあ。本当にフィーネがいないと成り立たないことだらけだ。シンディに優しくしてくれて嬉しいよ」
「いえいえ、それどころか働き過ぎて心配になっちゃうぐらいの掃除中毒といいますか。放っておくと部屋中掃除するので、助かりすぎてむしろ止めてます。私はシンディのこと、大好きですよ」
エドワードさんは、嬉しそうに微笑んだ後、真顔に戻って口に拳を当てる。
「……しかし、ティナとの距離を縮める必要があるのは僕か。シンディのためにも最優先課題だね。無理にジェイラス様の場所を奪うようなつもりはないけれど」
「そう、ね……」
うーん、何かしらの方法を模索する必要があるなあ。
「難しいですね。家族全員がエドワードさんと仲良くしていても、ティナ姉一人に疎外感があるでしょうし。……深層心理、心の傷は反発を生みやすい、悩ましいなあ……問題解決への情報が足りないのかな、ジェイラスお父様との繋がりやティナ姉の記憶、それに繋がる情報が欲しいところだけど……」
私が腕を組んでうんうん唸っていると……妙に静かになっていたので、二人の両親を見る。
アンヌお母様が、無言で私を見つめた後、エドワードさんを見る。
エドワードさんは、腕を組んで黙っている。……あっちもティナ姉に関して悩んでいるところかな?
と、思っているとエドワードさんが口を開いた。
「……本当に、フィーネはシンディと同い年なんだよね」
「えっと、そのはずです」
「シンディは亡き妻に似て自慢の娘だけれど、フィーネを見てると少し自信がなくなってくるよ……」
「エド、この子は私から見ても特別すぎるというか、私もどうやって育てたのか分からないぐらいだから……」
「はは……。……はぁ」
……まあ、そうですよね。
普通の子供は、心の傷とか問題解決方法とか考えませんよね……。
うーんとりあえず相談するだけはできた。
後は、時間が解決してくれるかなあ……?