把握していなかった、未知の部分
帰り際の馬車の中で、お母様に経緯を聞く。
エドワードさんとは、お花屋さんの前で知り合ったとか。
どちらも家に買って栽培するためのハーブを買い求めて、お互いを一目見て気になったと。
その場でアンヌお母様がエドワードさんにミントを、エドワードさんがアンヌお母様にバジルを買った……と思ったら、バラを一輪アンヌお母様におまけしてプレゼントした。
うわーっ、ロマンチックーっ!
私だったら秒で落ちるね!
——まあ、そんなわけで。
無事、アンヌお母様も秒で落ちたとさ。
その時にエドワードさんがケーキ屋の主人だということを知り、連日押しかけては話に花を咲かせていたと。
アンヌお母様がフルーツタルトを家で食べなかった理由は、ただ一つ。
お母様がフルーツスイーツのお店に行った理由は、もちろんお店でスイーツを食べること。
だけど、本当の目的は、その店で働くエドワードさんに会いに行くことだったのだ。
乙女すぎる。乙女ゲーの主人公、アンヌお母様でいいと思います。
ってなわけで、晴れてフルーツタルトがやってきていた謎が分かったのであった。
本当に、おまけだったわけだね。
明日にでも家に来るのだとか。
……と、そこで私は、隣で一緒に聞いているティナ姉の頬をつつく。
「つん」
「ひゃっ!?」
やっぱりぼーっとしてたみたいで、ティナ姉は私のひんやり指先の口撃を受けた。
「も、もーっ、フィーネ何するの!?」
「だってティナ姉、なんだか話しかけても返事がないんだもん。どうしたのかなって」
「あ……」
そのことに触れると、ティナ姉は再びぴたっと黙ってしまった。
な、なんだろ、どうしたんだろ……。
「ねえ、もしかしてティナ姉は、シンディのこと嫌いなの?」
「っ! そ、そういうわけじゃ……」
「じゃあ、どうして?」
ティナ姉は、目を逸らす。
えっと、マジでどうしちゃったんでしょうか?
普段元気なだけに、気になってしまう。
その変化はお母様も分からないらしく、ティナ姉のことを心配そうに見ていた。
……もしかして。
私は何か、根本的なことを間違えているんだろうか。
この三人家族は、フィーネの悪役令嬢っぷりが原因で、シンディに辛辣に当たっていた。
でも、原作のシンデレラは違う、確か継母みんなシンデレラにきつく当たる悪女だった。
だとしたら。
シンディを嫌う理由が、私の態度以外にもあるとしたら。
「——ひゃっ!?」
めっちゃつめたいの刺さった!
びっくりした! ちょーびっくりした!
視線を向けると、アンヌお母様が私の方に指を向けていた。
「今度はフィーネが黙っちゃって……どうしたの?」
「考え事してただけっていうかびっくりしましたよ! どうしたんですかその手!?」
「普段通りなのだけれど……」
今のは『氷の夫人』の指先か! 本当に氷でも押し当てられたのかと思ったよ! 体温低いってレベルじゃないよアンヌお母様!
この、えーっと、えーっと……ひ、冷え性めっ!
「で、ええっとエドワードさんですよね」
「ええ。私は、その……そろそろ、ジェイラスも許してくれるかなと思って」
アンヌお母様は、その名前を言いながら、指先を撫でた。
薬指には、すっかり光沢を失った銀色の指輪が、鈍く輝いている。
「再婚、しようと思うの」
そう告げたアンヌお母様は、もじもじとすっかり恋する乙女モードになって照れていた。
私は、なんとか驚いた顔を作りつつも祝福する。
「わっ、本当ですか……? お母様がそうしたいのなら、私は反対しません」
「ふふっ、フィーネはすっかり聞き分け良くなっちゃったわね。ありがとう」
お母様が私に微笑むと……直後、困惑したように視線を横に向ける。
私が横に向くと、そこには目を泳がせたティナ姉がいた。
「え、え? 再婚……?」
「そう。このままだと、色々と大変で……。だからエド……あの人と、一緒になろうと思ったの」
「そ……そう、なんだ……」
ティナ姉は口を開かなくなり、ぼーっと窓の外を見ていた。
今度は私が話しかけても、返事が返ってこない。
アンヌお母様も、どう扱えばいいか困っているみたいだ。
この反応が、どういう意味なのか全く分からない。
だって私は、ゲームが始まった後のシンディ視点でしか物語を知らない。
悪役令嬢の過去など、知っているはずがない。
転生した後は、まず自分のことの把握に必死だった。
母子家庭の謎が気になったから、アンヌの過去しか調べていない。
天真爛漫で陰りのない子だから、気にしていなかった。
大丈夫だと思い込んでいた。
そう。
ティナ姉の日記だけは、読んでいないのだ。
つまり——
——私は、レヴァンティナの過去を、まだ知らない。