第一印象が大事!
目の前に現れた、少女を観察する。
金色に輝く……なんかもう発光でもしてるんじゃないかってぐらいきらきらした髪。
瞳は赤色で、ルビーをそのまま嵌め込んだような、吸い込まれそうなほど大きくて綺麗な瞳。
あどけなさが残りつつも、仏蘭西人形のような整った鼻と口に、シミ一つない肌と、高い腰の位置から察せられる長い足。
うん。
間違いなくシンディだ。
神様が作ったんじゃなければ、レオナルド・ダ・ヴィンチが究極のホムンクルスを目指したとでも言った方がまだ信じるぐらいの、完成された美少女。
将来的に、この子より美人に会うことはないだろうと思えてしまうほどの、既に将来を約束された美しさ。
現時点で、もう分かる。
この子より自分が美しくなることは絶対にないと。
私は、フィーネの日記を随分と読んできた。
男に対してのがっつき方は最早年齢を疑うほどの前のめりっぷり。
女の子の友達は全然いない上に、そのことを気にしてもいない。
あと、野菜嫌いと同じように、読書嫌いのことも日記に書いていた。
だから、フィーネは家の中で、実質何もしていないに等しい。
恐らくフィーネは、人生の全てが男狙いで出来ていた。
自分のことを可愛く見せようと思っていたから、あれだけドレスがあったのだと思う。
男の好みなどには、熱心だったはず。
——だから悟ったのだろう。
シンディを見た瞬間に、自分の敗北を。
そしてゲームのティルフィーネは、この後……。
……そんなことをぐるぐる考えていると、「あ、の……」と、控えめな声が目の前の少女から発せられた。
ゲームで私が操作したキャラ。
レベリングすれば、世界一の魔力を得るキャラ。
前世で私が操作して、私を燃やしたキャラ。
その子に対して、最初にかける言葉は——。
「……わぁ〜っ! なにこの子、かわいい〜っ!」
べた褒め。
これである。
もしもティナ姉とアンヌお母様が、シンディに対するフィーネの態度によって変化したと仮定するなら……最初から私がシンディを受け入れる方針にすればいい。
これは、かなり初期の段階で既に考えていたことだ。
「私はティルフィーネ! 長いのは嫌だから、フィーネって呼んでね!」
「あ、あの、そのように気軽には、お呼びできません」
「えーっ、ティルフィーネって長いよ?」
会話しつつも、立ち上がってシンディの方に近づく。
背丈は、ちょっと私の方が高いぐらいかな。ゲームではシンディの方が高かったはず。ってことは、追い抜かれるわけかー。
目の前のシンディは『恐縮の限り!』ってぐらい驚いてるけど、ここはもうぐいぐい行くよ。
「何歳?」
「あの……つい先日に、九歳になりました」
「同い年! そんなにかしこまらなくてもいいよ? 私も五月に九歳になったし」
「一年ほど違う、同い年……で、では、フィーネ姉様、というのは」
あっもう姉様って言っちゃう?
タイミング的に早い気がするんだけど……っていうか、シンディは事情知ってるのかも。
それにしても、フィーネ姉様、か。
ゲーム中では『ティルフィーネ様』だった。家族じゃないっていう感じの呼び名だった。
それに比べれば、大幅にいい感じだ。
いい感じ……だけど。
「ねねーさまって呼びにくくない? もうフィーでいいよ」
「……フィー、姉様、ですか」
「うんっ!」
この場で私の呼び名決定!
ゲーム中の『ティルフィーネ様』から『フィー姉様』になりました!
あんまり引き下がっているとこれはこれでいじめてるみたいなので、早めに切り上げて了承。
そして、シンディにハグをした。
「わっ……!?」
仲良しって感じを見せつけるように、勢いよく抱きしめる!
背が逆転されたら、妹相手になかなかこういうことできないからね。
ふわりと、まだショートカットのシンディの髪が私の鼻をくすぐる。
……なんだこれ、すっごくいい匂いがする。ちょっとドキドキしてくるぐらい。
ただでさえ遙かに年下のゼイヴィアと再々お喋りしてる時点で『事案ですか?』って感じなのに、この上幼女趣味とかさすがに笑えない。
私はノーマル。乙女ゲームを遊ぶノーマル。
ああだけどほんと滅茶苦茶抱き心地いい……全身に惚れ薬塗っているって言われても信じるわコレ。
「……フィーネ?」
はっと意識を現実に戻した。
そうだった、周りにまだみんないるところだったね。
今、声を返してきたのはアンヌお母様だ。
「す、すみません、はしゃいじゃって……」
「もう、最近は落ち着いてきたと思ったのに……。シンディちゃん、フィーネが驚かせてごめんね?」
「とと、とんでもございませんトライアンヌ様! その、優しくしていただいて、恐縮な限りといいますか……」
「ふふっ、私もアンヌと呼んでもらおうかしら」
「ご容赦いただきたく……」
シンディとアンヌお母様がいい感じになっていると、そこで流れを見守っていたエドさんがやってきた。
「……どうやら要らぬ心配だったようだね、アンヌ」
「ええ、良かったわ」
二人の会話を聞いて、ほっとしているシンディ。
やはり、今日顔合わせをする理由はこれだったのだろう。
そこで、ずっと突然の事態に反応できなかったティナ姉が、部屋に入って初めて声を上げた。
「……え、アンヌお母様、どういうこと?」
「そうね、そろそろお話ししないと」
アンヌお母様は、私、ティナ姉、シンディ、最後にエドさんの方を見て照れくさそうに微笑むと、ティナ姉の方を向いて言った。
「この人……エドワードと再婚することを考えているの」
アンヌお母様は、この訪問への目的を言った。
なんとか驚いたフリをしないとね。
おどろいてますよー、おどろいてます。
「……フィーネは肝が据わってるのか、そんなに驚いてなさそうね」
「驚いてるに決まってるじゃないですか、アンヌお母様は私のことを何だと思ってるんですか?」
「年上の先生」
「……」
まあ、料理はすっかり先生みたいに教えてるけどさあ……。
シンディは元々聞いてたのか、ほっと安心したような顔をしていた。
それから、私の方を向いて照れたようにはにかんだ。
はー、かわいいなあ。
ほんっと、シンディ一人だけ違う世界の生き物ってぐらい輝いてるよ。
私が改めてエドさんの方を見て、貴族のお嬢様っぽく礼をすると、あちらも紳士的に返してくれた。
うーん、いい再婚相手選んだぞアンヌお母様。
そんなふうに、和やかな空気になっていたところへ。
「……え?」
すっかり話の流れに置いて行かれたように唖然とした顔の、ティナ姉の小さな声が響いた。
あ、展開に置いて行かれてるパターンだ。
私はティナ姉にシンディの話を振り、アンヌお母様もいろいろ話をした。
ティナ姉も自己紹介をし、シンディもそれに返す。
ただ、ティナ姉のいつもの元気良さは鳴りを潜め、最後までどこかぼーっとしたような様子だった。
だ、大丈夫かな……?