童話のお話が始まった
運命の日。
話をもらってから翌週のこと。
トラヴァーズ家に、二人の家族が増えた。
エドワードと、シンディだ。
結局ティナ姉の様子がおかしいことは分からなかったんだけど、再婚自体には反対を表明することはなかった。
ただ、それを了承するときも、どこかぼんやりした様子だったので気がかりだ。
アンヌお母様にも、その後成果がなかったことを話した。相談したところでアンヌお母様も分からないのでどうしようもないのだけれど……。
私から見てティナ姉の今後の動向が不安な反面、子供達に影響を与えそうなアンヌお母様は、シンディのことを嫌いそうな様子は全くない。
そもそもエドワードの娘だもんね。自分のお腹を痛めて産んでなかったとしても、優しげな目元なんかはよく似てるし、基本的にシンディはいい子だし。
そんなわけで、お母様の意思により二人が我が家に入るのが、今日である。
「ようこそ。エド、シンディ。ここがトラヴァーズ家よ」
「話には聞いていたけど、広いね」
「わあ、こんなに綺麗だなんて……」
アンヌお母様に連れられて、二人は家を見る。
二人のお店は、かなり質素だったものね。家の中なんてもっと質素で、家具らしい家具もほとんどなく、庶民の家って感じだった。
反面こちらは、外観の時点で既に綺麗だ。机やソファは装飾つき、部屋の至る所に調度品があって部屋全体が明るい。
まず二階建てって時点で驚いていて、階段の方を二人で見ていた。
そりゃそっか。土地が潤沢だと建物を上に伸ばすより横に伸ばす方が楽だし、機械を使う大工がいないと難易度跳ね上がるもんね。
何が珍しいかなんて、わからないものだ。
そういえば……ここに住むとなると、どうしても一つの疑問が生まれる。
特にシンディの家の構造を見た後だから余計に。
「あのお店はどうするの?」
シンディの家は、お店と一体型になっている。
住みながらお店をやる以上、家を離れるということはあのお店で働かなくなるということと同義に思う。
ただまあ、そんなこともちろん考えていたみたいで。
「お店はね、既に近くに作っているのよ」
「えっ!? じゃああっちのお店は……」
そこからは、当然アンヌお母様より事情に詳しいエドさんが説明を引き継いでくれた。
「手伝いに来ていた弟子に、家ごと売り払った形だよ。ちょうど弟子が結婚したけど、いろいろと大変みたいでね。そのことをアンヌに相談すると——」
「あっ! もう、エドったら……その話はやめてください」
「ははは、女性から、しかもアンヌみたいな綺麗な貴族令嬢からお誘いを受けるなんて僕も舞い上がっちゃってね」
「やだわ、フィーネに知られるなんて……! 今度から、その話は禁止です! 約束ですよ?」
わ、わーっ……アンヌお母様から、お店をお弟子さんに売り払ってでも一緒に住みたいって言ったんだ。
顔真っ赤でエドさんをばっしばっし叩いてる。やばいよトライアンヌ、めっちゃ恋する乙女じゃん。イメージ崩壊するわ。
あのゲーム中で表情筋が氷の夫人だった姿はどこに行ったのさ。
うーん、やっぱこの人、そもそもの素材が可愛い系だよなあ。
「それにしても、フィーネは就学前でシンディと同い年だというのにしっかり者なんだね。お店のことを気にしてくれるなんて」
「あっ、いえ、その……お母様がフルーツタルトをよく買って帰ってくださったので」
「うんうん、今までタルトを美味しく作ってきて一番報われたと思えるよ。シンディにも仲良くしてくれて、ありがとう」
エドさんは、私の頭を優しく撫でる。髪の毛が崩れないように、大変紳士な感じで。
……いやー、これはいい結婚相手ですねアンヌお母様。こういうのがタイプだったのかトライアンヌ。びっくりである。
と、そこで当然エドさんはティナ姉の方を向く。
私もそちらを見ると、ティナ姉はびくっと震えて……何故か一歩引いてお辞儀をした。
もうほんと、転生した直後の衝撃を凌駕するほどの『えっ、誰?』である。
「……なかなか、ティナは心を開いてくれそうにないね」
「ごめんなさい、エド。いつもはもっと明るい子なんだけど」
「いや、構わないよ。いきなりだったんだろう? 心の整理もつかないさ。……ティナ、いいかい?」
エドさんは、ティナ姉と目線を合わせるように膝をついて声をかける。
ティナ姉は表情を硬くしながらも、頷く。
「なかなか僕のことを受け入れるのは難しいと思う。だけど……シンディとは、どうか仲良くしてやってほしい」
「……」
ティナ姉は、エドさんの方を上目遣いに見ながら、小さく頷く。
「ありがとう」
その反応を引き出せただけで今のところは満足したのか、エドさんはにっこり笑って立ち上がる。
それから、シンディの背中を押してこちらに歩かせた。
「あの、よ、よろしくお願いします、フィー姉様、ティナ姉様」
「うんっ、よろしくね! 仲良くしましょ!」
私は満面の笑みで、シンディの両手を取る。
やっぱり顔を真っ赤にして照れていたけど、初日に比べたら緊張も解けたのか、はにかみながら返事をしてくれた。
可愛い。こりゃ王子も落ちますわ。
一歩引いて、ティナ姉の方を向く。
私はじっとティナ姉を見ながら、無言で口を動かした。
——誇り高いティナ姉でいて。
ティナ姉は目を見開くと、私とシンディを交互に見て……戸惑いつつも、シンディに片手を出した。
「ん」
差し出された手を見ながら……おずおずと、しかし確かにシンディはその手を取る。
「あの、ティナ姉様……私は」
「別にあなたのこと嫌いなわけじゃないわ」
「——え?」
ティナ姉はすぐに手を振り払うと、腕を組んでシンディを見る。
「まあ……フィーネも気に入ってるみたいだし、あんたは確かに可愛いし。男にちょっかいかけられたら、アタシが代わりに殴ってあげるわ。よろしく」
少しぶっきらぼうに……だけど、ちゃんと優しい内容で、シンディに挨拶した。
シンディは少し驚きつつも、すぐに破顔して頭を下げる。
「よ、よろしくお願いしますティナ姉様!」
「ん」
……ふうーっ。最初は厳しいか? と思ったけど……なんとか関門はクリアしたように思う。
転生直後にティナ姉に言っていた言葉が、後から効いてきた形だ。
思い切って、あの日話しかけてよかった。
ティナ姉の内面は分からない。
だけど、最後にはみんなで仲良く暮らしていけるようにしたい。
まだまだいっぱい頑張らなくちゃ。
そして、シンディが家の中へ足を踏み入れる。
それは、プロローグを告げる第一歩。
「ようこそ、シンディ」
さあ、シンデレラと継母達の物語の始まりだ。