フィーネとシンディの入学前生活
さあシンデレラのはじまりはじまり!
……といっても、これといって特別な出来事が突然起こるわけではない。
シンデレラは、知っての通り継母と娘二人にいびられるストーリーだ。
下働きのように掃除をし、綺麗なシンデレラは灰を被ることから『灰被り姫』と呼ばれる。
あの童話、英語タイトルはまんま『灰被ってる』だからね。
後からアニメ映画タイトルも、氷のお姫様の話が『凍ってる』だったり、『美女が眠ってる』だったり……結構ストレートな名前が多いことを知った。
閑話休題。そんな灰被り姫ことシンディは、最初に触れたとおり『燃やした敵の灰を被る』から灰被り姫である。
当然、火属性に固定されている。
そして、私達は、今からシンディに燃やされないようにするのが目標!
……なんだけど。
「あの……お手伝いをさせていただいてもよろしいでしょうか、フィー姉様」
「えっ、いいのに! でもしてくれるのなら、テーブルを拭いておいてくれる?」
「はいっ、お任せくださいませ!」
シンディ、言わなくってもめっちゃ手伝ってくる。
灰被り姫、自分から埃の中に頭突っ込んでいく勢いでとっても掃除好き。
そして……とにかく手際がいい。
私はアンヌお母様のいないときは、自分で料理を作るようになっていた。
身体が小さくても、包丁を持てないほどじゃないものね。
そしてティナ姉とアンヌお母様がいないということは、当然学園に入るまでシンディと二人っきりになる。
だから、姉の私が義妹のシンディに料理を振る舞っている形だ。
「よし、完成」
私は料理を食卓に運ぶと……なんか、シンディはもう部屋の端っこに座り込んでいる。
「ど、どうしたの? お腹痛い?」
「はっ……!? 申し訳ありません、柱時計が大変お綺麗でしたので、磨いておりました」
「……」
これである。
放置してると、どんどん家の中を綺麗にしちゃう。
シンデレラみたいな不憫な目に遭わせないようにしなくちゃ! などという姉の心義妹知らず。
もはやシンディちゃん、AI掃除機状態。
「……フィー姉様? 一体何を踊ってらっしゃるのですか?」
「キューバ音楽」
「きゅ……?」
お掃除ロボットの名前として有名になりすぎて、ラテンの音楽ジャンルの方がぱっと思い浮かばないよね。
再びの閑話休題……そんなわけで、むしろ下手に我慢させるよりは、どんどんやりたいようにやらせちゃう方針にしたのだ。
「本当にありがとね、シンディがいてくれて大助かりだよ」
「い、いえ……むしろパティシエの娘でありながら、貴族令嬢であられるフィー姉様のお料理に頼り切りなことに恥じ入るばかりで……」
「もう、シンディは真面目だなあ。私はちょっと読書好きで、料理も好きで、アンヌお母様よりも料理に詳しくなっちゃったの。そんなことより、いただきましょ!」
「はいっ!」
ここ最近の、いつもの二人の食事が始まる。
今日はパスタでいきました。トマトとバジルのシンプルなタイプね。
注意しないといけないのが、まず私はすぐに食べ始めないといけないということだ。
一体どういうことかというと。
「……。……」
シンディは、私の方を見て先に食べるような真似をしない。
私が一口食べたのを見て、後から食べる。毒とか入ってないですよ〜……ってわけじゃなく、単純に私を立ててくれているのだろう。
マジでこの子、九歳なりたてですか? 出来た子ちゃん過ぎるでしょ。
この子が将来、私を燃やすようになるんだもんなあ。
——いやいや! 燃やすんじゃないって!
その未来を避けるのっ!
……でも、現状見た限りではとてもそういう未来が来るとは思えない。
全てが取り越し苦労で終わってくれるといいんだけど。
それでもやっぱり、一応聞いておきたい。
「シンディは、この家にいて不満とか、大変なこととかない?」
「いえ、むしろもっと沢山働くものとばかり思っていました。トライアンヌ様には資金援助をしていただいている形でもありますし、料理も掃除も洗濯も、全部私がやるものとばかり……」
「もーっ、かわいい妹にそんなことさせられないよ」
シンディは、小さく「か、かわ……!」と呟くと、顔を真っ赤にして俯きながら、もじもじと照れる。
超かわいい。
フィーネが主人公なら、このゲームは百合ゲームにした方がヒットするんじゃないだろうか……って思ってしまうぐらい、シンディが可愛い。
嫉妬してる暇なんてない。むしろ寄ってくる男に嫉妬してしまいそうだ。
君たちにはこの子は勿体ないぞ。王子様に対して勿体ないってどんだけだよって話だけど、婚約者捜しをゼイヴィアに任せるぐらいだもんなあクレメンズ。
まあシンディは、この究極の可憐さだからこその王子様を落とせる、王国に現れし未来のお姫様なわけだけど。
「あ、でも……」
ふと思い出すように声を上げる。
「ティナ姉様には、どう接したらいいか……」
「うう〜っ……それなんだよねえ」
「フィー姉様?」
シンディも、やっぱり気にしているよね。
ティナ姉は、あれからほとんどシンディと口を利かなかった。
シンディ自身が迷惑をかけるような助けを求めない性格なのもあって、ティナ姉との会話の糸口はほとんどない。
ティナ姉はティナ姉で、夕食を食べ終わるとすぐに二階に上がる。
「普段はね、ものすっごく明るくて、悩みなんてなにもないってぐらい元気な人なんだよ」
「想像つかないです……。その、申し訳ないのですが、少し怖い方だなと」
「と、とんでもないよ!」
いや、本来は今の姿の比ではないぐらい怖いんですが!
ゲーム中のブッコロティナは、遙かに怖いんですが!
でも、今の怖さはもっとこう、一緒に居づらいというじわじわとした怖さだ。
シンディみたいな他者を気遣う優しい子には、ある意味怒鳴られるのより厳しいかもしれない。
「もしかすると、フィー姉様が私とばかり話しているからでしょうか……」
ふと、シンディはそんなことを言った。
……あ、もしかして妹を義妹に取られたと思ってる?
その可能性は考えなかった。だとするといけるかもしれない。
ただ、一番はシンディで考えたいというのも本音ではある。
だってこっちは本当に私の命に届くからね!
今のところ、その気配は全くないのでそこだけは助かる。
気配がないだけで、何か水面下で動いているのなら怖いけど……。
とにかく、シンディからヒントをもらった。
私、精神年齢アンヌお母様ぐらいなのに、九歳の末っ子に助けてもらっちゃいました!
……やっぱシンディちゃんの出来がいいからだよね、うん。
「分かった、ティナ姉といろいろ話してみるよ」
「よろしくお願いします、私からはどうしても、その、失礼に当たるかなと思いまして……」
うーん、真面目ちゃん。
この子のために、もっとがんばろうって気になる。
そんじゃま、ちょっと一肌脱いでティナ姉とお話、してみますかね。